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手を伸ばす者

その答えはいずこに

 ガミは相変わらず茶をすすりながら本を読むことを止めなかった。俺もそれを無理に止めようとは思わなかった。しかしじっと司書室の中で待っているのも退屈だったから図書室の中をぐるぐる歩き回っていた。誰もいない広い室内は隅に目をやるほど寂しさが湧き上がってくるようであった。

 俺の足は自分のお気に入りの場所に自然と向いていた。そこに行かなくても本も寝るところもいくらでもあったが、そんなことを考える前に足が動いていた。

 俺は悠也の気持ちをここで聞かされた。彼の想いが日和に向いていることは確かにショックだった。先を越されたと思ったし、俺の日和を盗られた気分になった。実際は告白もなにもしていないのだから「俺の」は間違っているはずであるが、そのときはそれがまるで真実であるかのように感じていた。

 俺は棚の本を眺めて一階まで戻ってきた。そして今度は日和と話をした席に座った。まだあの時のことは鮮明に思い出せれる。

 あどけなくも大人びた不思議で美しい彼女は悠也のことを言葉にしようとするだけで耳まで赤くしていた。彼女の想いが本物であることはたとえ俺でも良くわかった。だからこそここでの告白は死にたくなるほど惨めで苦しかった。2人が相思相愛の仲であることを信じたくないと思っていた。そしてそれは俺にとってあまりにも残酷な事実だった。そして気絶し俺は保健室に運ばれたのだ。

 そのときの苦しみを苦々しく思い出して嫌気が差してきた俺は他の椅子も引いて並べて簡易ベッドを作ると横になった。

 結局あの時俺は日和に対して自分の想いも、悠也と日和が実は相思相愛であったことも打ち明けれなかったし、頑張れと応援することもなかった。そこまでやることは無理にしても、やはり2人を祝福するような気持ちには微塵もなれなかった。あまつさえ憎憎しすぎてストーカーに通り魔までやった。通り魔は未遂だったが。やはり先に告白しておくべきだったのか。俺が先に日和に近づいていれば。

 いや、日和の気持ちは悠也に向いていたんだからたとえ先に告白していても玉砕だ。なんだ、結局こうなるしかないのか。

 そこまで考えてふと思った。もし俺の立場に悠也が立っていたらあいつはどんな行動にでるだろうか。

俺と同じように殺しにかかってくるだろうか。それとも仲を裂きにやってくるだろうか。逆におめでとうと祝福の言葉を投げかけ諦めてしまうのだろうか。俺と悠也は恋のライバルになって競い合うようなことになるのだろうか。

 どれもありそうに思えた。だが同時にありえなさそうにも思えた。きっとそんな単純で明快な選択肢がある問題ではないのだろう。友情をとるか恋心をとるかなんて苦渋の選択すぎてそれこそ死んでしまいたくなりそうだ。

 俺はさらに逆の立場を考えてみた。俺が悠也の立場だったならどうしただろう。どうしてほしいだろう。

 まったく彼の立場に居たならどんなに幸せだろうか。好きな人と実は惹かれあっていてそれが分ったときはとんでもない喜びだろう。この世が天国で神に祝福されてるって本気で信じるに違いない。それならきっとその幸せを壊されたくないだろう。

 その次は一言羨ましいと・・・いや、おめでとうと言ってもらえたらもっと嬉しい。

 俺はどっちもしてこなかった。むしろ逆のことをしてきた。俺はとんでもない大馬鹿者で間違ったことばかりしてきたように思われた。

 沈鬱な気持ちが雪のようにそっと、だがずっしりと重たくのしかかってきた。

 俺はふらふらと司書室までもどってくると勝手にソファーに座った。部屋の様子は最初入ったときと全く変化していなかった。

「茶でも飲むか」

ガミは本から目を離さず言った。

「ああ・・・なんか飲み物が欲しいな」

「この奥にポットと抹茶の粉末が入った缶が置いてある」

そしてガミはまた黙って目だけを動かし始めた。つまり勝手に作って飲めということなのだろう。俺は奥に設置されたこじんまりとした台所で湯飲みに緑の粉末を入れポットからお湯を注いだ。できた液体はあまりにも緑色が濃くて飲むと苦かった。粉を入れすぎたようだった。

 ソファーに座るとまた暇になった。また図書室の中をうろうろするのは気が引けたので司書室に山積みにされた本を隅から見ていくことにした。同年代の友人たちが絶対読まないような古ぼけた本や小難しそうな本ばかりだった。あまり読む気は出なかった。

 しかし反対の隅に目をやると戸惑った。ライトノベルかと思いきやマンガが山積みにされていたのだった。俺はマンガには眼が無い性質だったので急に読む気力がわき上がってきた。

「なぁガミ、ここの読んでいいか」

「かまわん」

俺は適当にギャンブルがメインっぽいやつを5冊ばかり手にとった。

 その後はずっと夢中で読みふけっていた。2人の人間がいるにしてはあまりにも静か過ぎる時間が続いた。


 キーンコーンカーンコーン

どこの誰が始めたのか知らないが学校のチャイムといったらこれしかないと定番のメロディに俺は夢のような気持ちから目覚めさせられた。午前中から居たことを考えるときっとこれはお昼休みのチャイムで時刻は12時50分なのだろうと思った。

気づけば俺の周囲は平積みにされた漫画で城壁のようになっていた。城の外に顔を出すと景色は俺がマンガに没頭する前とほとんど変わっていなかった。変化があったのはガミのテーブルにお菓子の入っていたであろう小さなビニール袋が積まれていたこととガミの読んでいる本が俺の読んでいたマンガに変わっていたことであろうか。

 俺のお腹がごろごろと音を立てた。俺はだいぶお腹が空いていることに気がついた。しかしお昼ご飯は持ち合わせていない。購買に行って何か買おうかと思って財布を開いた。札入れにレシートが5枚、小銭入れに36円入っていた。俺は黙って財布を閉じた。

俺は帰ることにした。

「お邪魔しました」

俺は一応そう断って、部屋をでようとした。

「なんだ帰るのか」

ガミが呼び止めた。

「ああ、そうだが」

「まだそこの漫画読み途中じゃないのか」

ガミは漫画の城を顎で示した。

「腹が減ったが購買で買う金もない。残念だが家に帰る他無い」

そういって俺はガミに背中を向けた。

へーというガミの返事とずるずるという効果音を聞いて俺は振り返った。

ガミはずるずるとカップヌードル・シーフードを旨そうにすすっていた。

「・・・」

「どうした」

「それ、どうした」

「ちょうど2分30秒経った」

俺はそういうことじゃないと一言言いたい衝動に駆られたが、漂ってくる匂いに刺激された空腹感がそれに勝った。

「・・・うまいか」

「旨い」

「・・・よかったな」

「まだたくさんあるが」

「・・お湯は」

「沸かせばいくらでも」

「おいくら?」

「サービスだ、初回セルフは無料」

「・・・ごちになります」

「本は汚すなよ」


 お湯を入れただけなのにこんなに旨いのはなぜだとぼやいてみるとガミは私にも分らんと微妙だが肯定の意を示してくれた。

 食事をして機嫌のよくなった俺はガミに読んだマンガの話題を振った。そこで俺はガミという人間を改めて観察することができた。結論を先に言えば、ガミは無愛想だがいいやつだ。

限定ジャンケンの発想はすごくないかと言えばああいう発想は私にはできんと答えてくれたし、俺はなんで地上最強の生物じゃないんだろうと聞いてみたら産まれてすぐに乳をよこせって言ったかと返してきた。

 カップめんのこともそうだ。

 決してノリが悪いわけでもないし人と接することが嫌いなわけでもなさそうだった。ただ好意的にみてもブスだったし、読んでる本から察するに普段考えていることが同年代の人間と合わないだけなのだ。それにガミはとても堂々としていた。何をするにしても自信満々というか不敵な印象を受ける強いオーラがあった。それでいて分らないこと、気になることは素直に知らん、分らん、勉強不足だなどどはっきりさせた。言葉を交わす中で俺はガミに対してなんとなくすごい奴なのだろうと見上げるような気持ちを時々持つことがあった。

話題も少なくなってまた空白の時間がちらほらし始めた頃、俺はふと人間らしさってなんだろうなとガミに訊ねた。

「人間らしさ?」

ガミは眉間に皺を作りながら俺の目を見た。

「ああいや、さっき読んだマンガの中にな、”暴力で我を通すとは、人間らしい”っていうようなセリフがあってな、それは人間らしいかって気になったんだ」

ふぅんとガミは鼻でを鳴らすと俺の質問に質問で返してきた。


「おまえはそれが人間らしいと思うか?」


そのガミの言葉にはまるでそれは人間らしくないとでも言いたいような言い方だった。

「まぁ人間らしいっちゃ人間らしいんじゃないか?だって力を行使して思い通りの方向に進めようとすることは普通にあるだろ?」

「人間に備わった部分の1つであることは認めるが、私は納得できないな」

「どうして?」

「だってそれじゃあまるで人間と獣とは大差ないみたいじゃないか」

「そりゃまぁどっちも同じ生物だし、違いなんてそんなないんじゃないか?人間は飯だって食うし寝るし・・・子孫を残すため・・・その、なんだ」

「性交渉もするな」

「・・・ゴホン、そういうことだ」


「言語についてはどう思う?」


「そんなの超音波で会話するようなのだっているし、鳴き声だって俺たちが分らないだけでなにか意味があるんじゃないか?これだけ発音できるのは人間の特徴だとおもうけど、それなんてただ進化の仕方がちがうだけじゃないか」


「道具を使うことは?」


「鳥にだって道具を使う奴はいるぞ。人間だって猿と同じ生活をしてみれば道具なんて使わなくてもすむんじゃないか?」


「社会や建築などの人工物はどうかな」


「うーん・・・それは人間特有・・・なのか?一応アリやハチ、ネズミも集団の中で役割分担して生活しているのがいるよな。そいつらが作る巣も彼らの人工物・・・いや蟻工物、蜂工物とでもいうか、あるにはあるな」


「うん、君の言うことももっともではある。ただ君の見方は人間を”生物”として捉えた意見だ。そうなれば自然と力の強さが際立ってくる。恐るべき暴力をもつ圧倒的な強者が行き残る世界だ。そして人間もどこかの生物と重なる部分がある。そこに着目していくと人間はまるで動物と大差なく思えてくるものだ。

 だが、それは”人間らしさ”ではなく”生物らしさ”ではなかろうか。人間らしさを見るなら私は人間を”人間”として観察したい。人間と獣の違いをはっきりさせたい。人間独自のものを発見したい。さすれば人間の持つ創造性と探求心に触れるはずだ」

なるほどと俺は相槌を打った。たしかにビルを建てたり、本を書いたり、音楽、絵画、彫刻、料理、電気、機械、それらを自然の生き物達が作り出すことはある。が人間はその全てに創意工夫を凝らし独特なものを生み出そうとするではないか。

「それが人間らしさ?」

「そうかもしれない」

「かもって、自信ないのか」

「無いね」

「なんでそんなにはっきりいえるんだ」

「まだ私はそれを体現できていると思っていないからだ」

体現?ガミは今何かとてつもなく難儀なことを言っていないか。体現ということはそれを自分の一部にするということだろうか。自分と切っても切れない関係になるくらい身に付けるということだろうか。そんなこと一生の間にいくつもできるものなのだろうか。流石に厳しすぎやしないか。

「難しく考えすぎじゃないか」

「・・・そうかもな」

ガミは嘲笑するような笑みを浮かべた。それはとても自虐的な表情で俺に向けられたものでないのは明らかだった。ガミは自分をあざわらっていた。

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・喉が渇いた。茶を煎れてくる」

「・・俺はマンガのつづきでも読むとするよ」

「勝手にしろ」

その日、俺が居た時間の中では、一度としてだれかが図書室を訪ねてくることは無かった。

答えは私も確かではない

だけれどもその問題は私の人生の眼前に、雄大に、険峻に、物言わず鎮座して、私の興味を引いて止まない。

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