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喫茶保健室

俺の人生の中で保健室でお茶を出せれた記憶はないが、こんな風に美人の女医と話がしたい。

「図書室が開いていない」

俺は何度目かの呟きを漏らした。

 俺は図書室のドアに背中をあずけこれからの予定を考えた。携帯を取り出して時計を見るとデジタルの角ばった数字で八時五三分と表示されていた。

 俺は家に帰るか、このまま待つかの二択で考えた。まず家に帰るということはガミと会うことをやめるわけで学校まで来たのは徒労だったいうことになる。そして次に待つということはこの後家庭学習日という長期休暇をもらっていない下級生達と顔を合わせることになりかねないということで、もしそうなった場合とても不審がられるであろう。先生の誰かに見つかっても何か不愉快なことを言われそうで嫌だった。別に家庭学習日の間に学校に来てはいけないルールなど存在しないのだがなんとなく悪いことをしているように思われてしどろもどろになりそうだった。

 俺はそんなことに頭を悩ませしばし動かないでいたが、そろそろ下級生達が教室移動を始める時間になるのを思い出して決断を早めた。

 俺は帰ることにした。

 俺はバックを持ち直して昇降口まで歩き出した。途中、階段を降りているとぶらぶら歩いてきた教師と鉢合わせになりそうになった。俺はとっさに降りかけた段を上り踊り場に身を隠した。教師は下に降りていった。

「ふぅー」

俺は一息ついてまた階段を降り始めた。その直後背後から声をかけられた。

「こんちはー」

俺はぎゃっと小さく叫んで後ろを振り返った。

「あ、この間の男の子ね」

そこに立っていたのはいつかお世話になった保健室の赤沼先生だった。

「あ、この間は、お世話になりました」

赤沼先生は微笑しながらいいのいいのと手を振った。

「しかし家庭学習日に学校に来るとは思わなかったわ」

俺は図書館に入ろうとして諦めたことを素直に話した。この赤沼先生にはある程度心を許していることをいまさらながら感じた。

「そうだったの。たしかにうちの図書館なら一日中暇を潰せるものね」

俺の本来の目的は読書ではなかったのだがそれは黙って微笑してはいと返事した。わざわざしゃべる必要はないと思ったし、誰かがガミと俺との会話に入ってくることは好ましいことではないように思えた。

「しかし図書館はしていませんでしたから今から帰ろうと」

「ねぇ、それならまたちょっと話さない?」

俺はまた驚かされた。いままで先生という生き物がこんなに積極的に接してきたことがなかったかもしれなかった。

俺に断る理由は特になかった。

保健室は俺と赤沼先生の2人っきりだった。赤沼先生は白くてバナナのように湾曲しているテーブルの丁度真ん中、くぼんだ部分に陣取っていた。俺は、俺から見てテーブルの右側の丸く膨らんだ部分に腕を置いて座っていた。

「最近は元気?」

ありきたりな質問だった。だが、俺にとしては答えに困った。

「あんまり元気とはいえないですかね」

とりあえずの、曖昧な返事をした。

「そうなの?でも前に来たときよりは元気そうね」

前に保健室に来たときは日和に図書室で悠也が好きだという事を告げられた後であった。ショックで気を失うほどだったようだ。あの時は人生の中で最も落ち窪んだ部分に身を投げ出していたようなものだったからそれに比べれば元気なのは当然だろう。

「まぁあの時は人生最悪な気分でしたから・・・」

「ふふふ、そうよね。女の子に振られて元気なら逆にちょっと心配になるわ」

「え?」

俺は思わず声をあげた。赤沼先生には日和のことは話していないはずだった。俺は不思議そうな顔をして赤沼先生を見ていた。彼女はくすくすと笑っていた。

「なんとなくよ。あの子達があなたを連れてきたときに大体想像できたわ」

俺は正直にすごいと思った。大人の女性というものはこうも鋭い直観力を持つものなのかと感心した。

「で、どう?その傷は癒えた?」

「そう簡単には立ち直れませんよ・・・」

「ま、のんびり構えなさい。出会いは一度きりじゃないわ」

俺は彼女の言葉の中で一つ気になった。

「・・・もし一度きりだったら?」

「それはどういうことかしら?」

彼女は興味深げに訊ねてきた。

「もし、そんな人に出会えるのがその一回しかなかったら、どうすればいいんです?後々だれか相手が見つかるのかもしれませんが、そのときにそんな事わからないでしょう」

「そうねー・・・」

彼女は頬杖をついてじっと俺の目を見つめた。なぜ俺の目を見るのかわからなかったが、そのままでは恥ずかしかったから視線を天井に逸らした。

「・・・もしあなたがその時、自分の幸せを考えていたら、きっとその人を放さないようにするでしょうね。だってもう来ないかもしれない出会いより目の前の出会いの方が確かよね」

「じゃあ場合によっては取り合いになって闘うことも仕方ないということですか」

「私の意見はそのさらに逆。その人の幸せを考えてみることよ」

「その人の幸せですか」

「そうよー。もしその人が自分と一緒にいて幸せならそれでよし。自分が諦めることでその人が幸福に生きることができるなら、それでよし」

「でも他人が思っていることなんてわかるはずがないです」

「訊けばいいんじゃない?」

「それができたら苦労はないですよね・・・」

「苦労しないわねー。でもその苦労より価値はあると思うわ」

「でもそれで振られたら、自分の幸福はどうなるんです」

「その人のがいやだと言ったら仕方ないわね。素直に諦めたほうがいいこともあると思うわ。」

彼女はずいっと顔を寄せてきた。

「今度は私に質問させて」

「・・・はい」

「あなたは自分の愛する人が幸福になったら、幸福に感じない?」

自分の愛する人が幸福になったら・・・愛しているのだからその人が幸福になったら幸せだと感じるだろう。だが俺は同時に、幸せそうな顔をみて嫉妬や憎らしさを感じる場合もあるだろうと思った。でもそれじゃあ愛しているっていえなくないか?問題がややこしくなってきた。

「・・・わかりません」

「そう?そんな難しく考えなくていいのよ。私は幸せな気持ちになるはずだと思うわ。自分の愛する人が幸せになってくれたなら。それが当然の道理だと思うわ」

「ドラマなんかじゃ仲のよいと思われてた人が嫉妬しちゃって殺しにかかってきたりしますがね」

俺はちょっと揚げ足取りのつもりで笑いながら言った。

「うん、あるわねー」

案外素直に認められていささか動揺した。

「そういう場合はどうなるんです?」

「単純に考えて、それは愛じゃないってことになるんじゃない?」

「ならなんだっていうんです?愛していると思ってたんでしょ?その感情が嘘だったとでもいうんですか」

「嘘なのかもね。それが相手を所有したいとか自分のできなかったことをさせたいとか、そういう願望を隠すための言い訳かもしれないわ。そういうこともあるような気がするわ」

「愛の意味を勘違いしているということもあるんですね」

俺はぼやいた。

「むしろそういう人の方が多いかもね?」

彼女はにやりと笑った。俺はつい先日までその中の一人だったことにわずかな恐怖を覚えた。知らないということは恐ろしいのだと思うようにはなれたということ、それだけで自分が安全圏にいるような安堵感が得られた。だが俺は安心していていいのだろうか。それに知らないということに気づかない人間はいったい何人いるのだろうか。世界のほとんどの人間が気づいているとは考えづらい、と思う。それならほとんどの人間はその恐ろしさの中でなにを思って生きているのだろう。

「そんなに暗い顔しないで」

俺ははっとして顔をあげた。いつの間にか夢想していたらしい。

「他人の心配はいいけど、あなたの手の届く範囲は限られているわ。あんまりたくさんの人を想うと逆に苦しいわよ」

「そうですが・・・」

「あなたは優しいのね」

俺は悠也に刃を立てたことを思い出した。もう忘れてしまいたい思いでだった。

「そんなことはありません」

「そうかしら」

「そうですよ。自分の親友を刺そうとしたことさえある人間が優しい人だと思いますか?」

赤沼先生はちょっと目を大きくしたが、また微笑を浮かべた。

「あら、大胆なことをするのね。じゃあ少し訂正しようかしら。あなたは優しくなれる人」

「優しく・・・なれる?」

「そうよ。あなたは人一倍苦しんでしまうタイプのようだけど、その分他人の苦しみもわかるようになれるはずだわ。それに今では悪いことをしたって思ってるんでしょう?」

たしかに悪いことをしたとは思っている。錯乱していたけれど、親友を傷つけようとしたのは自分だ。

「それなら大丈夫よ。後はもっと上手に心を扱えるようにならないとね」

「なにを根拠に大丈夫だといえるんですか」

「根拠?まぁ勘・・・かな?」

「勘・・・ですか」

「あなたの態度とか雰囲気から、なんとなく」

彼女は付け加えるように言った。

「必要なものを持っているって感じ」

「必要なものですか」

「あなたオウムみたいね。そんな感じがしたっていうだけの事よ」

そこで会話は切れた。後はずっと2人でお茶を飲んだりお菓子を食べたりして時間をすごした。

俺はそろそろ帰ろうかと思ってそわそわしだした頃、保健室の戸が叩かれた。

「失礼するぞ」

聞いたことのある声だった。

赤沼はいるかといいながら入ってきたのはガミだった。

「なんだ、君はこんなところにいたのか」

「よう、ガミ」

「あらガミちゃん。なんの御用かしら?」

「お茶請けを取りにきただけだ」

「次に用意するのはあなたじゃなかったかしら」

「そんなこと忘れた」

「勝手ねぇ、別にいいけど」

ガミは赤沼先生が出した菓子箱からいくつか取り出すとじゃあ今度はケーキでも盛ってこようと言って出て行ってしまった。

部屋にはまた先生と俺が残された。

「さあ!」

先生が俺の背中を叩いた。

「図書室はもう開いてるだろうから、用があるならさっさと行きなさい。ここで時間をつぶすのももったいないでしょう」

俺はそう思っていなかったが、押されるようにして保健室をでた。俺は出る間際にありがとうございましたと礼を言った。

先生は手をひらひらと振って見送ってくれた。

図書室は開いていて、その中のカウンター奥の司書室でガミは本を読んでいた。

俺は遠慮がちに司書室のドアを開けた。

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