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愛談

長い間ご無沙汰しておりました。詳しいことは活動報告に。


捕らえられた智はガミと対面する。男と女の密室で何が始まるというのか――――?

 ガミはしばらくの沈黙の後、俺に同じ質問をした。

「なんであんなことをしたんだ」

正直俺には答えようが無かった。なぜかといえば、俺にだって正確なことはわからないからだ。なぜか悠也にカッターの刃を向けて忍び寄っていた。思い返すとあの時は財布の中身も自分の労力もその後でどうするのかも何も考えていなかった。いうなれば衝動、いつの間にかそうしようと心が決心して体が動いていた。

「ふん・・・私の予想では”つい衝動的にやっちまった”っていうところじゃないか?」

なんだ、わかってるじゃないか。

「お前、そのとき何を考えてた?」

ん?衝動的と自分で言ってたじゃないか。わかってないのか。

「さあね・・・。何も考えてなかったような気もするし、ずっと何か考えていたのかもしれない。俺にはよく分らないよ」

「そのときのことを心と体が勝手にやったとか、自然に体が動いたんだとか考えているか」

「よく分らないって・・・・、でもそう考えた方が自然じゃないか?」

「何が自然なものか。はっきり言おう。それは間違いだ。お前は自分の意志で動いていた。だがそのときお前を支配していたものは激しい感情だ。心で支配していたんじゃない。お前は感情に支配されていたんだ。心はそんなに悪いやつじゃない」

「?心と感情の何が違うんだ」

「心を理性的とするならば、感情は野性的だ。心をお前とするならば、感情は悪魔でもあるし天使でもある。愛に満ちた感情は同情という天使の福音になるが、激しい感情に執りつかれたらそれは悪魔のささやきになる」

「言ってることがよく分らないなー」

「言ってることがよく分らないかー…」


俺は考えていた。ガミと名乗ったこの女は何者だ。いったい何が目的なのだろうか。何のためにここに俺を連れてきたんだろうか。ガミがまた話しかけてきた。

「なぁ、私に話してくれないか。最近の出来事とか印象に残っていることでも何でもいい」

意図が全くつかめない質問だと思った。なにか聞き出したいにしてもその狙いが見えない。

「何で俺がそんなことをする必要があるんだ。俺はここから出て行きたいくらいなんだ」

「知りたいのさ。知的好奇心とでも思ってくれればいい。君の話を聞きたい。そう、たとえば・・・友人関係とか」

空気が一瞬で固まってしまったかのようだ。凍る部屋の中で2人は見つめ合った。彼女は極めて真面目な表情を向けている。ガミの狙いが分ったような気がした。

「・・・いや、俺は昔から人間関係のゴタゴタに巻き込まれないように気をつけているんだ。そんなことはないよ」

彼女の表情は崩れない。ただただ真剣に俺の話を聞いている。

「君は愛とはなにか、考えたことはあるかい」

なんだこいつは。話にまるで一貫性が無い。質問が唐突な上に突飛でこっちは困惑しっぱなしだ。

「愛?なんでそんなことを」

「理由はひとまず置いておいて欲しい。君いとっての”愛”。君の考える”愛”というものはどんなものなのか。私はそれに興味がある。そのために君をここに運んできたと言っても過言ではない。なんなら、今ここで考えてみてくれてもいい。意見を聞かせてくれ」

きっと、この質問に答えなければ動くことさえ許されないだろう。これは厳しそうだ。だが愛。愛か。何だろう。正直に言えばそんなこと全然考えたことがない。ガミをみると白湯をマグカップに入れて飲んでいた。白湯をあんなにおいしそうに飲むやつは初めてみた。ますますわからない、というか変なやつだ。とにかく俺に時間を与えてくれているようだからこの際じっくり考えさせてもらおう。

 愛、と聞いてまず連想するところはなんだろう。やはり彼氏彼女の恋人関係か?「愛してる」なんて言葉をいまだかつて口にしたことは無いが連中は好きあらば言い合っているように思う。恋人か・・・。俺は日和のことを考えた。彼女は俺にとっての天使だった。今彼女は何をしているだろう。だが想像をめぐらそうとするも悠也の顔がちらついてしまう。そうすると手汗が出てきて額のあたりが痛くなってくる。妙に力が入って体が強張ってしまう。一度全てを忘れてしまおうとソファーに潜り込むぐらい腰を落とした。体の力を抜くといくらか楽になってくる。俺はガミをみた。とうとう読書をし始めてしまった。人にあれだけ言っといて呑気なものだ。こいつはきっと俺の苦しみなんか知らないで毎日を気楽に過ごしているんだろう。ここでお茶を飲みながら悠々自適に生きているに違いない。まったくこんなやつがどうしてあんな偉そうに振舞えるんだろう。きっと人の気持ちなんか考えられない可哀想なやつなんだろう。でもあの顔じゃあ友達はいないだろうな。彼氏なんて望むべくも無い。哀れなやつだ。自分で威張り散らしていることが結局自分の首を絞めていることになるのにそれに気づいていない。まったく可哀想なやつだ。

「どうした?私をそんな見つめて」

ガミは振り向きもせずに言った。さらに続ける。

「・・・もしかして・・・好きなのか・・・?」

ガミの頬がわずかに紅潮していた。俺は頭の血管が数本まとめてはじけ飛ぶのを感じた。

「馬鹿か!いや実際馬鹿なんだろ!?そんなわけがあるか!」

俺が怒鳴りつけたにもかかわらず、ガミは何もなかったかのように平静としている。紅潮した頬も消え去っていた。

「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないか・・・。ああ、そうだ。さっきの質問についてはいくらでも時間をあげるからじっくり考えてくれ」

俺はその言葉をはねつけてやった。

「いや、その必要はない。もう分った」

ガミは意外そうな顔をして驚いていた。しかし本当に驚いていたのかはよく分らない。さっきからガミは本気なのかそうでないのか分らない態度をとっている。

「ほう、是非聞かせてくれ」

声の調子が実に興味深いといった風だった。ガリレオかこいつは。

「いいか。世の中のカップルたちを見てみろ。あいつらは四六時中愛してるとかささやき合ってる」

「全てに当てはまるかは知らないが、たしかにそうだな。うん」

「だろ?でも振られたり不倫されたりすると愛が無いっていって怒りだすよな。そういうことなんだよ。愛がないとそういうことになるんだ。人を好きになったり嫌いになったりするのが愛なんだよ。今は病んデレなんていうのがあるが、それだって好きすぎて、つまり愛しすぎて相手を逃がさないようにしたり他の女が寄り付かないように邪魔するんだ。そういうことだろ?」

ガミは俺の話の間も、愛とは何かと質問をしたときと同じように真っ直ぐに俺をみて話を聞いていた。ガミはなるほどそういう風に考えるのかと納得したような表情で頷いていた。そして言った。

「なるほど面白い見解だよ。あの病んデレというのがなんたるかよくわかったような気がする。」

「そうだろう」

俺はちょっと得意げな気持ちになっていた。自分でもなかなか筋の通った理論だと思った。彼女は大げさに肩をすくませて参った!といったジェスチャーをした。

「驚いたよ。けっして君は頭が悪いわけではない・・・。いやむしろ哲学者か小説家にでもなれるんじゃないかと思うほどだ。だが」

彼女は目を怪しく光らせた。「その意見は、間違っているように思う。」

「なんでだ」

「なんで、というより私の考えている愛と君の考えている愛にだいぶ違いがあるように思えてね。そして君の方はなんだか・・・不安なんだ。」

「不安?」

「そうだ。なんていうか、嫌いな相手を絶対に愛することができないというのは、結果的に争いを生むような気がする。」

俺は困惑した。

「俺はお前の言っている意味がよく分らないんだが」

「じゃあとりあえず、私の考えている愛というものは何かを聞いてくれ」

「いいよ。早く言えよ」

ガミは俺の返事を聞いて間髪をいれずにしゃべり始めた。


「まず私は、愛というものは自分または相手の精神的成長のために行動する意志だと考えている」

「なんだかややこしいな。さっきよりも意味が分らないな」

「そうか・・・。たとえばさっき、お前は相手を逃がさないようにするのも愛だと言ったな?」

たしかにさっき俺が力説した愛についての中で言っていたはずだ。

「ああ、そうだな」

「そこで君に訊きたい。それは本当に愛のある行動だと言えるかな。自分の勝手な都合のために相手の自由を奪うことは本当に愛のある行為だと言えるだろうか」

「だからさっき言ったじゃないか。好きになったらのことだから愛なんだよ」

「もしお前がその立場だったら、どう思う?」

「俺が?なんの?」

ガミは丁寧なゆっくりした口調で言った。

「その病ンデレっ娘の彼氏の立場さ。君は他の女の子と話すことも禁止され、即時中様子を聞かれて自由を奪われている間、愛されていると思うかな」

俺は考えた。そして想像した。

「・・・思わないだろうな」

俺の正直な感想だった。俺はかなり直感で動く癖がある。学校の先生の指示のように、型にはまるのは楽だと思うが窮屈だとも思う。ガミは続けた。

「私も思わない。彼にとってはそれは愛じゃない」

「でも、俺はさっき好きなら愛があるといった。なら別にそれも愛じゃないか」

「実は、そもそも私たちの間の愛の定義が違うんだ。君の定義でならそれも愛だろうが、私は考える。愛とは相手の精神的成長を願う行為でなくてはならないと」

俺はガミの真に言いたいことが理解できてしまったために苦々しい気分を表情に出した。

「・・・つまり、束縛することは相手の成長につながらないから愛じゃないと、そういうわけか」

「そうだ」

ガミは表情一つ変えない。俺は訊いた。

「なんでそう思うんだ。」

「・・・依存性というのを知っているかな」

「それは麻薬とかタバコのか?」

「それに近いがちょっと違う。この依存性が酷く社会に適応できなくなるぐらいまで来ると依存症と呼ばれるようになる」

「依存症・・・」

「依存症の人間は大概こう言うらしい。「あの人がいないと生きていけない!それほどにあの人を愛しているんだ!」と。で別れそうになればほんとに自殺しようとしたりそういう格好をとって気を引こうとしたりしてどうにかこうにか相手を引きとめようとするらしい」

「・・・へぇ」

「とにかく相手と離れるだけで狂ったようになる。仕事に行こうとする相手にしがみついて「あなたと離れたくない。それはあなたを愛しているからだ」。それを君の定義に当てはめれば・・・」

「愛だ。だがお前の定義に言わせれば」

「愛じゃない。よく彼らを観察してみろ」

ガミは俺が聞いていることを確認すると、続けた。

「彼らは愛するというより愛されたいと考えてるかのような行動ばかりをとっている。そんな風に思えないか」

俺はまた黙らざるを得なくなった。

まだ続きます。




続けます。

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