導かれし者
置いてけぼりを喰らった智をもっと追い込んでみようとする試み。
その始まり。
なんとなく、拍子抜けした。我が18年の人生で最長の春休みに入ると言うのに、まるで土日休みに入るかのようにあっさりと家庭学習日が始まってしまった。夏休みの前のようなわくわくはなく、「あーあ。やっと終わった」という疲労感を感じたぐらいのものだった。だからといって何か文句があるわけでもない。ただ目的を持っていない俺のような人間にとっては、この暇な時間をどう潰すか考えなくてはならないのが悩みの種になるくらいだ。
なんとなくベットで寝転んで時間をもてあそんでいた午後、机の上の携帯がぶぶぶぶぶぶぶと震えた。送り主は悠也だった。突如俺の弛んでいた筋肉が緊張した。決定ボタンを連打して開いたメールの本文を見た。何度も何度も文面を読み直し送り主を確認した。悠也から来たメールであることを信じざるを得なくなった俺は携帯を手から落としてしまった。
メールには、日和に告白し付き合うことになった旨が書かれていた。
俺はメールの上では彼の勇気を褒め、成功を祝福したがそれを打ち込んでいる自分はその対極の想いに満ち満ちていた。それは悠也から今度デートに行くためにどうしたらいいだろうかという相談によってさらに溢れんばかりにされた。
運の悪いことに今回はメールでのやりとりだ。はっきりした言葉で書かなくてはならないし、ずっと返信忘れてたとごまかすことも難しい。俺は苦虫をかみ締めて飲み下した後、反芻してさらに咀嚼するような気分でアドバイスをした。メールのやり取りが終わったあと、俺はベッドに倒れた。
俺は天井を見つめて物思いにふけっていた。いつのまに告白なんかしていたのだろうか。俺に相談もなしに。俺は無性にいらいらした。この苛立ちが自分勝手なことは理性では承知していたが、野生が素直すぎるくらいに反発した。俺は悠也を本格的に敵とみなし始めていた。
俺の苛立ちはまず物への暴力となって現れた。その行為の音に反応した親が注意してきたが、それは苛立ちをますます抑えきれないものとさせた。机のものを散乱させ、ベットの上でのた打ち回った俺は脱力し、自分を慰めて一日を終えた。
気分がいつに無く晴れない朝を迎えた俺は、顔を洗ってしばらく放心していた。母が昨日の物音は何かとしきりに尋ねてきたが、俺は苛々しただけだと一言答えたのみだった。
母がちらっと「外に出かけたらすっきりするかもよ」と提案してきた。言われた当初はうるさく思ったものの、落ちつかない心に気晴らしが必要だということは自分でも感じていた。それに家に居るメリットはなにも無い。俺は倦怠感を振り払うように自分を勢いづけて財布をポケットにしまいこんで駅へ向かった。
俺は三十分ほど電車に揺られた。無作為に景色や乗客を眺めて過ごしていると、目的の駅に到着した。ホームの様子を見て俺は違和感を覚えていた。この駅は私の住む周辺では都会の部類に入る地域の駅である。だからきっと人ごみに揉まれるのだろうとぼんやりと考えていたが俺の予想は外れて、以前来たときには考えられなかったくらいに寂しげな様相を呈しているのである。俺はもともと人ごみのようなごちゃごちゃしたところが苦手だったから、こんな風に人が居ないのは気分がいい。上機嫌で改札を出ると真っ直ぐ行きつけの同人誌ショップに向かった。
その道中ちらちらとアベックの姿を見止めた。客観的に考えることができるなら、彼らにも楽しそうに腕を組んでいる人もあれば無表情で足早に歩いている人もいるのが解るはずであった。だが今の自分には男女の2人ずれの方が嫌と言うほど目に付くのみでそんな風に考える子はできなかった。俺はまたしても苛立ちを感じ始めた。気分の悪さが顔に出ているのだろうか、俺の周りだけ人が遠のいているような気がした。俺は孤独を思った。それは直ちに苛立ちに変わりショップに向かう足を早めた。
ショップに着いて俺は必死になって同人誌、グッズを買い漁った。まるでそうしなければ自分が消えて保てなくなるとでも思っているかとでもいうような有様であった。実際、目に付いた商品をかごに放り投げているとき、自分が満たされていくような気がした。
俺は大きな紙袋を両脇に抱え自分が今まで持ったことの無い幸せの重量感を感じながら街を歩いていた。しかし体力の落ちていた俺にとってはけっこうの重荷で、通りの脇に設置されていたベンチに腰を下ろして休んだ。
俺は通りを歩くやつらに見せ付けるように紙袋をベンチの上に置いていた。しばらくぼっとしていると冷たい風が服のすそから入り込んできた。自然と身震いが起きて想像以上に体が冷えていたことに気づいた。俺は温かいものを求めてコンビニに入った。コンビニの中は暖房が効いていて自分の体の冷え切っていることを再認識させられた。
俺はしばらく立ち読みをして体を温めた後、肉まんでも買おうと財布を開いた。中には残り千円札が一枚と小銭が少々あるだけだった。
ふと焦燥感に襲われた。足元の紙袋を見ながら俺は何を買ったのか思い出そうとした。だが自分が買ったはずなのに、それができなかった。一体俺は何を買ったのだろう。何のために必死で貯金してきた何万という金を遣い切ったのか。これらを家で読むなり眺めるなりして、その後に何が残るのだろうかと思った。明日あさってまでは楽しめるだろう。もしかしたら一ヶ月くらい楽しんでいるかもしれない。だが二ヶ月も経つ頃には飽きてしまうのではないか?そうなら俺は何をするのだろうか。またさっきと同じように買い漁るのだろうか。そんな生活がいつまで続くんだろう。考えていけば行くほど行き詰っている自分を感じた。
いやいや、自分にとって楽しいことをやっているんだからそれでいいじゃないか、それが俺の生きているってことなんじゃないのか。そんな風に自分に繰り返し言い聞かせた。が、説得が途切れるとその隙間から自分の人生が無為であるような絶望的な感覚が湧き上がってくる。俺は考えることを止めて帰宅することに集中しようとした。
そうして少しでも気分を帰宅に向けるため店の外を眺めたとき、目の前の人ごみの中に見覚えのある後姿をみつけた。それは悠也だった。信号で足止めされている。悠也の後ろ姿を見ながら、なぜこんなところに彼がいるのだろうかという疑問が浮かんだ。その理由を頭で思い出す前に、悠也に寄り添うもう1つの後姿をみつけた。日和だった。
俺は熱い血液が体中を駆け巡る感覚とともに全てを思い出した。悠也は告白が成功したと、今日デートをする予定だといっていたではないか。その現場に俺は出くわしてしまったのである。
まだ向こうは自分の存在には気づいていないようだった。今日が初デートと言う割には2人とも打ち解けているようだ。口が止まっていないところを見ると相当会話が弾んでいるのだろう。2人は時折照れたような笑顔をみせる。それは俺に抑えがたい衝動を与えた。信号が青になったところで俺はコンビニを出て、2人の後をつけた。
私が思うに失恋の中でもただ口頭で振られるより、他の誰かとラブラブしてるのを見せつけられるほうがきついと思う。
なんかもう俺の存在なんか木の葉程度にも気にしてもらえてないよね・・・みたいな気持ちになると思う。相手への想いがつのっているほど、眼中に無いという事実は自身を惨めにさせる、と思う。
以上が片思い専門の思うところでございますが、浅学故ご理解のほど宜しくお願いします。