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迷宮世界  作者: 傍観者
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影の通り魔6

 あれから浩介が意識を取り戻したのは丸一日経った時であった。


 ぼやける頭で辺りを見回すと白で統一された一室と薬品独特の匂いからどこかの病室なのだろうと認識する。

 人の気配も無く、静けさの漂う空間で生き長らえたと改めて実感することが出来た浩介は、タフな自分と安堵の気持ちとの狭間で軽く苦笑した。


 自分の体に意識を向けても右腕に点滴が繋がっている他、特に変わった所も無い。


「……ッ!!」


 体を起こそうとした浩介だったが腹部と左腕に痛みが走り、再びベッドに横たわる形となった。


 全治一カ月という怪我だ。当然のごとくたった一日で完治する筈も無く、左腕と上半身には無数に包帯が巻かれていた。


 どうしたものかと思案していた浩介だったが、ガラガラとスライド式の扉が開いたことで中断し顔だけを扉へ向けた。


「意識戻ったのね!!良かった……」


 入ってきたのは花で満ちた花瓶を抱えている綾華であった。

 綾華は花瓶を窓際の棚に置くと、ベッドの横にあった椅子に腰掛けた。


「調子はどう?」

「左腕と脇腹が痛むがその他に異常は無い。痛みが無ければ健康体だな」

「死にかけたんだからそのぐらいは良しとしなさい」


 意識を戻すのに三日は掛かると言われた綾華もたった一日で取り戻した浩介に驚き、そして安堵した。


「ここは何処の病院なんだ?」

「私の伯父さんが営んでる病院よ。小さいけど設備もしっかりしてるし入院も出来るわ」


 その答えに浩介は心を撫で下ろした。


 一般の病院ならば事情を説明するのが面倒だからだ。

 階段で転んだ程度の怪我なら言い訳出来るが、浩介の怪我は明らかにナイフで刺された傷だと簡単にバレてしまう。病院側も間違いなく警察に連絡し、その警察から事情を聴かれるのは目に見えて分かる。

 全て話しても良いが、今それが得策だとはとても思えなかった。


「俺が意識を失った後の事を教えてくれ」

「そうね。浩介が意識を失ったのは学校の敷地内を抜けて少ししてから。流石に私一人で運べないから、伯父さんに連絡して車で運んでもらったのよ」

「それで、その伯父さんには何て説明した?」

「喧嘩して刺されたって説明したわ。流石に本当の事は言えないわよ」


 綾華も全てを話す事はしなかった。たとえ伯父であっても相手は闇の組織『依頼屋』だ。その小さな情報さえも掴まれた場合、下手し伯父にも危険が降り注ぐだろうと思いどうにかこうにかごまかしていたのだ。


「分かった。後は適当に話を合わせる」


 そう言うと浩介は顔をしかめながら上半身をゆっくりと起こした。


「あんまり動いちゃダメ。重傷なんだから」

「このぐらいで傷は開かないから大丈夫だ。それより、悪い綾華。喉乾いた」

「あ、そうね。じゃあ何か買って来るわ。何が良い?」

「コーヒーでいい」

「ついでに伯父さんも連れて来るわね」


 そう言って綾華は部屋を出て行った。


 浩介はベッドの横にある小さなテーブルの上から携帯を手に取り電源を入れた。日付は月曜日。時間は午前中を示していた。

 加藤沙耶殺害事件で学校は日曜まで休みの筈だ。


――あいつ、サボったな


 綾華がここにいることで学校をサボっていると確信したが、それを口に出した所で自分を棚にあげて怒られると直感した浩介は胸の内に深くしまい込んだ。


 そして不意に屋上はどうなっているのかという疑問が出る。


 依頼屋の一人、烏丸玲奈という女性は掃除屋がどうにかすると言っていた。依頼屋組織の部署の一つだと検討は付くが、あれだけの痕跡をたった一日で片付けなければならないのだ。


 違う部署があるならかなり大きい組織だと分かる。そして人まで殺すその大きな組織が痕跡など残す筈がない。少しでも残っていれば誰かに見つかり警察を呼ばれる可能性がある。

 結局何も無いと結論付けることでその疑問は解消する。


 そのタイミングで綾華が扉を開けた。


 隣には白衣を着た清潔感のある男性が立っている。直ぐに綾華の伯父さんだと理解し笑顔を向けた。


「高崎浩介です。色々とご迷惑をお掛けしました。有り難う御座います」


 軽く頭を下げる浩介に、伯父は微笑んだ。


「いやいや、そんな(かしこ)まらなくていいよ。私は当然の処置をしただけだ。それに、綾華ちゃんの友達なんだろ?君が無事で何よりだ」


 伯父はベッドの横に立ち、綾華は椅子に座り缶コーヒーを差し出した。


 礼を言ってそれを受け取ると蓋を開け一口飲む。


「検査をしたところ内臓の損傷も無い。直ぐに退院は出来ると思うが傷は完全に塞がっていないから安静にしとくこと。まあ少し入院しとくといい。知っての通り小さな病院だ。患者も少ないし、医者も私と看護師の二人だけだ。落ち着けると思う」


 一軒家の一階が病院となっているこの場所で伯父は生活しており、雇われの看護師と二人で基本お年寄りを相手にしていた。

 後に綾華から聞いた事だが、伯父は未だ独り身で恋人募集中との事らしい。


「じゃあお言葉に甘えて、今日一日は厄介になります」

「はは、そうしてくれ。私も久し振りに夜に話し相手がいて嬉しいよ。あ、私は楠木誠司(せいじ)。綾華ちゃんのお父さんの弟だ。まあ伯父さんと呼んでくれ」


 屈託の無い笑顔を向ける伯父に浩介は心から感謝し、暫くの間何気ない会話で時間を潰した。その時当然怪我をした理由を聞かれたが、綾華の言った通り喧嘩をして刺されたと嘘を付き、警察に届け出る気が無いことも言い訳を重ね何とか了承してもらった。


 別の患者が来たことで伯父が部屋を出て行き、綾華と二人っきりになった時に話の内容は一気に急変する。


 現実的な会話へと必然的に変わり、今後の行動をどうするかの話をしなければならなかった。


 多少の猶予が与えられたにしろ、このまま全てを水に流し平和な生活が出来るとは到底思えなかったし、相手もそれを許す筈がない。

 何しろ浩介達は闇組織に足を入れ最早逃げられない所まで来ているのは分かっている。ならいずれ何らかの形で接触をしてくるのはまず間違い無いと考える。

 瞬時に抹殺に掛かるのか、それとも別の方法で接触を図るのか。いずれにしろ警戒をしなければならない事に浩介も頭を悩ませていた。


「どう思う?」


 浩介は神妙な面持ちで綾華に顔を向けた。


「先ずは何故あの時決着をつけず撤退を選択したか、ね」


 それには浩介も頷いた。


「同感だな。何か裏があるとしか思えない」


 状況は互角にしろ烏丸玲奈という女性が現れた事により、不利な立場に陥ったのは紛れもなく浩介達の方だった。

 綾華も多少は身を守る(すべ)を持っていたが東野と烏丸という依頼屋組織のメンバーが二人で向かって来た場合、どちらが有利かは一目瞭然である。

 東野が戦闘にはプライドを持っていたというのは知っているが、組織の命令となればそれを捨て勝ちにこだわらなければならない。


 しかし組織はそれを選択せず撤退をした。


 考えられる事は烏丸玲奈が戦闘員では無いということだ。

 大きな組織だけにただ上からの情報を伝えるだけの存在がいても不思議ではない。


 では何故戦闘員を派遣しなかったのかという思考が湧いて出る。


 東野のプライドは何にせよ浩介達を見逃す事と比べるとそちらを選択した方が組織にとってメリットは大きい筈だ。


 戦闘員を派遣出来なかった理由があるのか、浩介達を見逃すことで何か特別なメリットがあるのか、様々な案を出したが結局結論には辿り着かなかった。


「あの女の言っていた事、信用出来ると思う?」


 綾華は買ってきていたミルクティを飲みながら烏丸の言っていた言葉を思い返し浩介に聞いた。


 それは黙認するなら組織からの刺客は来ないという言葉だと理解した浩介は間も開けずに答える。


「信用は出来ないな。あくまで俺達を油断させる為に言った可能性もある。それにメリットも無ければ俺達が黙認する確証も無い。奴らが後手に回る事は考え難い」


 綾華は溜息を零した。


「……そうよね。となれば直ぐにでも接触してくるかもね。どうするの?」

「分かっていてもどうも出来ないだろ。何も知らない俺達は結局後手に回るしかない。行き当たりばったりだな」


 浩介はお手上げだと言うような動作をして苦笑い見せる。


「……私達、死んだかもね」

「心配するな。お前は守ってやるよ」

「無茶はしないで!」

「無茶をしなけりゃ死ぬだけだ。分かってるだろ?」


 少し威圧感を込めて言った言葉に綾華も困惑する。


「……無茶をしてもあなた死ぬわよ?」

「そう簡単に死ぬつもりは無い」


 素っ気なく言う浩介に綾華は何も言わなかった。


 何を言おうが今の浩介を止める事も出来なければ、止めたところで言っていることは正論だと綾華も知っていた。

 それでも綾華の為に浩介が犠牲になることだけは絶対に嫌だと内心思っていたのだ。


「綾華……」


 重苦しい空気が漂う中、浩介が口を開いた。


「……何?」


 少し間を空けて何を言うのか不安を抱きながら聞き返す。


「腹減った。何か食べに行こうか?」


 綾華は一瞬目を丸くし、その後クスクスと笑った。


「そうね。でも浩介、歩けるの?」

「多少痛むが、内臓は傷付いてないみたいだから大丈夫だ」


 そう言って浩介はベッドから抜け立ち上がった。


「あっ!」

「何だ!?」


 突然声を上げた綾華に驚きながら尋ねた。


「浩介の服……捨てちゃった」

「……マジか」


 雨に濡れ、尚且つ血塗れの服は此処に運んだ時に伯父が脱がし、捨てていた事を思い出したのだ。


 現在浩介は入院患者が着るような羽織ものとパンツだけを身に付けているだけであり、流石にこれで外出は出来なかった。


「住所教えて。何か適当に服を持って来るわ」


 綾華の提案に今は納得するしかない。


「頼む。だが危険だぞ」


 納得はしたがいつ刺客が来るか分からない状況で綾華を一人向かわせるのは気が引けていた。


「大丈夫よ。伯父さんに車で送ってもらうから」


 綾華は住所の書かれた紙と浩介の部屋の鍵を持ち、部屋の扉を開けた。


「じゃあ、ちょっと待っててね」

「……ああ。気をつけろよ」


 笑顔で手を振る綾華に手を振り返し見送った。


 綾華が出て行ったのを確認した浩介は窓を開け煙草を吸った。


「あの笑顔で手を振られたら男はイチコロだな」


 そう小さく呟き、少しでもドキッとした自分の心境を苦笑していた。


 ここ数日間綾華と一緒にいたが、気持ちの高揚というものは感じなかった。

 一目見た時から美少女とは思っていたが、そんな気持ちを抱くだけのゆとりというものが無かったのだ。


 あまり恋愛には興味の無い浩介もそれが恋愛感情だとは思ってないが、他の男なら間違い無く虜になっているだろうと第三者の立場でそんな思考を繰り広げていた。


 綾華が帰って来たのはそれから一時間経った時のことで、Tシャツと黒のスラックスに着替え、ジャケットを羽織った。

 そして伯父にお礼を言ってから夕方までには戻る事を伝え病院を出た。


 路地を抜け大通りへと出た二人は適当に選んだファミレスへ入り昼食を済ませた。

 時間も余っていた為綾華の買い物に付き添い、お店の店員からカップルと認定される事に微笑しながら時間を潰していった。


「さて、そろそろ帰るか」

「そうね。それとありがとね。買い物に付き合わせちゃって」

「ああ、気にするな。俺も久々にリフレッシュ出来たから良かったよ」


 大通りを歩きながらその後も会話が尽きることなく帰路の道を進んでいた二人だったが、ふと浩介が足を止めた。


「やはり、早かったな」


 ボソッと呟いた浩介からは先程までの和やかな表情は無く、獲物を見付けたかのような鋭い眼光に変わっていた。

 綾華もその原因が直ぐに理解出来た。


「あの女……」

「……烏丸玲奈」


 人が行き交う大通りの三十メートル先に立ち止まる依頼屋組織の一人、烏丸玲奈が浩介達を見つめていた。


 辺りを警戒するが、他の仲間の気配は無く浩介は烏丸に近付いていった。


「今日は二人でデートかしら?」


 最初に一声を放ったのは烏丸からだった。

 ニヤリと笑みを浮かべ挑発するように口に出す。


「それはもう聞き飽きた。あんた一人か?」

「そうよ」

「なら用件はなんだ?」


 烏丸一人なら直ぐさま戦闘という手段は取らない。ならば何か用件があると考えた方が納得出来る。


 だが冷静に考える浩介もその裏を頭に入れ警戒を解かない。


「組織があなたを必要としてる。フリーの依頼屋、高崎浩介をね」


 別段驚きもしなかった。依頼屋組織が調べれば浩介も依頼屋だと簡単にバレると踏んでいたからだ。だが、必要と言われれば疑問を抱かざる負えない。


「……あいつ程の男もいて何故俺が必要だと?」


 あいつとは勿論東野のことだ。


「私達には人員が必要なのよ。あなたみたいな強い人員がね」

「依頼屋としての組織ならばそれで事足りる筈だ。何も危険因子と判断された俺を仲間に入れるメリットは無い」

「それがあるのよ。あなたを仲間に入れるメリットが」


 真っ直ぐ目線を交わす烏丸に浩介は神妙な顔に変わる。


「……あんたらの目的は何だ?世界征服でもするつもりか?」

「今のあなたが知る事じゃ無いわ。それに、今すぐ仲間にならなくてもいいわよ。いずれ全て分かるんだから」

「なら答えは仲間にならない、だな」


 即答した浩介に烏丸は予想していたように苦笑した。


「分かったわ。また会いましょう、お二人さん」

「あんたの考えが聞きたい。俺に何を望み、何処に向かおうとしている?」


 背をむけた烏丸に最後の問い掛けをした。


 浩介達は選択肢を与えられたのだ。それはちゃんと拒否権の有るもので想像していたものより遥かに生易しい。

 では組織がその選択をした訳が目的自体に含まれるのではないかと想像する。浩介を生かし、仲間にするメリットがあるとすればそれはちっぽけな事象ではない。良くも悪くも何かしらの影響を考えた結果がそれを可能にしている。


 恐らく依頼屋組織の目的を知っている者はほんの一握りしかいないと感じていた。そしていずれ分かると言ったのはその目的を果たす時、組織が表立つ時だということだ。


 だが人を殺している事には変わりない。そんな組織の仲間になることなど微塵も考えていない浩介も、組織の目的には興味を示した。


 烏丸は一度振り返った。


「所詮私達は飼い慣らされているだけなのよ。あなた個人に何を望んでいるわけではないわ」


 そう言うと烏丸は人混みの中へと消えていった。


「どういうこと?」


 意味の分からない最後の言葉に綾華が呟いたが浩介が答えられる筈が無かった。


「さぁな。だが、直ぐに仲間にしなかったところを見ると、俺達に構ってられない何かが起きているのかもな」


 いずれ分かると言うならそうなのだろうと、その時浩介は深くは考えなかった。

 だが通り魔から始まり依頼屋組織まで繋がったこれまでの日々で、運命の歯車が回りだしたような嫌な感覚を抱く結果となり浩介は拳を握り締めた。



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