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迷宮世界  作者: 傍観者
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影の通り魔3

 カーテンの隙間から差し込む日差しとカラスの鳴き声で浩介の意識はゆっくりと覚醒していった。


 重い目を開け後方の棚に置いてある時計に視線を移す。

 少し早いなと思える時間であったが、欠伸をしながらベッドから立ち上がる。そのままカーテンを開け、日差しを受けた身体で一度伸びをする。そしていつもの日常であればこの後顔を洗いに行くのだが今日は違っていた。


 浩介は枕の横に置いていた折り畳み式の携帯を手に取り画面を開いた。その画面には普段と変わらないシンプルな時計の待ち受けが映るだけであった。


「連絡は無しか」


 そう呟くとパタンと携帯を閉じた。


 その相手は勿論綾華である。


 昨日の夕方から今日の朝まで何の連絡も無いことからまだ調べている途中なのだろうと推測し、再びいつも通りの行動をとるのであった。


 軽い朝食を食べ終えた後、浩介はこの白ヶ丘付近の拡大地図をテーブルに広げていた。そしてインターネットを駆使しながら地図に赤ペンで所々丸を付けていった。


「やっぱり毎回場所が違う。特定しにくいな……」


 浩介は吸っていた煙草を灰皿へと戻し、自ら入れたインスタントコーヒーを口に含んだ。


 調べているのは通り魔が犯行を行った場所である。

 一件目から十三件目までの全ての犯行場所を地図上に丸付けしたが、被っている場所が一つも無いのだ。近くで行われた場所もあるが、それも二件目と八件目というように間を空けての犯行だ。そして近くの場所での三つ目の丸は無い。つまり一回犯行を行った場所の付近では今の所、間を空けての二回までという行動をとっていたのだ。


 犯行時間も調べたが特に纏まった時間という訳でもない。曜日とも照らし合わせたがそれも無駄に終わっていた。


 犯人に繋がる共通点も次の犯行場所も何一つ絞ることが出来なかった。


 浩介は溜息を吐き出し、煙草を手に取ってから地図を眺めた。

 考える事を止め、只ボーっと眺めているだけである。そこでふと思い出した事があった。


「そういや、このスーパーこの前通り掛かった時潰れてたな」


 そんな事を思い出し、北にある隣町のスーパーにバツ印を付けた。

 他にもあったかと記憶を辿り地図上を指でなぞっていく。


「ん?」


 浩介のなぞっていった指はそのスーパーから偶々犯行現場へと繋がる道程であった。

 その丸印へ到達するまでにそれはあった。


 浩介は直ぐに他のポイントも入念にチェックしていく。


「あった……、此処もだ……」


 次々に見つかっていくその場所に浩介は星印を付けていった。その全ての犯行現場に対し、二百メートルも離れていない場所に星印があったのだ。


 全てを書き終え、浩介は赤ペンを置いた。


「やっぱり……こいつは交番付近で犯行してやがる」


 浩介がふと気になった点は交番であった。


 地図上を調べた結果、犯行が行われている場所の二百メートル圏内に交番が有り、犯行が行われていない場所には交番の表記が無かった。そしてある場所だけはその二つに当てはまらなかった。

 交番はあるのにその付近で犯行をしてない場所だ。そこから一番近い犯行現場を見ても七番目の犯行で日はかなり経っている。


――絞るならここしかない!


 浩介は西に位置する隣町のその場所を大きくペンで囲った。


 綾華に連絡をしようと携帯を取ろうとしたが、丁度そのタイミングで携帯が鳴る。

 プルルルという機械音をワンコールもしない内に通話ボタンを押した。


「何か分かったか?」


 相手は綾華だと携帯の画面で知っていた為、下手な挨拶はいらなかった。


『ええ、色々と分かったわ。まだ確証がある訳じゃないけど、恐らく、ね。そっちは?』

「こっちも色々とな。……もうこんな時間か。昼飯は食べたか?」


 腕時計を見ると時間は昼前を指していた。どうせなら電話ではなく直接会って話がしたい浩介は綾華に有無を聞いた。


「まだよ。奢ってね」


 その意図を読んだ綾華は条件を付ける。電話越しだが明らかに笑みを浮かべている様が読み取れた。


 浩介は承諾すると、場所と時間を決め電話を切った。 そして、必要最低限の物と先程まで印を付けていた地図を手に持ち家を出た。



 浩介がファミレスへ着いた時には綾華は既に席で待っていた。


 一度愛理と来たファミレスだったので店内の配置は把握しており、容易く綾華を見付ける事が出来た。昼前ということもありそれなりに客は入っていたが、綾華の座る喫煙席は比較的空いている。


 二人の大人っぽい容姿もあり、店員に疑問に思われる事も無く浩介は綾華の向かいへと座った。


「何にする?」


 そう言って綾華はメニューを浩介に手渡す。メニューに目を通さない綾華を見ると既に決めているようだ。


 遅いと言われるかと内心焦っていた浩介だが、それも取り越し苦労だったと安心していた。


「俺はこれにする」

「じゃあ呼ぶわよ」


 綾華はテーブルにある呼び出しボタンを押すと、駆けつけた店員に浩介が指を差した期間限定のステーキ定食とカルボナーラを注文した。


「じゃあ私の調べた情報から教えるわ」


 店員が離れて行ったのを確認し、綾華は藤田の時と同じように書類を渡した。だが今回はびっしり文字の書いてある紙が五枚もあった。


 それには浩介も苦笑いを浮かべたが、真剣な表情で目を通していった。


 全て見終わる頃には注文の品も運ばれ、綾華は早くも口に運んでいた。


「候補は四人か……」


 浩介は(おもむろ)に言葉を出した。


「しかも今の段階では沙耶と付き合っていた可能性があるだけよ。一人一人当たっていけばもっと絞れると思うけど」

「いや、その必要は無い。この四人の情報と加藤沙耶の情報を照らし合わせると殺人まで犯す動機が在るのはコイツしかいない」


 浩介は書類の一枚を抜き取り綾華に向けてテーブルに置いた。


 綾華はパスタを食べる手を止め書類を見つめる。それは綾華も思っていた人物であった。


「でも動機だけよ。証拠まで見つけるのは難しいわ」

「確かにそうだな。でも本当にコイツだとしたら何か引っ掛かってるんだよなぁ……」


 浩介はステーキをナイフとフォークで器用に切りながら頭の中で引っ掛かる疑問を口にした。


「学校で?それとも葬儀で?」


 綾華は浩介の疑問となる場所を尋ねていく。


 綾華の調べた四人はいずれも白ヶ丘学園の内部の人間であった。浩介が引っ掛かる事があるならその人を見たであろう場所に限られるのだ。そしてそれは学校内部か、昨日行われた葬儀かという選択肢になるのだ。

 それ以外、浩介のプライベートでの事なら綾華が知る事など無い為に選択肢には入れなかった。


 そしてそれがヒントとなった。


 浩介は切っていたナイフを止め綾華に顔を向けたのだ。


「そうか、葬儀だ。あの時の行動の説明がつかない」


 浩介は全てが繋がって行くような感覚だった。


「どういう事か最初から説明して」


 一方浩介の考えが読めない綾華は少し不機嫌そうに問い掛けた。

 浩介はそれに頷くと、教会に行った時の事から説明を始めた。


「その教会の何処が怪しいのよ?至って普通の教会じゃない?」

「だから言ったろ。俺の勘だって」


 ステーキを頬張りながら苦笑いを浮かべる。


「そしてその勘が正しければこの事件もある程度繋がりを見せる」


 そして浩介は依然理解していない綾華に全ての考えを説明した。


 何故沙耶は殺されたのか?

 いかに複雑な条件が絡み合っていたのか?

 教会との繋がりは何か?

 浩介の引っ掛かっていた点はなんだったのか?

 今後どうしようとしていたのか?


 その全てを聞き終えた綾華は愕然としていた。


「そ、そんなことって……」

「だが、そう考えれば全てが繋がる。可能性は高い」


 浩介は食べ終えた器を隅へ追いやった後、いつものように煙草を吸った。綾華も自分なりに考え、その推理に納得した。


「それじゃあ直ぐに犯人と接触するの?」

「それはまだだ。先ずは逃げ道から潰していく」

「通り魔を捕まえるのね?」

「そうだ」


 浩介はニヤッと笑うと、自ら持ってきた地図を綾華に見せた。


「これは奴が行った犯行現場と時間と曜日が書かれている。場所、時間、曜日とも共通点は無いが一つだけあった」

「交番ね」


 綾華は現場の近くの星印を理解した。


「そうだ。そして交番は在るのにまだ犯行を行っていない場所がある。そこが――」

「隣町。蔵元(くらもと)六丁目の大通り」


 綾華は浩介の言葉を遮った。全てを理解している綾華に笑みを浮かべて頷いた。


「決行は?」

「今夜からだ。だけどその前に準備をする必要がある」


 綾華もそれに頷いた。


「じゃあ行きましょ」


 そこで二人は立ち上がりファミレスを後にした。




「絶対にそこで起こる確証は無い。もしかしたら全く違う場所で起こるかもしれない。下手すれば長期戦だ。それでも協力してくれるか?」


 二人並んで歩いている中、浩介が綾華の顔を見ることなく尋ねた。


 交番の近くで起こしている点から相手は愉快犯だと推測していた。

 十三件も犯行に及んでいるのだが捕まらない事に味を占め、挑発している。沙耶の事件で警察としても警戒を強めている今、間違いなく近々行動を起こすと確信していた。


 その愉快犯を捕まえるには綾華の協力が必要不可欠であった。


 夜に一人でいる女性ばかり狙っている為、浩介一人では犯行を見つけ難い。となれば綾華を囮にする方法が手っ取り早いのだ。

 しかし一日だけなら兎も角、長期戦になる可能性も否めない為、その度綾華を囮にすることに悩んでいた。

 何より綾華の精神状態を心配していたのだ。


 いつ襲われるかわからない張り詰めた緊張状態を毎晩のように体感しなければならない。いくら綾華でもそれは厳しい事だと浩介は不安に思っていた。


「今更何言ってんの?第一、最初に協力を頼んだのは私の方なんだし、そんな心配しなくていいわよ」

「それはそうだが……」

「それに、いざとなったらあなたが助けてくれるんでしょ?」

「当然だ」

「だから私自身はそんな心配してないわ」

「……そうか」


 笑顔を向けてくる綾華を見た浩介は少し心の荷が下りた感じがした。そして絶対に守ると心に誓い、その為の準備をするのであった。




 夜になり人通りの少なくなった道を、スーツを着た男がキョロキョロと周りを見渡しながら歩いていた。

 場所は蔵元六丁目の大通りだ。


「ははは!バカな警察だ。事件のあった場所ばかり警戒して、この辺りは手薄じゃねーか!!」


 奇しくも浩介の読みは初日にして大当たりとなっていた。


 男は歩行者が居ないのを良いことに大きな声で言い放った。


 男は服装自体も毎回変えており、今日は大通りを歩く為に見られても怪しまれにくいスーツで犯行に及ぼうとしていた。


「にしても、女の子いねぇな!」


 そう呟きながら舌打ちをする。


 確かに大通りの割には人通り自体少なかった。


 通り魔と先日の殺人が幾度もニュースで流れている為、自然と人通りも少なくなっていたのだ。その中で単独の女性を見付けるとなると至難の技である。


 この男がそうさせているのもあるが、そんな事など考えもせずただ憤りを感じていた。


「んだよ!!折角テンション上げて来たのにこれかよ!!」


 男は少し路地に入った公園の入り口で近場の木を蹴った。


 今日は出直すか、と考えていた男の目にふと女性が映った。


 女性は公園のブランコに腰掛けており、退屈しているように砂を軽く蹴っていた。


「きたきたきた!!やっぱり俺はツイてる!!」


 男は小声でそう呟くとテンションを一気に高めガッツポーズをする。

 そして、周りを確かめ女性が一人であることを確認すると、茂みの中を身を屈めながら移動していった。


「おいおい……超美少女じゃねーか!!」


 女性がよく見える場所で止まると、声に出ているのかどうかというぐらいの一段と小さな口調で呟いた。


「胸はそこまで大きくないが形は良さそうだ。そしてあの長い脚と細いウエスト。顔も申し分ない。今日はお持ち帰りでもするかな?」


 ぺろっと唇を舐め、男は嬉しそうに女性を分析していた。


 そして意を決したようにスーツのポケットからスタンガンを取り出した。




 男が綾華を舐め回すように分析している頃、浩介は綾華の座っているブランコの丁度真後ろにある大きな木の上から双眼鏡で男の行動を見ていた。


 最初は綾華を大通りで歩かせることを計画していたが、それは急遽取り止めとなった。

 思ったより早く不審者を見付けたのだ。


 浩介が大通りを軽く見回していた時、スーツを着て辺りを警戒している男を発見した。

 行動は道に迷っている人にも見えなくもないが、浩介が疑問に思ったのはそこでは無い。


――何故あいつはスーツ姿なのに鞄を持ってないんだ?


 という疑問であった。


 会社帰りなら普通鞄は持っている。それにこんな時間に外回りは無い。さらには人通りが少ない分、挙動不審な行動がやたら目立っている。


 浩介はそれらを考えその男を通り魔だと断定し、綾華を近くの公園へと移動させた。


 案の定、男は公園まで近付くと綾華を発見し、木の上で待ち構える浩介に気付かず行動を開始したのだ。


「綾華、左少し前の茂みの中で男が飛び出そうとしてる。警戒しといてくれ」


 浩介は右耳につけているイヤホンと繋がるマイクに向かって小声で伝えた。それを聞いた綾華も左耳を触り了承の合図を送った。


 準備の為に買ったものがこのワイヤレスで話せるイヤホンマイクであった。


 綾華が一人で行動する時に浩介が近付いては通り魔にバレてしまう。その為の情報手段として考えたのがイヤホンマイクだ。


 勿論のこと綾華も目立たないように右耳にイヤホンを付けているが、情報は何か無い限り浩介だけが送っていた。綾華はその情報に全て野球のサインのような仕草で伝えているのだ。


 そんな事とは知らない男は少し綾華の近くまで移動すると、スタンガンを構え茂みから飛び出して行った。


「来たぞ!!」


 浩介の言葉と同時に、綾華はブランコから立ち上がり男に顔を向けた。


「悪く思うなよぉぉ!!」


 男は綾華に回避は不可能と判断し、笑みを浮かべながらスタンガンのスイッチを押した。


――パチパチッ!


 スタンガンから聞こえてくる電流が綾華に迫ろうとしているが、焦りや避けようとする行動などは見られない。


 そして見事なタイミングで木の上から飛び降りた浩介は、男のスタンガンを持つ右手首を掴んで着地すると、腕ごと一気に捻り上げた。


「あぁ!?あぃだだだぁー!!」


 突然降ってきたように目の前に現れた驚きと腕に走る激痛で男は持っていたスタンガンを落とした。


 浩介は男の腕を掴んだまま背後へ回り、足を掛け強引に俯せさせた。


「イテェー!何なんだよ!?オメェはよォ!!!」


 男は俯せのまま唾を撒き散らしながら叫んだ。


「黙れ」


 浩介は空いている左手で男の髪を掴み顔を地面に押し付けた。


「単刀直入に聞く。殺人を犯したのはお前か?」


 男は砂に顔面を密着させながら苦しそうに首を横に振った。


「では一連の通り魔はお前の仕業だな?」


 観念したように頷く。


「そうか。ありがとな」


 浩介は左手を男の頭から放しスタンガンを手に取る。

 頭を解放された男は口の中に入った砂を必死に吐き出していた。


「ギャッ!!」


 突然体中に走る電流で短く叫ぶと、男は意識を失った。


 それを確認した浩介はスタンガンを男の背中から放し、そのスーツのポケットへと収めた。


「やり過ぎじゃない?」


 一連のやり取りを見ていた綾華はボソッと呟いた。


「大丈夫。気絶しているだけだ」


 そういう事を聞いた訳では無いが綾華は何も言わなかった。


 ある程度男を調べたが特に何も出て来なかった為、浩介が匿名で警察に電話をしてから気絶している男をベンチに寝かせその場を去った。



「まさか初日で解決するとは思ってなかったわ」


 その帰り道、ふと綾華が本音を零した。それは浩介も思っていたようで深く頷いた。


「でもまあ、綾華に何度もさせる訳にはいかなかったからな。怪我も無かったし、何はともあれ良しとしよう」

「浩介」

「ん?」


 綾華はそう言って立ち止まったので浩介も立ち止まり振り返った。


 綾華は心配してくれていた浩介に透き通るような笑顔を向けていた。


「ありがと」


 浩介も笑顔を見せた。


「あいよ!」


 そんな会話も緊張が解けた証である。

 だが二人にとってこれは第一段階を抜けただけである。嫌にあっさりではあったがこの事件を解決させるための準備に過ぎなかった。


 これからどう詰めていくか。


 それをこの後二人で話し合いながら帰るのであった。



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