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迷宮世界  作者: 傍観者
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影の通り魔1

 浩介は綾華を家まで送った後、暗くなった街中を歩いていた。


 あれから日が沈むまで綾華と話込んでいた為、こんな遅い時間になったのだ。


内容は殺人犯だけの話では無く、綾華の話や世間話なども飛び交った。


 何故、綾華の話も出たかというと、勝手に浩介のプロフィールを調べた罪悪感からであった。

 なんか私だけ一方的に浩介の情報を知っているのが嫌、という一言から大して気にしていない浩介を無視して自らの情報を教えたのだった。


 その中でも浩介が一番驚いたのは、依頼屋の存在を知っている理由を尋ねた時であった。

 それに対し綾華は、何事も無いようにサラッと『私の父、警察庁で働いてるから』と言ったのだ。 これには浩介も唖然とした。


 警察庁といえば警察の中の最高機関だ。確かにそこで働いていれば依頼屋という名前だけは知っている。ただ、どれくらいの規模、メンバーの数などはいくら警察庁でも把握出来ていなかった。


 あくまで浩介はどこの組織にも属さないフリーの依頼屋だ。そして、フリーの依頼屋をしてる者達が大半を占めている。つまり、フリーの依頼屋を捕まえたとしても組織に関する情報を持っていない為なんの進展も起きないのだ。ましてや正式な組織として存在しているのかどうかも分からない。そして、需要があるから依頼屋が存在し続けている。


 この食物連鎖のような繋がりで成り立っているせいもあり、いくら警察庁の人間が頭を悩ませようがビクともしない組織になっている。


 そんな組織の大きさを改めて考えながら歩いていると、浩介が住んでいる三階建てのアパートが見えた。

 オートロックの扉を抜け、三階の奥の角部屋が浩介の部屋だ。広めの1DKだが、物は少なく殺風景な部屋と言わざる終えない。


 荷物を部屋の隅に置きシャワーを浴びる。そして寝間着に着替えベットへと寝転がった。

 そしてスッキリした頭でもう一度綾華の言葉を整理する。


 綾華と殺された加藤沙耶はクラスメイトだった。親友という訳ではないが、それでもある程度会話をする仲であった。 そしてつい最近、沙耶から相談を受けた。

 『同じ人から何度も告白され、正直困っている』と。


 それには綾華も他人事のようには思えなかった。沙耶と同じ様に何度も告白される事もあった。やんわりと断っている沙耶に対しその経験上から『はっきりと断りなさい』とアドバイスをする。

 そのアドバイスが効いたのか、それ以降その男からの告白はピタリと止まった。


 ホッと胸を撫で下ろしていた沙耶が殺されたのは、それから一週間後のことだった。


 綾華の考えは分かった。だがあくまでも憶測でしかない。

 一般の高校生が振られただけで殺人まで犯すだろうか。ならば通り魔によって偶然殺されたと考えた方が納得がいく。


 だが、綾華の情報はそれだけではない。振られた男はそれ以来学校に来ていないらしい。


 振られたショックで一週間も学校を休んでいる。

 有り得ない事ではないが、確かに奇妙だ。それだけの時間があれば、十分な計画と準備はできる。振られたショックを恨みと捉えたなら犯行の可能性は確かにある。


「……駄目だ。駒が足りない」


 今の時点では明らかに手詰まりだ。

 殺人犯と通り魔。この二つが簡単なようで複雑に絡み合っている。解き方を間違えれば余計に絡まってしまう。


 一筋縄ではいかない。


 それは綾華も分かっているからこそ浩介に協力を求めた。


 何故俺なんだ?と尋ねたとき、綾華は三つの理由を説明した。


 一つ目は相手は殺人犯だということ。

 犯人を暴いたとしても、対峙した時に返り討ちに遭っては意味がない。それまでの過程でも同じ事だ。綾華が事件を調べていると殺人犯が知れば何をしてくるかわからない。その為、綾華一人では限界があった。だから強い仲間が必要だった。


 二つ目は浩介が他人に興味が無い性格ということ。

 強い仲間。つまり大抵は男性に絞られる。だがそこで綾華の容姿が問題だった。

 そこらの男子に協力を依頼したとしても二つ返事で了承してくれるが、本来の目的からは大きく外れてしまうと予測出来た。つまりは下心で綾華と接触しようとするからだ。

 その点、浩介なら安心できる男性だった。女性に興味が無いとは思わないが、廊下ですれ違っても見向きもしない浩介なら心配無いと思えたのだ。


 三つ目が浩介の全てが理に叶っているからだ。

 頭の良さ、回転の速さ、運動神経、行動力、依頼屋としての経験。全てが理想的な人物であったことだ。


 この三つが浩介を選んだ理由であった。


 言葉にするのも照れ臭いこの理由を、綾華は真剣な面持ちで話してくれた。それは浩介にも痛いほど伝わった。

 綾華は本気で犯人を見付けようとしている。


「はぁ、巧いこと乗せられたな。それとも俺から乗ってしまったのか…」


 そう呟く浩介はなんとも楽しそうな笑みを浮かべていた。




 次の日の朝、浩介は昨日行った喫茶店でモーニングとホットコーヒーを注文していた。

 季節は十月。昼間はまだ残暑が残るが、朝晩は少し肌寒い。此処に来るまでに冷えた身体をコーヒーで暖め、空の胃袋をモーニングで補っていた。


 その際、着ている白のワイシャツに汚れが付かないよう注意していた。

 それは浩介が今着ている服装がフォーマルスーツ。つまりは礼服だからだ。


 今日のお昼から沙耶の葬儀がある。それに出席する為に朝からこの格好をしているのだ。


 モーニングも食べ終わり煙草を嗜んでいた時、カランカランと鈴の音がなる。

 入ってきた人物は浩介の姿を確認し、向かいの椅子に腰掛けた。相手は勿論綾華である。


「よく似合ってるわね」

「綾華もな」


 綾華は黒のスーツを着用していた。


 抜群のスタイルに高い身長の綾華がスーツを着ると、そこらのOLより断然似合っていると浩介は心の中で思った。


「何か食べるか?」

「家で食べて来たからいらない。私もホットコーヒーで」


 お冷やを運んできたマスターにそう注文し、カウンターへ消えて行くのを確認した後、浩介に一枚の書類を手渡した。

 それを無言で受け取り、目を通す。何やら履歴書のような作りで、ご丁寧に顔写真のコピーまで付けられている。


「それが沙耶に何度も告白していた男の情報よ。名前は藤田稔(ふじたみのる)。私達の学校の三年ね。目立った人物ではなく完全にインドア派の人間。パソコンが好きでコンピューターの専門学校に進学が決まってる。太っている体系と周囲にあまり馴染めない性格からクラスの中で虐めの対象になってたみたい。その為か学校を休む日も結構多かったみたいね」

「なるほど…。嫌な事を抱え込む性格で相談出来る親友もいなかった訳か。それが沙耶の件で爆発したと考えられなくもないな」


 浩介は書類をテーブルに置きコーヒーを啜った。綾華も運ばれて来たコーヒーに口を付ける。


「そういうことね。でもアリバイまでは分からなかったからそこは直接聞いてみるしかないわ」


 それでも一夜にしてここまで情報を集められる綾華に疑問を感じそれを尋ねた。


「そんなの簡単よ。今は全ての情報をコンピューターによって管理されてる。私達の学校も例外ではないわ。その学校のサーバーに侵入すれば簡単に情報は手に入れるのよ。こう見えてコンピューターは得意中の得意よ」


 浩介は驚愕の目を向けた。


 得意という範囲ではない。常識を一変するものだ。得意な事はコンピューター系と以前の自己紹介で聞いていたが、ハッカーの知識を高校生で身に付けている者などそう居ないだろう。そして、綾華の態度を見る限りそう簡単にバレたりするようなへまは起こさないよう考えている。


――敵に回すと恐いな…


 と頭をよぎり、苦笑いになる。


「まさかここまでとは思ってなかった。でも、尚更協力したくなったよ」

「それ、褒めてるのか引いてるのか分かんないんだけど…」

「どっちもだ」


 元々浩介も依頼屋という法律を無視した仕事をしている為、綾華に対し注意する気もない。ましてや内容は違えど同じ立場にいる事で常人とは一線を引いている心の(もや)が晴れていくような感じであった。


「よし。そろそろ行こうか」


 浩介が時計を確認すると、もう直ぐ葬儀の始まる時間であった。


 お互いに残りのコーヒーを飲み干し、葬儀の場所である会館へと向かった。




 会館には既に多くの関係者、生徒、教師が集まっていた。

 表のスペースには人が溢れ返り、事を終わらせた生徒や関係者の中には号泣している姿も目立つ。


 浩介も素早く事を終わらせた。一方の綾華は長い時間遺影に手を合わせている。

 その間、浩介はとある人物を探し周りを伺っていた。探している相手は藤田稔だ。

 一週間学校に来ていないとしても、葬儀についてはちゃんと連絡も来ているだろう。そして葬儀には参列するかもしれないと踏んでいたが、どこを探しても姿は見えなかった。


「高崎君!来てたんだ!」


 藤田を捜す事に集中していた浩介は後ろに迫る人物に気がつかなかった。そして後ろを振り向くと、そこには綾華と同じように黒のスーツを着た愛理が立っていた。


「白木か。驚かすなよ…」

「ゴメンね。高崎君が来ると思ってなかったから少しビックリしちゃって……」


 他人に興味が無いという噂の事を踏まえて言ったのだろう。その自分自身の噂を知っている浩介はそう予測した。


「まぁ、色々あってな」

「??」


 何も知らない愛理に下手なことを喋る訳にもいかず、浩介は苦笑いと曖昧な返答でその場を流した。


「あら?愛理?」


 そのタイミングで綾華が入ってきた。


「あ…!綾華」


 二人はそう挨拶を交わすと、何気ない会話を始めた。


「ふ、二人は知り合いだったのか?」


 その途中で井の中の蛙状態であった浩介が気まずそうに話し掛けた。


「そうよ。同じ中学だったの。この学園に入ってからは別のクラスだったからあまり話す機会は無かったけど……」

「それでも学校で会ったらお話はしてたよ!…というより私としたら綾華と高崎君が知り合いだったことにビックリだよ」

「偶然学校の行事で話す事があってね。それがきっかけで友達になったのよ」


 愛理の疑問に(すか)さず綾華がフォローを入れた。それに愛理は納得したようだ。


「もう!高崎君も言ってよ!全然知らなかったよぉ〜」

「わ、悪い」


 浩介としたらそれが本当の事だとしても、愛理と綾華が知り合いだと知らなかったので言うことは無かっただろうと思いながらも謝った。


「でも、加藤さんも凄い人気だったんだね。こんな沢山の人が泣いてるんだもん」


 愛理は唐突に話題を変え辺りを見回した。それに伴い二人も視線を周りに移した。


 関係者、生徒は勿論の事、綾華の担任の先生や、浩介達の担任の管先生も目にハンカチを押し当てていた。生徒の中には友達に支えられながら号泣している姿まである。遺影の傍らに座っていた両親も溢れんばかりの涙を浮かべ俯くばかりであった。


 一人の命でこんな大勢に悲しみを与えている光景を綾華は目に焼き付け、ぶつけようのない怒りを拳を強く握り締め抑えていた。


 それに気付いていた浩介は早速行動に移した。


「悪いな白木。これから綾華とちょっと用事があるんだ」

「え……?そう、なんだ。分かった。じゃあまたね綾華、高崎君」

「ええ、またね愛理」


 綾華は軽く手を振り、浩介と一緒にその場から離れて行く。そんな二人を愛理は神妙な面持ちで見送るだけであった。


「何処へ向かうの?」


 目的地を知らない綾華は隣を歩く浩介に尋ねた。


「葬儀に藤田は来てなかった。なら直接家を訪ねるまでだ」


 住所は綾華の調べた書類に明記されていた。葬儀に行かないなら恐らく家に居るだろうと浩介は考えていた。


「随分と行動が早いのね」

「今の俺達は手詰まり状態だからな。犯人だろうがなかろうが早めに接触しといたほうがいい」

「そうね」


 それ以降二人に会話らしい会話は無く、ただ目的地に移動するだけであった。




「うっっ……ひっ!うぅっ……」


 全ての光が遮断された暗い部屋で藤田稔は布団を頭から被り声を洩らしながら泣いていた。

 部屋は荒れ散らかされ、足の踏み場も無い。少女のフィギアや机の上の漫画や雑誌も散乱している程この一週間荒れていた。


「沙耶ちゃん……沙耶ちゃん……」


 泣いている合間もそればかりを口にしていた。今は行動で暴れる事はなく、ただ泣くばかりであった。


――コンコン


「みのるー。お友達が訪ねて来たんだけど……」


 そんな時、恐る恐るドア越しから呼び掛ける母親の声が聞こえた。

 母親もあんなに穏やかだった息子が突然この様な事態になってしまい、どうして良いか分からないでいた。

 食事もせず飲み物だけ口に通す。トイレ以外部屋から出て来ず、ドン!ガタン!!と激しい物音を立てる息子に少し恐怖も感じていたのだ。


 そんな状態の藤田は部屋から出る筈も無く、帰って貰って!と母親に伝えた。

 母親は了承したのか、階段を下りて行くスリッパの音だけが聞こえていた。


 藤田は再び悲しみに暮れようとしたが、今度は階段を上がってくるスリッパの音に意識を取られた。


「みのる。友達がこれを渡してくれって」


 そう言うと、ドアの下の隙間から白い紙をスルスルっと入れてきた。


 なんなんだよ!と言うように重い体をゆっくりと起き上がらせ、その紙を手に取った。


 その紙はA四サイズの紙を四つ折りにしてサイドをセロハンテープで固定しただけの簡単な物であった。


 藤田はそれを乱雑に開き、その内容に驚愕した。


『俺達は犯人を知っている』


 とだけ書かれた紙を見た瞬間ドアを蹴破るかのような勢いで部屋を飛び出して行った。




 玄関前で待っていた二人もたじろぐような勢いで飛び出して来た藤田は両手で強く浩介の肩を掴むと声を荒げた。


「ほんとかっ!?ほんとに知っているのかっ!?おい!!どうなんだ!?」

「と、兎に角落ち着け!!」


 ユッサユッサと浩介の肩を揺らす藤田の両手首を掴むと、藤田もごめんと言って肩から手を話した。 浩介は若干乱れた服の襟元をピッと両手で直すと、改めて藤田に向き合った。


 一週間何も食べてないせいで頬は欠け髪もボサボサだ。どこか虚ろな目が(やつ)れている印象を強くしている。

 それを見た綾華も心なしか距離をとっていた。


「厳密に言えばあれは嘘だが、実際俺達は犯人を見つけようとしている。その為に君から話を聞きたいんだ。協力してくれないか?」


 藤田の身体から力が抜けていくように、腕と首がだらんと下がった。すっかり意気消沈といった具合だ。


「沙耶の為でもあるの。お願い……」

「沙耶ちゃんの……ため……」

 綾華の言葉にピクリと反応し呟いた。そして暫くの沈黙の後藤田が顔を上げた。


「……分かった。取り敢えず、入って」


 その言葉に浩介と綾華は顔を合わせ一度頷いた。そして新たな情報を掴もうと、家に入っていった。

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