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迷宮世界  作者: 傍観者
36/40

依頼屋の攻防1

 鳴り響く警報音の音は依頼屋本部に異常を知らせ、建物内にいる全ての人に動揺を与えた。


 依頼屋のトップである緒方亮二から問われた依頼屋に残るかどうかを一晩で考えなければならない矢先、只でさえ緊迫していた依頼屋内部の人間に警報音が追い討ちを掛ける。


 とは言ってもその仕事上、何が起こっても対処できるよう訓練はされている。統制の取れた動きで廊下を走り回る警備隊もその恩恵を受けているのだ。


 本部で寝泊まりしているのは警備隊だけではなく、戦闘に特化しない部署の人間も多くいるのだが、警備隊の指示と訓練の賜物もあり不安を抱いても取り乱す者は居なかった。


「社長! ご報告します!」


 そんな中、飛び入るように社長室の扉を開けたのは警備隊所属の人物。

 その一室には社長である緒方亮二と警報が鳴る前から緒方と談話していた綾華と杉田の姿もある。


「警報場所は本部三階……手術室と判明しました! 中からロックされており、開けるのに少し時間が掛かってしまいましたが……その………」


 警備隊の人物はそこで歯切れが悪くなり、報告しにくそうに口ごもった。


「手術室だと? たしか……今日柴田君の手術をするとか幸村が言っていたが……」


 聞いたのは今日の夕方である。聞き間違える筈がない。


「まさか……柴田君は……!?」


 最悪の展開を予想した綾華は顔色を変えながら警備隊の人物に視線を送る。


「い、いえ………柴田さんは無事です。手術も完璧に終わった状態で眠っていました。しかし………」

「幸村は!?」


 怒声のような声を上げた緒方にその男は縮こまる。


「ゆ、幸村さん含め……医療班数名の死亡が……確認されました……」

「な、なんだと……」


 緒方の身体から全ての力が抜けたような、そんな弱々しい声だった。


「……現在、本部の全てを捜索中ですが外部から侵入された形跡はありません。犯人の身柄も分かってはいませんが……」

「これで決まりだな」


 顔をしかめる緒方を前に、杉田が重い口を開く。


「俺達の推測通り、内部にいるスパイの犯行だろう。緒方さんの指令通り警備は厳重にしていたにも拘わらず行動に移している。動きにくくなる前に行動したのか……咄嗟的なものなのか、判断は出来ないが」

「でも……行動に移すとしてもスパイ一人で本部を落とそうなんて無謀にも程があるわ。バラリア勢と繋がりがあるなら警備をより強化して援軍の対策をしないと」


 内部の人間の仕業というのは明確である。そのスパイをより動きにくくさせるため依頼屋組織を縮小させようとした緒方の考えは間違いではなかった。


 ただ唯一の誤算はその前に動かれた事だ。スパイがその事情を報告しようとも多少の時間が残されていると考えていた緒方の裏を取るようなタイミングである。当然、そのスパイ一人で実行されるとは微塵も想像していなかった。


「聞いての通りだ。警備を厳重にし、今本部に残っているメンバーを全員集めさせろ」

「はっ!」


 警備隊の男は敬礼した後、速やかに部屋を出て行った。


「まさか幸村が………」


 緒方の口から嘆息が漏れる。


「ご冥福を祈ります。ところで緒方さん……聞くところによると、その幸村さんは依頼屋でかなり重要な立場にいたと考えられますが……」


 あまりに大きなダメージを負っている緒方を見た杉田は、幸村という人間が依頼屋でどういう存在だったのかを尋ねた。


「幸村は今の先端医療の第一人者と言っても過言ではない。依頼屋に尽くしていた為に世間には公表されていないが、折れた骨の接合手術は幸村が開発したものだ。従来、一ヶ月は掛かるであろうところをたった数日で動けるまでにするのは今現在幸村しか出来る者はいないだろう。勿論、外科医としての腕は全般通して一級品だった」

「……それは依頼屋の実行部隊としては大きな存在ですね」

「それだけじゃない。彼は勉強熱心で全て依頼屋の為にと動いてくれた。人望も厚く、実行部隊だけでなく他のメンバーの悩みなんかも聞いていたよ。誰もが幸村に信頼を置いていた………それ程影響力のある男だった……」

「それ程影響力のある幸村さんだったからこそ………真っ先に狙われた」


 綾華の言葉に緒方は唇を噛み締める。


 実行部隊じゃなく、トップに位置する緒方亮二でもなく、戦闘手段を持たない医者……しかも誰からも信頼される幸村を先にだ。

 為すすべない憤りを感じながら、次第に心が熱くなっていくのを感じる。


「これは依頼屋に向けた宣戦布告だ。私達に後戻りは出来ない。もう……全てを終わりにしよう」


 緒方はゆっくりとした動作で、机の引き出しの中から一つの銃を取り出した。


「父の代から始まった日本の抵抗を終わらせる。十年前に成し得れなかったことを、今私が清算させよう」


 父の残した遺産と言える古い拳銃。それを使う時は全てを終わらせる覚悟をした時だと決めている。


 十年前に父を亡くすことになったあの爆破事件から此処まで立て直したのは緒方亮二の意地と言えよう。だが、その時あった依頼屋の勢力は徐々に削られていき、幸村や弟の祥三さえも失った緒方亮二に再び立て直しを図る考えは毛頭ない。


「共に、闘ってくれるか?」


 拒否されたとしても緒方はやり遂げなければいけない。その為の依頼屋なのだから――という祥三の言葉を再現するような、緒方からそんな強い意志を感じ取れる。


 無論、緒方の言葉に二人は頷く。


「俺達は一度マスター……祥三さんに助けられました。その恩返しを今しようと思います」

「今更聞くような事じゃないでしょ? わたし達が依頼屋に来たのには意味がある筈。わたしは自分で正しいと思える道を進むわ。勿論、依頼屋の一員としてね」


 二人の答えに緒方は微笑み、銃を懐にしまう。


「ありがとう。君達は柴田君の様子を確認してくるといい。恐らく警備隊に聞けば場所を教えてくれる」

「そうね……多分まだ眠っているでしょうけど、姿は見ておきたいわね」

「なら柴田は楠木に任せるとしよう」


 緒方に同意した綾華とは別に、杉田はそう口にした。


「杉田さんは会っていかないの?」


 てっきり一緒に行くものかと思っていた綾華は杉田に尋ねるが、杉田は苦笑を浮かべ頭を掻いた。


「いや……まだ刑事の感覚が残っているんだろうな。柴田が無事ならば俺は現場を見に行こうと思う。何か手掛かりが残っているかもしれん」


 一日、二日じゃ長年続けた仕事を無に返す事など出来ない。刑事として身体の奥が疼くような、そんな感覚を抱きながらの苦笑である。


「刑事辞めても……やっぱり刑事なのね」


 一方の綾華もしょうがないと言わんばかりの苦笑を見せる。


「一応、相手はもう動きを見せてるから気をつけて捜査しないと痛い目みるわよ」

「そうか……そうだな。犯人が内部の者なら全員が容疑者だからな」


 杉田は依頼屋から受け取った拳銃の弾を確認し、腰に付けた専用のケースへと戻す。


「楠木も油断するなよ。いつ誰が狙われるか分からないからな」

「大丈夫。心得てるわ」


 綾華も同じように受け取った拳銃を確認した後、小さく頷いた。


「緒方さん、当然あなたも気をつけて下さい。次はトップが狙われる可能性が十分にありますから」

「なに、そんな簡単に殺られはしないさ」


 祥三と共に訓練し、依頼屋として行動していた実績はある。それでも依頼屋のトップとして活動していた期間は長く、その間のブランクはあるが緒方は弱音を吐くことなく笑みを浮かべてみせた。


「何かあったら駆けつけます。では、後ほど」


 杉田は小さく礼をしてから部屋を出る。残された二人も目的とする場所が違うので迷うことなく行動に移そうとする。


「楠木くん」


 杉田と同じく、部屋を出ようとした綾華を緒方が止めた。


「なに?」


 綾華はその声で振り返る。


「……君は……本当にこれでいいのかい?」


 緒方の口から出た言葉は綾華の意志を再確認するものだった。


「君は女性で……まだ若い。元々君を巻き込んだ発端は依頼屋にある。何度謝っても許して貰える事じゃないかもしれない。それなのに、君の依頼屋と共に闘ってくれるという決意はとても有り難かった。しかし……だからこそ……依頼屋として、ひとりの人間として君には幸せになって貰いたい。こんなところで命を賭ける必要は無いと思う」


 思わぬところで再び訪れた分岐点に綾華は一瞬驚いた表情を見せる。内容としては一度浩介から言われたことに酷似しているが、それとはまた別に今度は依頼屋としての責任を兼ね備えた緒方の願いが入っている。


 真剣な表情の緒方に、綾華は思わず苦笑を漏らし口を開いた。


「確かに……あの通り魔からわたしの道はガラリと変わったわね。それもただの通り魔ならまだしも依頼屋組織から命を狙われるとは思ってもなかった」


 苦笑混じりに向けられた視線に緒方は申し訳なさそうに俯いた。


「それが無かったらわたしは今もひとりの女子高生として生活していたでしょうね」


 綾華の尤もな言葉に緒方は更に肩を落とすが、顔を上げて綾華を直視する。


「だからまだ遅くはない。今からでも普通の人生に戻れる」

「でもわたしは知ってしまった。今の日本がどういう状態か……あなた達のおかげでね。そんな中でわたしは幸せを得ることなんて出来ない。普通の人生を送れるはずがない。わたしはそう思う」


 暫しの沈黙の後、綾華は溜め息混じりに息を吐き出す。


「あなたがわたしの命を重要視してくれるのは分かるわ。でもあなたの案は何の解決策にもならない。それに……わたしはこんなところで死ぬつもりもないわけだし」


 バタバタと廊下を走る足音を意識しながら、綾華は緒方から目を外し体を翻した。


「全て見届けてからわたしは幸せを考えることにするわ。少なくとも、今は考えられないもの。柴田君も杉田さんも……浩介だって……そうするはずよ」


 そう言って綾華は部屋を出て行った。パタンと扉の閉まる音のすぐ後、緒方は笑みを浮かべ頭を掻いた。


「君達は強いな……」


 世の中がそう単純であればどれだけ良かったことか。


「だが……君達はまだ事の大きさを知らない」


 それを知った時、彼等の強い意志は変わらずにいる事は出来るのだろうか。


「今の日本を……知らない事が幸せかもしれないな」


 例え崩壊の結末になろうが、絶望して死んでいくよりマシなのかもしれない。


「依頼屋には……日本を変えるだけの力は無いのだから」


 そう呟いた緒方は、神妙な顔付きで部屋を出て行った。








 先に社長室を出た杉田は、そこらの警備隊を捕まえ医療室の場所を尋ねた。緒方の言う通り警備隊は明確に事件のあった場所を伝え、杉田も迷うことなく辿り着く事が出来た。


「これは……凄いな」


 その医療施設は大きな大学病院に引けを取らない程の設備が整い、驚きと共に嘆息を漏らす。


「流石は依頼屋……と言ったとこか。侮れないな……」


 刑事という役柄、杉田もある程度の病院の設備を理解している。現状の依頼屋の設備を見ても、それはそこらの病院の設備を遥かに凌駕していた。


「これ程の設備を整えるには、裏で何者かの協力がないと無理だろう」


 警察組織にも知られず、ここまでの設備を調達出来るのはその道のコネがないと無理だと断言できる。事件のあった部屋に行くまで何ヶ所かの部屋を回ったが、どれもが最先端の医療器具であった。中には杉田では何に使うか分からないような機械まで揃っている。


 それぞれの部屋で賛辞の念を上げながら眼科室を出た杉田は、前を通り掛かった、ファイルを持つ白衣の男と目線が合う。


「おや? あなたは確か……」


 サラサラとした黒髪に小さめの眼鏡を付けた白衣の男は、見覚えのない杉田の顔を見つめ足を止めた。


「杉田です。緒方さんの弟、祥三さんの紹介のもと、この依頼屋に協力する事になりました」


 優しそうな男である。身長も高く、無駄なぜい肉も付いていないような細い体型の男性は、杉田の言葉を聞いて何かを思い出したように笑みを浮かべた。


「ああ……社長から聞いています。新たに三名の協力者が来たと。その一人があなただったのですね」

「何が出来るか分かりませんが、宜しくお願いします。あなたは……医者の一人だという事でいいのでしょうか?」

「そうです。申し遅れました。私は外科医の唐山(からやま)と申します。以後、お見知りおきを」

「こちらこそ」


 唐山はファイルを左手に持ち替え右手を差し伸べると、杉田もその手に快く応じた。


「今は少しバタバタしてますので用件があるならわたしがお伺いしますが?」


 握った手を離し、唐山は杉田の行動を問う。


「そうですか。事件の調査を含めて少し見に来たんです」

「元刑事さんかなにかですか? それなら私も協力します。殺された幸村……いや、そのメンバー全員仲間でしたから」

「ご協力感謝します。それにしても凄い設備ですね。素人の私が見ても他の大型病院に引けを取らない」


 杉田は辺りを見渡しながら本音を口にし、唐山は誇ったように笑みを浮かべる。


「依頼屋の目的上、ここまで揃えないと回らないんですよ。一般の病院だと何かと不便なもので」


 確かに怪我をする度、一般の病院で治療していたら時間も掛かるし、下手をすれば医者に疑われ政府の手が降りる。その旨を理解した杉田は唐山の言葉に頷いた。


「それにしても、これだけの設備をどこで?」

「殆どは幸村が来る以前から備わっていたものですが、最新の医療器具は全て幸村が裏から調達した物なんです」

「裏から?」

「ご存知じゃないかもしれませんが、その筋には依頼屋に協力して下さる企業が幾つかあります。稀に海外からも調達していましたよ」

「依頼屋という名の企業が存在しない以上、中小企業に発注すれば足取りも掴みにくい。その企業のトップも依頼屋の存在を認めていたのなら隠蔽(いんぺい)するのも簡単という事か」

「流石は杉田さん……その通りです。ただ、最近はそれすら難しくなってきましたが」

「警察が依頼屋の捜索に力を入れてきたんですよね」

「はい。そのお陰で迂闊に動く事が出来なくなりました。それは医療関係だけでなく、実行部隊にも影響していますね。明らかに表だった行動は出来ないわけですから」


 警視庁一貫で捜索されれば依頼屋としても行動を縮小せざるおえない。


 そもそも、今の依頼屋本部としては裏家業である、依頼を受けて依頼を遂行していくという仕事よりも、攻め立ててくるバラリア勢との攻防に重点を置いている。神出鬼没であるバラリアに対抗しようものの、警視庁の捜索を含めた挟み撃ちに合っている状態では些か分が悪い状況でもある。


「今の警察は完全に依頼屋組織を敵だと認識していますから。バラリアという存在を全体で認識してくれれば状況はもっと違ったものになってくる筈なんですが――」

「それはちょっと違いますね」


 杉田の願望に唐山ははっきりと否定する。その言葉に杉田は圧迫されそうな心境に陥る。


 杉田の言ったのはあくまで願望である。そうじゃないと願いながらも、唐山からは確信に迫る言葉が紡がれる。


「間違い無く今の警視庁はバラリアを認識しています。いや……それどころか、依頼屋ではバラリア勢力の一つと捉えていいでしょう。考えてみても、今までの支部襲撃に伴った――」

「唐山さん……すみませんが事件のあった部屋へと案内して頂けますか? 警備隊の動向から場所は予想出来ますが、詳細についてもあなたから意見が聞きたいもので」

「え? え、ああ……構いませんよ」


 突如会話を切られた杉田の不自然さに首を傾げながら、唐山はそれに承諾する。


「では、行きましょう」


 そう言って杉田は唐山に背を向け足を進めた。


 別段変わった動きはないが、前を歩く杉田の腕は限界まで力を込めているような、――そう見える程拳を握っていた。

 それを見た唐山は思い出したように納得し、先に行く杉田の背中を見つめた。


「あなたからしたら嘘のような話だったでしょうね……“元”刑事さん。しかし、反応からするにあなたもどこかで真実(それ)を予測していた……というところでしょうか?」


 決して杉田に聞こえない大きさで唐山は呟く。


「少し……配慮が足りませんでしたね」


 唐山は手に持っていた医療のファイルを近くの机の上に起き、葛藤を繰り広げる杉田の後を追っていった。







 事件のあった手術室――


 そこに足を運んだ杉田は血塗られた部屋の光景に息を呑んだ。死体こそ無かったものの、その部屋で何が起こったかは容易に想像できる程だ。

 器具などは散乱し、血の跡が転々と付着している。逃げようとした人を優先的に殺したのか、扉を開けた直ぐ目の前にも血だまりが見受けられ、凝血具合からそんなに時間が経っていない事も生々しい惨状の一つである。


「この部屋で殺されたのは六人。ほぼナイフで心臓をひと突き……酷いものです」


 杉田の横に立つ唐山は、仲間の死を嘆くように首を振る。


「普通ならこの武器の所持者を特定すれば簡単に容疑者を特定出来るんだが……そうもいかないか」


 杉田は足元に落ちていた血塗れのナイフを見ながら苦言を漏らす。

 恐らくこのナイフが凶器だろうと予想は付くが、その所持者を見付けることは難儀である。


「ここは依頼屋ですからね。全員が何かしらの武器を所持しています。私もこの通り」


 その理由として、唐山は懐から一丁の拳銃を見せた。


「ナイフを武器にしている者を集めるというのは?」

「特定するのは難しいでしょう。ナイフを隠し武器として所持している者も多数いますから」


 医者である唐山もそうであるように、依頼屋は携帯できる武器で最も有力である拳銃に重点を置いている。つまりはメインとして持つことの少ないナイフだけで犯人を特定する事は不可能に近いのだ。


 ナイフをメインとして戦うのは、依頼屋の実行部隊、東野和樹だというのは知れ渡った事実であるが、個人戦以外の戦闘手段として勿論彼も拳銃を所持している。


「幸村さんはいつも此処に?」

「まあ普段はこの医療フロアーにいますね。休暇の時は海外やらに飛んでいますが」


 備品の調達とかね、と補足を入れる唐山に、杉田は感心を込めた笑みを浮かべる。


「依頼屋の為……というのもあるでしょうが、それが幸村さんの素の性格なんでしょうね。優しく真面目な性格が行動に出てる。信頼されてたのも頷けます――」

「そんな幸村を殺されたんです。それも……仲間だと思っていた内部の人間に! とても許せる事じゃない!!」


 唐山は拳を握り体を震わせる。初めて怒りを露わにする唐山の心境は痛い程分かった。真実が酷ならば杉田だって他人事ではない。それと向き合った時、果たして自我を残す事が出来るのだろうかと内心焦りもある。


 だがいつかは訪れる運命だ。


 その時、冷静ではいられなくても、道を間違えなければいいと心に刻み、今まで必死に抑えていたであろう唐山の悔しさを脳裏に焼き付けた。


「殺してやりたい……八つ裂きにしてやりたい……絶望で満たせてやりたい………はは、どんなにそう思っても私には出来ないでしょう」


 唐山は震える手で拳銃を前に構える。


「銃なんて撃ったこともない。死体には慣れているのに、人を殺した後を考えると押しつぶされそうになる。気持ちとは裏腹に腕も体も震えてしまう。こんなに力のない私では何も出来ない……」

「唐山さん………」

「幸村が復讐を望んでいたなら、どんなに楽だったか」


 唐山は前に構えた拳銃をゆっくりと下げた。


「今のは私の弱い部分です。でもね杉田さん。こんな私にもまだ出来る事があるんです」


 微笑みを浮かべた唐山は杉田に顔を向けた。


「出来ること……?」

「人を……救えるんです。殺す事は出来なくても、人の命を助ける事が出来るんですよ。一般人には簡単に出来ない事を……手術を……私は出来るんです」

「命を……助ける……」

「幸村のこの言葉がなければ、私はもう闇の中だったでしょう」

「幸村さんが、それを……?」


 唐山は軽く頷いた。


「僕らは医者です。命を奪う者に命を救う事なんて出来ない。どんな命も、それがどんな人だったとしても、僕らに矛盾があってはいけない。僕達は……それを救う事が出来る側の人間なんですから―――と。それは……僕が初めて医師として誇りを持てた瞬間でした」


 唐山は持っていた拳銃を杉田へと差し伸べた。


「幸村は私が医師としての道を外す事を望んではいない。勿論、依頼屋として奪わなければならない状況もあるという事は彼も分かっていた。だからこそ、医者をしている者だけにそれを伝えた。私たちをひとつの仲間にしてくれた。………これは、私の道に必要ない物です。あなたの進むべき道のため使って下さい」


 差し出された拳銃を杉田は一度間を空けてから強く握った。


「……分かりました。幸村さんと、あなたの強さを確かに受け取りました」

「……少し、すっきりしました。あなたと今此処で話せた事に感謝します」

「それはこちらも同じです。少し、自分の中の葛藤に答えが出た気がしますから」


 杉田はすっきりとした笑みを浮かべ、受け取った拳銃を背中側のベルトに差し込んだ。


 幸村と唐山が明確に進む道を選択し、出来ない事を杉田に託したその拳銃の重みを身体に感じながら。


「では、調査を再開しましょうか」




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