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迷宮世界  作者: 傍観者
35/40

星を越えた争い3

「俺達の討つべき相手がその星にいる。そして、我々宙域部隊の五軍のうち三軍が全滅した。どういう意味かわかるか?」


 誰も答えない沈黙が続く。


 戦力が拮抗していたのは紛れもない事実だったのでそれも仕方のない反応だ。

 少し前まで五分五分だった戦争状況が、この数日で一転したとなれば、その理由を誰も理解することが出来ないのは当然である。


 そして、場が凍り付くようなその沈黙を破ったのはやはり浩介だった。


「宙域を支配されれば容易く自分達の星に敵の地上部隊がなだれ込む。後は途切れる事のない援軍にあんたらの国は耐え忍ぶのみ。宙域、地上と二つの場が均衡していたからこそ互角だったのなら、どちらかが支配された時点でどちらかの敗北が決定する。つまりはあんたらの負けが濃厚になった」


 ストレートな言葉を言い放ち、浩介はセードルに顔を向けた。


「まだ………まだそうと決まった訳じゃない!!」

「いいや。彼の言うことは正しい」


 決して認めたくない想いからカイは抗議するが、セードルは渋い表情で首を横に振った。


「今はまだ地上部隊が食い止めているが、それも時間の問題だ。いずれ我々の地上部隊を上回る数の勢力が集まり叩き込まれれば我々に打つ手はないのだ」

「そ、そんな………」


「何故急にそのような展開になったのですか!? セードル総司令官」


 それなりの期間を自国の部隊に身を預けているジョスライは、全体の戦力も知り尽くしている。


 宙域部隊のメインは五人のベテランリーダーが率いる五軍から形成され、そのチームワークを駆使した防衛は誰もが認める安定感を誇る。地上部隊の強さもあるが、戦力が互角とされる最大の要因は宙域部隊の防衛力にあるといっても過言ではない。

 いくらバラリアの宙域部隊が総攻撃を仕掛けても、そう簡単に崩れる筈がないのだ。


 それを知っているジョスライだからこそ、セードルの言った言葉を理解することは出来なかった。そして、セードルがそのような嘘を付くことはないと知っているので余計に不安は増している。


 ジョスライの問いに、セードルは深く息を吐き出してから重い口を開いた。


「“ディノラド”がバラリア側に付いたのだ。五軍といえどディノラド勢力も相手にするのは無理だった」

「ディノラドがですかっ!?」


 思わずジョスライが大声を上げた。その言葉はジョスライだけでなく、他のメンバーをも驚かす内容だった。


「なんなんだ? “ディノラド”って?」


 聞き覚えの無い浩介は当然のように説明を求める。


「ディノラドとは、我々“センドリース”と“バラリア”の上方にある大きな惑星だ。今までは戦争に関与することはなく、あくまで中立の立場を取っていた星だったが、急遽、バラリアと共に攻撃を仕掛けて来たのだ。あまりに急なことだった。五軍含め、我々も何一つ対処出来なかったのが本当のところだ」

「成る程……」


 セードルの説明に浩介は頷く。


「君達にはまだ教えるつもりはなかった。何しろ、センドリースの宙域は既にバラリア側に占拠されていると言っていい。今の君達に戻る術はないのだ」


 最初の険悪な表情から一転、申し訳なさそうに俯くセードルの表情が現状の厳しさを物語っている。


「じゃあ、このままわたし達は自分達の星が乗っ取られるのを黙って見てるしかないの……?」

「そんなの………辛過ぎますよ………」


 落胆の色が隠せないロゼとカイ。ジョスライとドルゴは無言を貫くが、感じている心境は一緒である。


 浩介は頭を掻きながら、煙草に火をつけフーッと煙を吐き出したあと口を開く。


「今現在、どれだけの侵略があるんだ?」

「現在は地上部隊が総出で前線を固めている為、そこまで侵略はさせていない。だが、いつまで持ちこたえられるか………」

「あんたの推測でいい。完全崩壊までどれだけの時間持ちこたえられる?」

「………およそ一ヶ月。それ以上は無理だろう」

「一ヶ月か……。短いな」

「それもほんの目安でしかない。最悪、二週間で勝負が付くだろう」

「そこは意地を見せてくれよ。あんたらの地上部隊もそれなりに骨のあるヤツらばかりなんだろ?」

「当然最大の抵抗はするさ。その点は俺が保証しよう」

「こっちは保証出来ないがな」

「ちょ、ちょっと待って下さい!! 何故そんな落ち着いていられるんですか!? セードル総司令官も………状況は最悪なんですよ!」


 浩介とセードルの会話があまりにも和んでいる。お互い笑みさえ浮かべていたこともあり、カイが慌てて口を挟む。


 このままいけばカイを含めこのメンバーの生まれた星であるセンドリースは崩壊する。それは覆らない事実。

 愛する家族、恋人、仲間さえも命の保証はない。部隊の人間は処刑され、女は身体を弄ばれ結局は奴隷などの生き死にに成り下がる。戦えない男は毎日重労働を課せられ力尽きるまで働かされる。


 そんな光景が目に浮かぶ程のバラリアによる独裁政権がすぐ間近に迫っている中で、カイは動揺を抑えることなど出来なかった。


「今すぐにでもセンドリースへ戻りましょう!! 僕らも戦わないでどうするんですかっ!? どうせ死ぬなら僕は最大限戦ってみせます!!」

「その意気込みは認めるが、俺はそんな事を頼むつもりはない」

「何故ですかっ!? セードル総司令官!!」

「わたしもカイと同じです! 例え宙域が支配されていても何とか耐えてセンドリースに戻ります!」


 カイの勢いに触発され、ロゼもセードルに真っ直ぐな視線を送った。


 浩介は二人の気持ちを察しながら、灰皿代わりにしているガラス容器へと煙草の火をもみ消した。


「落ち着けよ。なにも黙って隠れてろなんて言ってるわけじゃないんだ。自分の星の状況を聞いて、セードルの言った内容を忘れたか?」


 その言葉で視線は一気に浩介へと集中する。

 そしてセードルが大きく頷く。


「そうだ。俺は討つべき敵がその星にいる、と伝えた筈だ。そして君達にはその任務についてもらいたい」

「それって………」

「そっちにいるバラリア勢の抹殺だ。援軍を送る事が出来ない以上、君達にその任務を任せる他ない」

「それでセンドリースの無事が保証されるのですか?」

「直ぐには無理だろう。だが、トップが倒れたと分かれば必ず統率に乱れが出る。その隙に叩くしかセンドリースを守る方法はない。………頼めるか?」


 セードルが言ったのは、命令ではなく確認である。

 断られれば命令に切り換えるしかないが、それしか解決策が無い今、断る理由もないのだ。


 何よりもう一度グランやエジルとの戦いを繰り広げなければならないので、当然命の保証は出来ない厳しい任務になる。

 その任務の厳しさと重要性を理解しているからこそ、セードルは命令という決断は取らなかったのだ。


 自分の星を捨てれば少なからず生き長えられるが、センドリースの終わりが確実になる。そして、戦うことを決断し敗北した場合にもセンドリースは終わる。例え勝った場合でも、センドリースの終わりが回避された事にはならない。


 それ程条件が厳しいのなら、その決断はそのメンバーに任せようと思ったのだ。


 そして暫しの沈黙が流れた後、ジョスライがパンッと拳を叩いた。


「やるしかないなら………やるしかないだろ!」

「そう……ですね。やってやりましょう!」

「初めてね。これほどの重要な任務は……」

「………叩き潰す」


 メンバー全員の意志が固まった時、セードルと浩介は同時に微笑んだ。そして、モニター越しに顔を合わせる。


「と、いうことだ。んで? その討つべき敵とは誰の事だ?」

「バラリア全体を統一している王の中の王。“ブライト・バラリア皇帝”だ」

「ブライト・バラリア皇帝………」


 浩介は頭に刻むように一度呟いた。


「一つ聞きたい。そいつは強いのか?」


 問題はそこである。ブライト・バラリアがどれだけの力を持ち、どれほどの器の人物なのか。


 自分の推測が正しければ……と確信を持っていた浩介は、セードルの返答に疑問を抱く結果となる。


「彼が優れているのは絶対的な頭脳だ。強いか弱いかの武力で言えば彼自身は弱い。厄介なのはその頭脳と統率力を駆使して鍛えた側近の部隊だ。グランもその側近部隊だからな」

「ブライトは………弱い………?」

「どうした?」


 突然考え込んだ浩介を見て、セードルが尋ねる。


「そのブライトが魔術を使える、とかはないのか?」

「魔術? 珍しい言葉を知ってるな。勿論それはない。魔術なんて古くから言い伝えられている伝記にしか出て来ない。現在のセンドリース、バラリア、そしてディノラドでも使える人間は一人もいない」

「誰も、使えない。魔術………」


 小さく呟きながら、折町の言った言葉、そしてあの呪いは何だったのかを考える。

 死に逝く日本人の言葉だ。決して嘘を付いているとは思えない。


――なら、“魔皇帝”とは……誰なんだ?


「何か思い当たる節があるのか?」

「あ……いや、何でもない」


 セードルに伝えようか迷った挙げ句、今はまだ黙っておくことに決めた。


 そもそもあれが魔術でない可能性もあれば、ブライト・バラリアがこちらでそう名乗っているとも考えられる。


「兎に角、君達が無理をする必要は無い。相手が強大である以上、慎重に動いてくれて構わない。ナーシェにも、そう伝えといてくれ」


 考え込む浩介を余所に、カイ達ははっきりと二つ返事を返す。


「何か進展があればこちらからも随時報告をする。そちらからも何かあれば俺に通信をしてくれて構わない。………それとコースケ」

「ん?」


 突然自分の名前を呼ばれた浩介は、モニターに映るセードルへ顔を向ける。


「皆を頼む」

「ああ」


 その意味を察した浩介はしっかりと頷いた。







「だからナーシェさんは街に出て内情を探ろうとしたんですね……」


 セードルとの通信を終えた後、各自飲み物を片手にテーブルを囲っていた。


 何故ナーシェがあのような行動を取ったのかはセードルの話を聞いて理解した。飲み物の入ったカップを両手で握り締めたまま、カイはナーシェの行動を思い返していた。


「センドリースがピンチと聞けば、ナーシェといえど焦る気持ちがあったんだろう。それを伝えなかったのはセードル総司令官と同じで、俺達の心境を追い込みたくなかったってところか」


 カイの言葉を聞いたジョスライがそう付け加える。そして、そこからセンドリースの知り合いであろう部隊の話に突入していった為、浩介は一人違う思考に没頭していく。


 ナーシェと共に街に出た時、ナーシェにしてはネガティブな発言をしていたのはそういうことだったのかと、内心溜め息を吐く。


 自分達の星が危険な状態、そして帰ることも許されないと知らされれば、誰だって焦る気持ちはあるだろう。センドリースが最悪の結果になるより早く奴らの拠点を見付け、叩き潰さなければ先に進めないとなれば、否が応でも行動しないといけないのだ。


 それならセンドリースに関係のない俺に相談してくれれば良かったものを、と思う浩介だったが、それは今更な部分もあるので深くは考えない。寧ろ、あんなことがなければ、浩介には話すつもりだったかもしれない。そうでなければ浩介と“二人”でという考えには至らない筈だと勝手に結論付けていた。言うつもりがなければ、ナーシェが可愛がっているセリアと出掛けていたのではないか………。


――そっちも早く解決させなくては………


 自分の思考の中にセリアが出てきた事で、思考内容はまたガラリと変わる。


 セリアを連れ去った理由、場所は今の浩介には分からない。戦闘員としてしっかり働いているといっても、心も体もまだ幼い少女である。そのセリアがグランの言葉で心に深い傷を受けている可能性は十分にある。ましてや心を閉ざしていることだって考えられるのだ。


 それをナーシェに伝えれば、自分の怪我など気にせず助け出そうとするのは目に見えて分かる。


――どうしろってんだ……


 頭が痛くなるような状況に、浩介は一人もがいていた。


「ちょっと、コウスケ! 聞いてんの!?」


 そんな浩介はロゼの強い口調で我に返る。


「あ? 悪い、聞いてなかった」

「しっかりしてよ! 今のリーダーはあんただってみんな納得してるんだから」

「いや、リーダーとか言われてもあんたらの星の内情なんて殆ど知らないぞ」

「その話はとっくに終わったわ! 今はブライトがこの星にいる理由とか、セリアの事とか、色々話合ってるんじゃない。あんたが聞いてなくてどうすんのよ!?」

「そうだぞコウスケ。何しろセードル総司令官がお前に任せたと認めるぐらいだからな」

「そうですよ! セードル総司令官に敬語を使わない人は僕らの知ってる人達の中でも少ないんですから!」

「最初は焦ったけど、思いのほか清々しさもあったわ」

「うむ。少し見直したぞ……」


 三人だけじゃなくドルゴまで会話に参加して盛り上げている。そんな状況に浩介は苦笑いを浮かべながら、ナーシェの苦労を思い知った。


「あの……、また話変わってますけど………」


 そこでちゃっかりとツッコミを入れる愛理も中々新鮮であった。


「というか、自分の星がピンチだっていうのに、随分と楽しんでいるようだが?」


 浩介がそこを指摘すると、思いのほか早く真剣な表情に変わるジョスライが口を開く。


「だからといって焦っていても仕方ないだろう。セードル総司令官は一ヶ月は持つと言ったんだ。可能性がゼロでない以上、俺達のやることは変わらない。寧ろ明確になったんだ」


 そこでドルゴが頷く。


「心配するな。いざとなれば覚悟は出来ている。バラリアを潰す為ならこの身を捨てても戦い続ける。それ程名誉ある任務だ」


 今度はドルゴの言葉に全員が頷いた。そこに半端な気持ちは存在しない。


「成る程。いつでも動ける準備は出来てるってわけか。それは頼もしいな」

「いっちゃ悪いけど、その為にはコウスケの力が必要なの。どのタイミングでどう動けばいいか、その判断が出来るのは悔しいけどあんただけ。だからコウスケの考えを聞いてるのよ」

「ブライトがこの星にいる理由か? まあ奴らの狙いが分からん今、安全だからこの星にきたんじゃないかとしか言えないな」


 ブライトよりも気になることがある浩介は、ふと思った事を口にした。するとロゼは睨むような鋭い目を浩介に向けた。


「なんかいつもより適当じゃない? なに? 眠いの?」

「疲れてはいるが眠くはない。ただ、ヤツの事は今考えても答えが出ない。勿論、セリアの事も」

「それは、コースケさんの言っていた奴らの狙いが分からないからですか?」

「それもあるが………いや、そういう事にしとこう」


 そう言って浩介はコーヒーを啜る。その曖昧な返答にジョスライは眉間にシワを寄せる。


「コウスケは何かを掴んでいるんだな?」


 一斉に向けられた期待の眼差しを、浩介は煙草を吸う事でスルーした。


「掴んでいるというより、俺の周りを浮遊している、と言った方がいいのかもな。それは確信でもなけりゃ推測でもない。全く絵図の分からないバラバラのジグソーパズルのようなもんだ」

「ジグソー、パズル……?」

「あ、これは伝わらないのな……――ん?」


 苦笑する浩介の肩にポンと何かが当たり、浩介の目線はそちらに移動する。そこにあったのは愛理の頭である。


 疲れもピークに達したのか、愛理はうたた寝状態で浩介に倒れ掛かっていたのだ。


「白木、白木。もう寝るか?」


 軽く肩を揺さぶり、浩介はうたた寝している愛理を起こす。


「ほえっ? ………うん。もう無理みたい。寝ようかな……」

「色んな事があって疲れていたのね。仕方ないわ」

「ロゼ。他に空き部屋はあるか?」

「ごめんなさい。個室はもう一杯なの。良かったらわたしの部屋を使って」

「え、でも……それは悪いです……」

「なら俺の部屋を使うといい」


 そう提案したのは紛れもなく浩介である。


「えっ!? 高崎君の部屋に? で、でも……それは………その………」


 一瞬、目を輝かせた愛理だったが、深く考え徐々に俯いていく。


「問題ないだろ? 別に俺が私物化してるわけでもないんだし」


 浩介の言う通り、その部屋は元からの簡素な状態のままである。特にプライベートな物が置いてある訳じゃないのでそう提案した浩介だったが、それはロゼの強い口調によって止められた。


「問題ないって、大有りじゃない! なに!? あんた、アイリと一緒なベッドで何するつもりなの!?」


 身を乗り出すように問い詰めてくるロゼに、浩介は全身全霊を持って否定する。


「まてまてまて。変な誤解してるぞ」

「何が誤解なのよ! あんたそういう大胆な趣味があったの!?」

「コウスケ、やるなぁ」

「違うっつーの! 寝るのは愛理一人だ。今日俺は寝るつもりはない!」

「何もそこまでしろと言ってるんじゃないわよ。そんなのアイリだって後味悪いじゃない」


 浩介が寝ない代わりに、愛理を部屋で寝かす。ロゼの言葉に愛理も頷き同意するが、浩介はそれも違うと付け加えた。


「今夜、奴らが動き出す。Sランクが何人来るか分からないが、黙って見過ごす訳にはいかないからな」

「おいおい、それは初耳だぞ」


 その言葉にジョスライは驚き、飲みかけていたカップを手元に置いた。


「グランが言っていたんだ。依頼屋本部を今夜潰しに掛かるらしい」


 時刻は二十一時半過ぎ。


 腕時計で時間を確認した浩介はロゼへと顔を向ける。


「ロゼはこの近郊一帯を魔力探知してくれ。Sランクが居れば必ずそれに引っ掛かる。そこが依頼屋本部の拠点だ」


 依頼屋本部の拠点を知らない浩介にとって、後手に回らなければいけないのは必然だった。しかし、グランから前もって情報を得れたのだから後手に回っても(おく)れをとることはない。

 それはバラリアに立ち向かう上で、貴重な日本の戦力を潰したくないと思う浩介にしてみれば、その襲撃の対策をとれる大きな情報である。


 それもあって今日は眠れないと断言する浩介は、下準備をするかのようにブラックのコーヒーを飲み干した。


「作戦はどうする?」


 どの様に動けばいいのか、ジョスライはそれを浩介に尋ねる。その眼差しは意気込みを感じられるほど熱く、浩介は信頼を込めた笑みを浮かべる。


「行くのは俺とドルゴとジョーの三人。ロゼはフィーガルで状況を確認しつつ、俺達のフォローを頼む。そしてカイはロゼのサポートとナーシェの付添いを頼む。現状を知った時、ナーシェなら無茶しかねない」


 尤も、いつ目覚めるかわからないけどな、と付け加えた浩介は溜め息まじりに苦笑する。


 センドリースの現状はセードルから聞いているだろうが、セリアが連れ去られた事をナーシェは知らない。それを知った時ナーシェ自身が責任を感じ、万全でない状態でも動こうとするナーシェが容易に想像できる。


「まあ……それも致し方ないですね。了解しました」


 浩介がカイを連れて行かない理由はカイ自身の状態も良くはないからである。


 センドリースが大変な時に動けない自分を悔やむ気持ちもあるが、このままの状態で行っても足手まといになるのは目に見えている。


 カイはそれを納得し、浩介の言葉に頷いた。


「それから、一つ確認しておきたい事がある」


 浩介は立ち上がり全員を見回した後、ロゼのところで視線を止めた。


「もし……魔術が現実にあると仮定して、魔術と魔法の違いを教えてほしい」

「え!?」

「皆が知っている仮説の知識程度で構わない。大まかに何が違うかを知りたいんだ」


 存在しない筈の魔術の(ことわり)を聞いてくる浩介に皆驚いた表情を見せるが、浩介は至って真面目な顔を向けていた。


 この場で冗談なんて言う筈ないので、ロゼは困惑しながら口を開く。


「仮説どころか……古伝で稀に出てくるぐらいだから、違いを聞かれても正確な答えなんて言えないわよ」

「俺は少し聞いた事がある」


 困惑するロゼ達だったが、ジョスライは記憶を引っ張り出したかのように違う顔をしていた。


「知っての通り、自然の原理を魔力に宿し、形を表すのが魔法だ。それは自然の物理と生物にとっての相性の良し悪しで宿す量も形も違う。灯火程度しか出せない人もいれば、巨大な炎を出せる人もいるのはその為だ。科学とも合理され、今や俺達の生活に欠かせないモノとなっている。魔法は使われるべくして使われているモノ………しかし、魔術は違う」

「魔力なんて必要ないってことか?」

「そうだ。厳密に言えば魔法と似て異なるモノ……と言っておこう。魔法は大気中の天然魔という成分を元として体内に蓄積され、そこで魔力として変換し放出する事で魔法となる。だが、魔術はその名の通り“術”なのだ。天然魔など一切関係なくその術を行使して呪術、操術など様々な現象を起こすことが出来ると聞いている」


 そこで浩介はジョスライの言葉を自分なりに整理する。


「つまり、人に呪いを掛ける……人を操ることが出来る……そして魔法のような攻撃性も兼ね備えているってことか。だから魔法と似て異なるモノなんだな?」


 浩介の言葉にジョスライは頷いた。


「勿論、俺も見たことはない。だからその内容が合っているかどうかは確証しかねる。実際に“魔術を使える人間”がいたとしても、本当に呪術や操術など扱えるかは自分自身、半信半疑だからな」

「その魔術を実際に使う為の方法は?」

「魔術がどういう原理で発生するのか……現在では全く分かっていない。何しろロゼの言うように大分昔の古伝ですら詳しくは書かれていないし、この時代の人間では“魔術”という単語自体知らない者も多い。それ程希少な存在なのだ」


 ジョスライはカイをチラッと見てからそう言った。


 唖然とする表情で聞いていたカイを見れば、魔術を知らない人間も多いというのは頷ける。地球では魔法自体が御伽噺の域だが、ジョスライ達からいえば魔術がそうなのだろう。

 それもその単語自体広まってはいないのだから、これ以上魔術について知るには限界があった。


 知らなかったのは反応からしてカイだけであったが、その変わりというようにロゼは鋭い目をジョスライに向けていた。


「どうしてジョスライはそんなこと知ってるのよ?」


 ジョスライ本人も魔術は希少だと言った通り、その存在は人々にとって表沙汰どころか闇にも葬られていないような未知なる存在にすぎない。詳しくではないが、一般の知識では知ることの出来ない情報を持っていることに疑問を感じるのは当然の反応だった。


 そのロゼの反応にジョスライはふむ、と相づちを打ちその経緯を思い返す。


「……俺はセンドリースの中でも極小さな村で育った。その村に伝わっていた魔術の出てくる御伽噺を爺さんから聞かされていたんだ。今の知識も全て爺さんから聞いたものだ。まさかこんなところで作り話だと思っていた爺さんの話が役に立つとは想像もしてなかったがな。後五年も経っていたら俺自身忘れていたところだ」


 ハッハッハと笑うジョスライに浩介は(にわか)に首を傾げる。


「ともかく、魔術についてはそれで以上だ。それよりもアイリがもう限界のようだが?」


 ジョスライが言うように愛理はソファーの上でコクン、コクンと夢の中へ入りかけている。


「ああ……そうだな、時間を取ってすまない。その時が来るまで皆も体を休めていてくれ。ロゼは悪いが俺と一緒に魔力の探知を頼む」

「りょーかいよ、コウスケ」


 ロゼの当然のような微笑みに浩介は頷き、それから各自フィーガル内で自由に寛ぐのだった。


――セリア……無事でいてくれよ……


 連れ去られた仲間を助ける為に浩介はその意志を強く固め、守るべく為の戦略を行動に移していった。



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