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迷宮世界  作者: 傍観者
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星を越えた争い2

 バラリアがこの地球に来た意味を考えると大きく三つに分けられる。


 先ず一つは、戦争に勝つ為の戦略だ。


 五分五分である互いの戦力なら、今のバラリア勢が地球からも攻撃する事で相手の惑星に多少なり混乱を招くことが予想される。


 二つ目に、戦争に負けた場合、もしくは単純に新たな拠点作りだ。


 これは戦争の勝ち負けに関わらず、自分達の勢力を拡大させる効果がある。いってみれば植民地のような考えであり、二つの惑星を自分達の領土として活用出来るのだ。そうすることで例え戦争に負けた場合でも、自分達の拠点を失われずに済み、また新たに態勢を立て直す事が可能となる。


 今まで聞いたところによると、ナーシェ達はこの可能性が高いと踏んでおり、ただ単に地球を我が物にしようとしているバラリアの計画阻止を任務としていた。


 そして三つ目。これは浩介が提示したそれらとは違う考えである。


 拠点を作るというのはあながち間違いではないかもしれない。だが、それが戦争の勝ち負けに関わりあるかと言われれば、その根本性は限りなく薄いというのが浩介の考えである。


 ロゼが言ったように、Sランクの備兵、エジルや、恐らく上位の強さを誇るであろうグランの地上部隊が何故こんな辺境の惑星を乗っ取る計画に参加しているのか。もし戦争の勝利を目的としているのならば、ナーシェ達の惑星で暴れさせたほうがその可能性はうんと高まる筈である。地球で兵器を造ろうとも、その攻撃しか出来ない時点でグラン達が勝利に貢献できる仕事は皆無と言っていい。

 では、なぜそのような選択をしたのか考えると、浩介の思案した思惑が浮かび上がってくるのだ。


 だが、残念ながら今の浩介が分かるのはここまでである。この星で何を成し得たいのか、戦争をどうやって終結させるのか、宇宙の進展を知らない浩介が答えを出すのは現時点では無理なのだ。


 だからこそ、浩介はセードル総司令官と話をしなければいけなかった。今の戦争状況を理解し、少しでも相手の思惑を把握しなければならない。そして、ナーシェに何を伝えて焦らす行動を取る羽目になったのか、それを知る必要があった。


 ロゼ達には伝えてないが、浩介はナーシェの行動を焦りから生まれたものだと解釈している。

 戦闘までもっていったのは自分だが、頭の良いナーシェがあそこで無理に地球での現状を知ろうと街に出るような行動をしたのは、紛れもなくセードル総司令官からの何かしらの情報があってこそのものだ。


 だが、そこまで伝えなくても浩介自身が直接セードル総司令官と話す事に反対する者はいなかった。現に状況の整理や行動の指示をロゼ達に出しているのは浩介だと皆が認めている。


 そして、映像付きの通信をロゼが承諾し、その準備をしている間も浩介は煙草を吸いながらコーヒーを啜るという、至って落ち着いた行動を取っていた。


「高崎君」


 そんな時、浩介を呼んだのは話に付いていけなかった愛理である。愛理は不安そうな顔で浩介の服をちょんちょんと引っ張っている。


「どうした?」


 浩介は小さな声で愛理に顔を向け尋ねる。


「……ううん。呼んでみただけ」

「なんだそりゃ」


 そう言って浩介は苦笑する。その僅かな笑顔に愛理もうっすらと笑みを浮かべた。


――良かった。わたしの知ってる高崎君だ……


 此処に来てからというもの、浩介との距離感が否めない。当然、異世界から来たロゼ達の居るこの空間、この船艦の中ではよりそう感じるのだろう。それでもその異界人と気兼ねなく話す浩介が――その雰囲気が、学校の時より遥か彼方まで離れて行ってしまったような、そんな感覚になっていたのだ。


 元からミステリアスな部分があった浩介だから、学校で会話したかのように表に出す浩介の言葉と笑顔に、愛理はホッとしていた。


「悪いな。もう少し訳の分からない話が続くけど、何なら先に寝てるか? 結構疲れてるだろ?」

「疲れてるけど、まだ起きて此処にいる。実感は無いけど多分今貴重な体験をしてるし、それに……もう少し高崎君を見ていたいし………」


 最後の言葉は自然と小さくなり、愛理は顔を赤くして俯いた。


「はは、そんな縁起の悪い事言うなよ。なんか一生の別れみたいだろ?」


 そんな愛理に浩介は笑いながら頭を撫でる。複雑な心境で更に俯く愛理は、頭に伝わる浩介の手の温もりを堪能していた。


「コウスケ。お前はもっと女心を勉強しろ」


 そのやり取りを聞いていたジョスライが、コーヒーを飲みながら呆れた様子で声を掛けた。


「ん? どういうことだ? 一応白木の言ってることは理解したつもりだが?」

「それが分かってないって言ってるんだ。女心とはそんな単純なものじゃねーぞ。時にはストレートに、時には柔らかく、そして時には優しい嘘で包み込んでやるものだ。女の出す多種多様な細かいサインを如何なる時でも感じ取ってやるのが男の使命だ。でなければ女心を知る事は出来んぞ」


 ジョスライは一人納得するかのように、うんうんと頷いている。


「ジョスライさんって彼女とかいましたっけ?」


 そんなジョスライに、カイが首を傾げながら尋ねる。


「………いねぇよ。つーか分かってて聞いているだろ?」


 睨み付けるようなジョスライの眼差しにカイは慌て始める。


「す、すみません! それらしい事言ってたんで、どうだったかなぁって………ハハハ」

「つまりは、何の説得力もない力説だってことだな?」


 浩介もコーヒーに口を付けながら、ジョスライに冷めた言葉を贈った。


「説得力が無いとはどういうことだ! これでも今までの経験はお前より上だ!!」

「知ってるか、ジョー。今の地球では結果が全てだ。例えそれを実践出来たとしても、それだけで彼女ができる訳じゃないとお前自身が証明しているんだ」

「ぐっ!!」

「ジョスライさんも結構いい年ですよね? そろそろ本気で将来の相方見つけた方がいいんじゃないですか?」

「ぐぐっ!!!」

「で、でも! わたしはそういうの大事だと思いますよ!」

「おおっ!!」


 追い詰められていたジョスライが、愛理の一言で盛大に笑みを浮かべた。


「ほら見ろ! 女性がそう言ってるんなら間違いない!」


 見栄を張るジョスライを無視し、浩介は愛理に顔を向ける。


「フォローしなくてもいいぞ。ならそんなジョーから告白されたら白木は受けるのか?」

「そ、それは………ごめんなさい!!」


 流れが分かっているのか、愛理はジョスライに向かって思いっきり頭を下げた。


「ほら見ろ。確かに大事な部分かもしれないが、それが直接交際に繋がるかと言われればそういう訳ではないということだな。良い勉強になったな、ジョー」

「お前、いつか覚えてろよ……」


 あぁ、疲れたと言わんばかりに煙草を吹かす浩介に対し、ジョスライはジト目で睨みながら傷を癒やすかのようにコーヒーを飲み干した。


「ハイハイ、そこの独身三人組。セードル総司令官と通信の準備が出来たわよ。馴れ合いも程々にこっちに来て!」


 ロゼの声で全員が顔を上げた。


 ふと思えばロゼも最初は丁寧な言葉使いだったが、今では浩介に対しても気軽に話している。さっきの会話もそうだ。いつの間にやらジョスライをからかうことが出来るところまで壁を無くしている。

 戦闘がそうさせたのか分からないが、ここ数日で随分距離が縮まったものだと、浩介は苦笑しながら煙草の火を消した。


「ちょっと待て!」


 そしてジョスライが不意に声を出す。


「独身三人? いくら会話に参加してないとはいえ、ドルゴも数に含めてやれよ。可哀想に……」

「可哀想なのはあんた達よ。ドルゴはもう結婚して、子供も一人いるわ。勿論、わたしも彼氏いる――」

「ええぇぇーーっ!!!」

「ドルゴ! お前………」

「見かけによらねーな」


 カイは絶叫し、ジョスライは固まった。浩介が知らないのは当然だが、カイとジョスライが知らなかったのは意外でもある。


「本当か、ドルゴ!?」


 唐突に知った事実にジョスライはドルゴに詰め寄る。


「本当だ」


 それだけ答え、ドルゴはロゼの元へ歩いていく。


「そんなバカな……」

「初めて知りました。男はやっぱりクールな方がモテるんですね」

「クールとは、ちょっと違うと思うけど……」


 カイの解釈に思わず愛理が控え目にツッコミを入れる。


「ほら! 仲間の情報は分かっただろ? 次は本題の情報を知るぞ」


 緊張感の無い雰囲気に、浩介が苦笑いを浮かべながら声を掛けた。


 偶にはこんな雰囲気もいいかなと浩介は思う。短いながらも気の休まる、そんな一時(いっとき)であった。


「わたしの彼氏の事も反応してよ………」


 そう小さく呟いたロゼが、気を取り直して通信を開始した。









 モニターに映ったのは、険悪な表情ともとれる四十代の男。短く切りそろえた茶色の髪と、同じく茶系の瞳が男前な印象であるが、険しい顔付きがそれらの印象を感じさせない程険悪な表情である。


 どうやら機嫌がよろしくないというのは一目で分かる。現にロゼやカイ、ジョスライに至っても先程の雰囲気とは違い、少々畏縮している様子が見受けられる。


「なんの用だ?」


 威嚇するような一言。その言葉でロゼは軽く身震いした。


「い、いえ………。一応、現状報告を、と思いまして……」


 らしくないほど、絞り出したようなロゼの返答であった。


「ナーシェはどうした? そしてシンには伝えたのか?」

「ま、まだです……」

「順序が違うだろ。先ずはシン司令官に伝えるべきじゃないのか?」

「い、いえ………はい。そうです。ですが………」


 余程いつもと違うセードルに怖れを感じているのだろう。戸惑うロゼから的確な言葉が出てくる気配はない。


 しかし、ただ順序が違うからといってそこまで不機嫌になるわけがない。セードル総司令官が不機嫌な理由は他にもあると確信した浩介はロゼの隣へ移動した。


 勿論、その理由についても浩介の推測に当てはまっている。


「悪いが俺が頼んだ。セードル総司令官」


 浩介の言葉にもセードルは表情を変えない。


「お前がその星の仲間、コースケとか言ったか? 大まかなことはナーシェから聞いた」

「それじゃあこの際、自己紹介は無しにしよう」

「自己紹介どころか無駄話も無しにしたい。こう見えてこっちも忙しいんでな」

「ナーシェがいないとわかれば用済みか? さぞかし戦争が忙しいんだろうな」


 浩介の言葉でセードルの眉がピクリと動く。


「なんだと? まあお前は知らんだろうが、こういう報告はシン司令官を経て伝えるのが決まり事だ。俺もこの戦争の全指揮を任されている身でな。一方的に通信をしてこられたこっちの身も考えてほしい」

「先に直接連絡したのはそっちからだろ? それに、そんな忙しいならこっちからの通信なんて無視すればいい。……だがあんたは通信を受けたんだ。一体何の期待があったんだろうな?」


 浩介は笑みを浮かべ、モニターに映るセードルを見据えた。


「お前には関係の無いことだ。ナーシェにはこちらの状況を知らせただけだ」

「シン司令官を介さず直接か? おかしな話だな」

「ただの気紛れだ。シンも忙しいのでな。俺から通信することもある」

「あんたよりもシンの方が忙しかったのか。それこそおかしな状況だ。そして、ナーシェにだけ教えなければならない報告となればかなり重要な内容だったんだろう? 例えば、拮抗した戦争状況に動きがあった、とかな」

「………ナーシェから聞いたのか?」

「聞いていたらあんたに通信なんてしてないさ。これは俺の推測を確認する為のものだ」


 そこで初めてセードルが笑みを浮かべ、声を出して笑った。


「推測を確認か。………まるで分かっていたようなセリフだな」

「図星なんだろ? あんたらの抗争は間違いなく何かしらの動きがあった。それも、あんたにとっては良くない方向へな」


 そこで、そのやり取りを聞いていたジョスライが思わず前に出た。


「それは本当なのですか、セードル総司令官!?」

「…………」


 ジョスライの問い掛けに、険しい表情を浮かべながらもセードルは答えない。


「総司令官!! そちらでは今何が起こっているのですか!? ナーシェに何を言ったのですか!?」


 痺れを切らしたジョスライが再び大声を発した。


「………ナーシェはどうした?」


 それに対し、セードルの言葉は弱く、そして小さいものだった。

 彼自身、今ここにナーシェがいない意味を察していての言葉だ。


「敵に討たれ重傷です。命に別状はありませんが、完全に動けるまで当分掛かるかと……」


 ロゼは重苦しい空気の中、ナーシェの容体を簡潔に伝えた。


「そうか………。最早そちらでの決着は絶望的か………」

「決着!? やはりこの星にエジルやグランが居るのは重大な意味があるのですか!?」

「グランだけでなく、エジルもそっちにいるのか。これはしてやられたな………」

「どういう意味ですか、総司令官!? この星にエジルとグランが居るということは、敵の戦力は少なからず弱まっている筈でしょう!?」

「弱まってなんかないのさ。寧ろ確実に戦争に勝てる保証があるから奴らはこの星にいるんだ」


 いきり立つジョスライに対し、セードルの代わりに浩介が口を挟んだ。

 そしてそれを聞いたセードルが静かに口を開く。


「コースケ。お前はどこまで掴んでいる?」

「粗方は掴んでいるつもりだ。ただ推測が大半を占めるから絶対の確証はないけどな」

「成る程。直接俺に通信をしたのはそれだけの推測があったからか。確かにシンじゃ役不足だな」

「納得するのはいいが、こっちは一つも納得してないぞ。俺だって全部の推測を話したわけじゃないし、ナーシェがこんな状態じゃ戦力も半減だ。作戦を練るには正確な情報が欲しい」

「そうだな。下手なプレッシャーをかけないようナーシェにだけ話したが、それも今となっては間違いだったか……」

「どういうことですか?」


 ロゼが真剣な表情で問う。ロゼだけでなくジョスライやカイ、ドルゴも険しい顔を向けていた。その姿は最初に見せた畏縮や動揺は見当たらない。それだけセードルの説明を待ちわびていたのだ。


 そして―――


「俺達の討つべき相手がその星にいる。そして、我々宙域部隊の五軍のうち三軍が全滅した。どういう意味かわかるか?」


 モニターから聞こえるセードルの声音に、皆の頭の中にあった状況の構築図は一瞬にして白紙になった。


 ただ一人、浩介を除いて。

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