守りたいもの2
満月に照らされる中で、浩介はどうしてこうなったのかを模索していた。
執拗な戦略でナーシェを戦闘不能に陥れ、終いにはセリアを連れ去った。
それは浩介が何らかのミスを侵した結果ではない。ただ相手の戦略通り事が進み、相手の戦略通りに動いてしまった結果だ。別段浩介がどれだけ悔やもうがその結末は変わらない。
例えあそこでナーシェが現状を打開させようと動きを止めなくても結局は追い込まれ、致命的な隙ができただろう。
例え浩介が仲間に協力を求めなかったとしても結局は追い詰められ、殺されていただろう。
そして浩介だけでなく、ナーシェすら危機的状況にもなれば、浩介の指示がなくともカイ達は出向いていただろう。
結局は成すよう成らせたグランの戦略が上をいったのだ。
あの時点でバラリアの新鋭が二人も出てくる考えもなく、セリアを狙いとしていることも頭にない。少しでもその考えがあればセリアだけ呼ばないよう対策していたのだが、それも今となってはどうしようもない。
浩介もそれは痛いほど分かっている。だからこそ悔しく、だからこそ情けなかった。
互いの勝負を決めるのは戦略だと分かっていながら先手を許した。完璧なるその先手に浩介は結果として完全なる敗北を喫した。
ナーシェは重傷を負い、セリアは問答無用に連れ去られた。今後バラリア勢と対抗するには些か代償が大きすぎる結果なのである。
考えているうちに一段と増していく悔しさは浩介の顔にも表れていた。
「悔しいか? 悔しいだろうな。お前の戦略は奴らには通用しなかった。通用するわけがないんだ。奴らは全てを把握していた。その差は埋められなかったってことだ」
嫌みたらしく言う折町の言葉が浩介の胸に突き刺さる。
「………ああそうさ。全てお前の言う通り俺の考えは無駄に終わった」
「随分あっさりだな。もう少し言い訳するかと思ったが……」
「言い訳はしない。今回は俺の負けだ。お前らの手の内を読めなかった」
浩介は煙草を一本とり出し火を付けた。悔しそうな表情に変わったのは一瞬であり、今はもう悔しさなどの表情は無く淡々とした雰囲気に変わっている。
「……それでもお前は諦めないのか?」
喜怒哀楽、全ての感情が読み取れない浩介の雰囲気に折町は何とも言い難い心境で口を開いた。
「諦める? 一体何を諦めるんだ? 確かに状況は悪くなったが、俺にその他の道があると思っているのか?」
「退くに退けない……と、そういうことか?」
ここまで踏み込んでしまった浩介に逃げ道はない。
この場で、もうあなた達には関わりません、と白旗を振ったとしても見逃してくれるほど甘くもないし、見逃せないとも折町自身思っている。
例え見逃してもらったとしても、国を敵にまわしている以上元の生活に戻れなことも自覚している。
ましてや真実を知っている中で、このままにしておけば普段の生活というもの自体が無くなると知っている。
ただ殺されるか、それともビクつきながら余生を送るか。
覚悟を持っている浩介にしてみれば実に簡単な選択肢であり、折町の言葉に苦笑しながら煙草の煙を吐き出した。
「そもそもこの件から“退く”という選択肢が無いだろう。今回は確かにしてやられたが、これでお互いの情報は五分五分だ。有利なのはそっちかもしれないが、後はもう全面戦争だからな。――って、お前に言っても仕方ないか」
所詮折町は日本人であり、バラリアに協力しているだけに過ぎない。政府同様言葉巧みに操られ、そこまでの情報しか与えられていないだろうと思い再び苦笑した。
そして一方の折町も浩介に対して笑みを向ける。
「全面戦争か。異界の者がこの地球に来たことで俺達の生活は劇的に進化する。今までなかった異界の技術を手に入れ日本は更なる先進国となる。空飛ぶ車も夢ではないし、人型ロボットが街を歩く日がくるかもしれない。月ではなく、異世界旅行なんてのも提案されるだろう。俺たちが生きている間は不可能とされた近未来の進展を唱える者も多い。お前はそれを止めようとしている」
折町の言うことは人としては正しいものがある。実際に辻褄が合っていれば浩介もそう期待した筈だ。折町の言うこともわからなくない。だが先にグランのような異世界人と対峙した浩介にしてみればそれはズレた期待だと確信を持って断言できる。
「本当にそう思っているとしたら、おめでたい奴らだと言っておこう。いいか折町、それは奴らの表向きの戯れ言に他ならない。地球全体の発展ならともかく、日本だけの発展という時点で可笑しな話だろ? 日本の発展を望んでいたとしてもコソコソ秘密裏に動かなければならない理由もない。奴らにメリットなんて一つも見当たらない」
「外国の奴らに知られたとしたら技術の取り合いでそれこそ戦争になる。アメリカに本腰をあげられたら日本なんてあっと言う間に植民地だ。それを防ぐ為秘密裏に行動し、万が一の時反撃できるよう日本の力も必要になる。彼らはそれを知っていた」
折町の言葉に浩介は首を横に振った。
「知っているからこそ付け込まれたのさ。日本人の心を擽る術を奴らは実行し、納得させた。その結果が生み出すものは日本の発展じゃない。奴らの独裁政権だ。日本人なんてこれっぽっちも必要とされてないんだ」
「そうだとしても俺達が信じるのは彼らしかいない。結果として日本人が騙されていたとしても、俺達は流れに逆らうことを許されない」
内容はある意味筋が通っている。だが浩介は折町の言うことに何かしらの疑問を感じていた。
そう願いたいという願望や焦りみたいなものが折町から滲み出ているような気がしてならない。
「お前とこれ以上討論する気もないが、これだけは言っておく。利用されているのは間違いのない事実だ。俺の考えが正しいか、お前が正しいか、直に答えは出る筈だ」
浩介は短くなった煙草を落とし足で踏み潰す。
「その時、お前はこの世にはいないだろうよ!」
言い終わるや否や、折町の腰から拳銃が取り出される。
やはり幕締めは互いに勝敗をつけなければ訪れない。言葉を交わすだけでは解決しない互いの意志。そんな世の中になってしまっている。
「どうだかな」
柔らかい口調と共に、浩介は既に動いていた。
パァーンと響き渡る一発の銃声。その後に聞こえてくる音はない。
「この勝負は俺の勝ちだ」
月明かりに照らされたのは密接する二人の姿。
「くっ……そ………」
その中で崩れ落ちていくのは折町だ。
折町が狙ったのは一撃で仕留められる頭部だった。撃つ瞬間に体勢を低く屈めることによって回避した浩介は、そのままの勢いで折町の鳩尾に強烈な一撃を叩き込んだのだ。
満足に呼吸も出来ず、立っている力を失った折町は地面に横たわった。
「セリアがどこに連れて行かれたか、お前知ってるか?」
苦しむ折町を横目に、浩介は新たな煙草を口にしながらセリアの居場所を聞いた。
「ぐっ……し……らん、な……」
呼吸を必死に整える折町はそう言って浩介を睨む。
依然敵意を剥き出しにする折町を見た浩介はその度胸に苦笑した。
「そうか」
苦笑しながらも折町の落とした拳銃を手に取り、躊躇なく折町の頭に突き付ける。その行動によって、酸素を取り戻しつつある折町は一瞬驚いた表情を見せるが、それはすぐに微笑みへと変わる。
「ハハ……、俺を殺しても意味なんてないぞ」
「知ってる。だが、ここで逃がし再び俺の邪魔をする可能性のあるお前を易々と野放しには出来ない」
「それこそ考え過ぎだ。一度敗れた弱者を生かしておくほど彼らは甘くない」
折町の眼差しは真剣だった。一度バラリア側に付いた以上、負けるということがそのまま死に繋がることを折町は痛いほど知っている。
ましてや折町は地球人であり彼らの駒にすぎない。折町がいなくなってもバラリア勢力に何の支障もない。
それがわかっている折町に、浩介は感じていた疑問を口にした。
「折町、お前が何をしたいのか俺には良くわからない。日本の発展を願うというお前の言ったことは一理ある。だがそれはバラリアの事を良く知らない奴の意見だ。表面上しか見ていない奴の理論だ。でも、お前は違う。バラリアの奴らがどういう人間かを理解し、地球をどうしたいのかも知っている。今の現状だってそうだ。バラリアに対抗する異界の者が来ていることは見るだけで明らかだ。それは奴らが日本の未来の為に来ているわけじゃないという明確な証拠になる。なのに何故奴らに肩入れする? 何故考えを改めない?」
決して強い口調ではない浩介の言葉を折町は俯きながらも真摯に聞いていた。
「お前はこの先どうしていきたい?」
そしてもう一度問う。
言われなくても分かっていた。バラリアが日本の発展を望んでないことも、それによってバラリアとは別の反勢力が日本に来たことも。
それを確信したのはつい先程だ。地球以外の事情は知らない折町でも、転送で現れ、Sランクのバラリア人と決闘しているジョスライ達を見た時にやっぱりそうかと思ったのが本音だ。勿論元々からバラリアに疑問を抱いていた折町だからこそ、すぐにその疑問は確信へと変わる。
彼らは掌で地球人を踊らせていただけなのだと。
しかし、折町が舞台から降りるには遅過ぎた。途中棄権もリセットもキャンセルも効かない折町のストーリーはギュッと拳を握り締める姿で表現されていた。
「退くに退けない。それは俺も同じだ」
折町が呟いた言葉は、彼の心境を表すストレートなものだった。
「人質でも捕られているのか?」
不意に頭の中で浮かんだ図式をそれとなく口に出す。それならば意地でもバラリアに付こうとする折町の心境も分かる。
だが折町は首を横に振った。
「近いものはあるが、そんな生易しいものじゃない。人質ならそいつを見捨てることで俺は自由になれるが、奴らはそんな選択肢すら与えていない」
「………命を握られている。そういうことか?」
――裏切り者には死を――
どこかの暴力団ならあり得る話かもしれないが、従来の世の中からしてみれば馴染みのない考えである。しかしバラリアが相手だと踏まえればその考えは当然のように思い浮かぶ。
裏切ったなら勿論、ミスをした者、邪魔な者、負けた者。どれをとっても地球人は駒でしかないと考えているならば何人死のうがバラリア勢力からしてみれば痛くも痒くもない。折町がそこで考えを改めれば彼らにしてみれば折町も邪魔な存在にしかならない。
そして浩介の予想通り、折町は小さく頷いた。
「気付いた時には手遅れだった。俺はもう彼らに協力し続けるしか道はなくなった。でもどこかで期待はしていた。彼らが現れたことで日本はより良い国家になるんじゃないか、とな」
「俺達が奴らから全てを取り返せた時、そうなれば良いと俺も思う。だが取り返せなければ何も変わらない。寧ろ悪い方向へいくのは明らかだな」
折町は浩介に顔を向けた。
「俺がお前に言った理想論。あれを信じている奴は未だ多い。一種の洗脳に近いぐらい奴らを崇拝している。全て取り返すのは無理だ」
そして真っ直ぐ浩介と視線を合わせた。
「全ては無理でも大事なものは取り返す。お前もこのまま奴らに飼い殺されるぐらいなら少しは抵抗してみろ」
「遅いんだよ……」
そこで折町は視線を外した。溜め息を吐いた浩介は二本の指を折町に向ける。
「早かろうが遅かろうがお前に残された選択肢は二つ。ここで俺に殺されるか、命を賭けて奴らに抵抗するか。好きなほうを選べ」
浩介の言葉に偽りがないことを折町は感じた。殺すと決断すれば躊躇なく引き金を引くだろう。それだけのプレッシャーを掛けながら向けられる真剣な顔を、折町は苦笑しながら受け止めた。
「恐いねぇ………お前は」
心は決まっている筈だった。
開き直ったつもりだった。
命を握られていると知ってから無駄な抵抗はやめた。最初に思った自分の理想を表に固定させ、バラリアに対しての疑問を裏に封印した。だから浩介の抹消に戸惑いはなかった。
しかし――
「ここで散るのも致し方ない、か………」
「………」
折町の呟きに浩介は銃を強く握った。何時でも撃てる、そういう姿勢をとった。
浩介の僅かな変化を感じながら折町は周りを見回した。
激しい抗争を繰り広げるバラリア勢力と浩介を保護した別勢力。そこに地球の勢力はない。ドルゴによって一閃され、動く者は一人もいない。血の海と化した光景を見ると、まるで戦国時代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。
生き残っているのは共に異世界人だ。ふとそう思うと、浩介の言った言葉が頭を過ぎる。
“奴らの独裁政権――”
現状まさにその通りだった。異世界人の戦いに日本人が入り込む余地がない程戦力に差がありすぎる。今後を考えなくても既に異世界人に日本を握られているようなものだ。
状況を確認し終えた折町は、その場に胡座をかいて座り直す。
浩介は折町に選択肢を与えた。どちらをとっても自分の末路は変わらない選択肢であっても、今信じるべき人物は目の前にいる高崎浩介ただ一人。ならばその期待に応えてこそ自分の命に価値が付く。
そんな儚い思想を抱きながら折町は口を開いた。
「これは噂で聞いた話だ。日本の何処かに奴ら専用のアジトがあるらしい。あの女の子が連れて行かれたのは恐らくそこだろう」
「お前……」
「高崎、お前の言ったことは全て正しい。だが覚悟しろ。奴らは異世界の人間。どう足掻いても勝つのは難しい。大勢の日本人が犠牲になる。それでもお前は取り返すと言った。なら俺はお前に伝えなければいけない」
折町はそう言うと羽織っていたダウンジャケットだけでなく、中に着ていたシャツも脱ぎ捨てた。突然上半身裸になった折町を見ても浩介は別段驚きはしなかった。折町が“伝える”と言った以上何かあると思っていたし、その何かを一目で気付くことが出来たからだ。
「それは、刺青……か?」
月明かりだけではハッキリとしたことは分からなかったが、折町の左胸から左わき腹にかけて禍々しく渦を巻くような黒い模様。ただの刺青でない事は一目瞭然だが、浩介にはそれ以外思い浮かぶものはなかった。
「これは、呪い……だよ」
「呪い……?」
折町はその模様を指で撫でるように触る。
「お前は、絶対の恐怖を感じたことはあるか?」
「………」
折町は浩介と視線を合わせることなく微笑んだ。そして浩介の返事を待たずに口を開く。
「俺はある。これがその時の証拠さ」
刺青のような模様を見つめながら吐き捨てるようにそう言った。
「こいつが俺の命を握ってから奴らに逆らうことが出来なくなった」
「そんな馬鹿な……」
「その時は逆らおうとも思ってなかった。自分の意志で奴らに協力し日本の未来を勝手に思い描いていた。だが奴はそんなフリーの依頼屋達に同盟という趣で呪いを掛けた。駒として扱うために」
「何故それが呪いだと?」
「………その時に一人、プレッシャーに耐えきれなくなった奴が逆らった。そしたらこの刺青がそいつの体内に消えていき、すぐにそいつは苦しみだしてもがきだして、泡を吹いて死んでいった。その時のそいつの顔は今になっても忘れられない」
「それがその刺青の正体ってことか」
折町は静かに頷いた。
「それを見た俺達はどうすればいい? 奴らに協力し続けるしかないだろ! 不安を押し込んでこれが正しいと開き直るしかないだろ!! お前を殺す手立てを考えるしかないだろっ!!」
声を荒げて不満を爆発させた折町は大きく息を吐き出した。
「………すまん。ただ、それが俺の見た真実で、これが現実だ」
俯く折町から銃口を外した浩介は、また新たな煙草をくわえ火をつける。そしてフーッと煙を吐き出し、折町を見下ろした。
「まんまと魂を売ってしまったわけか。不用意な行動だったな」
「舞い上がってしまったんだ。依頼の一環で偶然その事実を知った俺はすぐにその異世界人と接触したいと思ってしまった。理由は……わかるだろ?」
「まあ、な。それで? その爆弾の解除法は何か検討がついているのか?」
俺に任せろ、とまでは流石に言えないが、出来ることなら呪いから解放してやりたいという程度の気持ちで浩介は聞いた。
だが折町は大袈裟な動きで首を横に振った。その姿は慌てているに近いものだった。
「や、やめとけ! お前死ぬぞっ!!」
「やると言ってるわけじゃない。ひとつの情報として聞いてるんだ」
折町の普通ではない反応に一抹の不安を抱えずにはいられない。だがそれ程折町が恐怖する存在ならばその解決策を見出さなければ自分も同じ立場に成りうる可能性だってあるのだ。
「………そうか」
浩介の客観的な言い方によって、折町も落ち着きを取り戻していく。出来ることならこの呪いを取り払って欲しいという願望はある。だが折町はそれは不可能だと諦めに近い考えを持っていた。
「どんな原理が働いているのかは俺も分からない。相手が相手だけに科学的な理解をするのは難しいと思う」
「だろうな。技術力も高いし、何より魔法というものがある世界だ。お前のそれも魔法の一種と考えるのが妥当なところだろう」
折町の言葉に浩介も肯定する。
「魔法とは少し違うかもしれない」
「というと?」
浩介としても魔法の詳細はナーシェ達から聞いていたためある程度理解しているつもりだが、折町の違うかもしれないという発言には首を傾げるしかなかった。
「奴らはこれを魔術と言っていた。どう違うかは分からないが魔法と魔術は別の扱いなのかもしれない。流れ的にもそんな感じだった」
結局は魔法と魔術の違いを詳しく説明できないということだが、実際体感している折町がそう言うのだからそれで納得せざるおえない。
「ロゼに詳しく聞いてみるか」
そう呟いた浩介だったがふとナーシェの事が頭を過ぎりつい舌打ちをする。
もしもナーシェが助からなかった場合、残ったメンバーに冷静な判断が出来るだろうかと考えたのだ。
ジョスライやドルゴならまだ冷静でいてくれるかもしれないが、ロゼやカイに至っては難しいかもしれない。
そうなれば魔術の説明を聞く以前にそのような時間が取れるのかも怪しい。
「それを考えるにはまだ早いか……」
一人でそう結論付け、浩介は煙を吐き出した。
そもそもその考えに至るにはジョスライ、ドルゴ、カイが奴らから勝利することが条件となる。カイはナーシェを刺した男と、ジョスライとドルゴは共闘で鞭使いの奴と殺り合っている。遠目で見るだけでははっきりとした優位性は分からない。三人とは言わずとも一人でもここで欠けてしまった場合、彼らに冷静さを求めることは難儀なものになる。
――この現状もどうにかしなければならない。
浩介は次々と思い浮かぶ難点に溜め息をつきながら折町へ視線を戻した。
「取り敢えずお前はそこにいろ。俺もあの戦闘に参加する」
浩介は脱ぎ捨てたコートを拾い折町に被せた。ここまでさらけ出した折町が再び敵に回ることは無い。そう決断した浩介は拳銃を腰元へしまい、代わりにエネルギーガンを手に取った。
「その前に、言っておきたい事がある」
その様子を見ていた折町が浩介に話し掛けた。
「お前の話はまた後で聞く」
「駄目だ。今じゃなきゃ後悔するかもしれない。お前には話しておきたい」
真剣な表情で言葉をかける折町に浩介は向き合うしかなかった。
「そんなに重要なことなのか?」
折町は浩介の掛けたコートの裾をギュッと握り締める。
「重要かどうかは……正直わからない。でも何も知らないより知っておいたほうが良い事だ。それに、俺には後がないからな」
そう言って苦笑する折町に力強さは全く無い。まるで抜け殻のような脱力感に包まれているように見える。
「その呪いのことか?」
「これ自体ではなく、根本的なことだ。この呪いを仕掛けた人物。俺が心から恐怖し、心から悪魔だと思ったやつだ。恐らくそいつがバラリアのトップに立つ存在。とても人とは思えない……」
折町の身体が徐々に震えていく。それ程ヤバいと思える存在に、聞いていた浩介が折町に集中するのは仕方ないことだった。
だから気付けなかった。
丁度その時、カイが倒れたことに――
「そいつは………?」
静かに尋ねる浩介に、折町は意を決したように真剣な目を向けた。
「そいつを奴らはこう呼んでいた。“魔皇帝”と。多分そいつ―――うッァ!!」
「――!!」
突如途切れた折町の言葉。そして聞こえた折町の苦痛の声。
呪いでも何でもない。その正体は折町の背中から貫いた一本の剣だった。剣の切っ先は胸の中央から貫通し、ポタポタと真っ赤な血が滴り落ちる。
思わず目を見開く浩介に、虚ろな目で血を吐き出す折町と、後ろに立つ男の姿が映し出されていた。
「いらぬことをベラベラと……」
男の剣が引き抜かれ、折町は地に倒れた。無精髭のその男は折町に目もくれず浩介を見抜いている。
ナーシェにも剣を突き刺したその男は表情を一つも変えることなく剣に付着した血を拭っていく。
「ッ…お前……――!! カイは!?」
「まだ生きているだろうが、暫くは動けないだろう。それよりもお前らが何の話をしているのか気になってな」
「クソ! 油断した……」
「油断? 違うな。お前が油断しなくても結果はこうなった。あの若い男一人で俺を倒せると思っていたのか? お前が倒した二人の役立たず共と俺の実力が一緒だと思っていたのか?」
「………」
その言葉に浩介は答えれず、苦虫を噛んだ表情で男を睨んだ。
「俺も甘く見られたものだ」
男は剣を浩介に向けた。
確かに実力が違う。男が言ったように、浩介が初めて殺した力任せの男、研究所で殺した赤髪の男。比べるまでもなく目の前にいる無精髭の男が放つ殺気は別物だ。カイも決して弱くはない。フィーガルの中で浩介はそう実感していた筈だった。だが結果は見ての通りだ。
甘かった。その一言がピッタリと当てはまる。奴らはもう本気の戦力で潰しに掛かって来ている。そう直感した浩介は初めて逃げる事を打算した。
鞭使いのロージすらジョスライとドルゴの二人を相手にしながら苦戦している感じではない。
俺達に勝ち目はない。ならば逃げなければならない。その為には転送を使うのが一番手っ取り早い。
そこまで考えを纏めた浩介は通信機を取るためポケットに手を入れた。
しかし――
「………」
肝心の通信機がない。舌打ちしながら素早く思い返す浩介は僅かに折町へと視線を向けた。正確には折町自身ではなく、折町に羽織らせたコートだ。ナーシェと愛理の転送を頼んだ後、コートのポケットに通信機を入れたことをすっかり忘れていたのだ。
浩介の顔から冷や汗が流れ落ちる。
折町はまだ息があり苦しそうに唸っているが、そんな折町に頼んで取って貰う時間も、自分で取る余裕も無い。正に絶体絶命の中、浩介の頭の中で更に良い案が思い浮かぶことはなかった。
「お前はグランのお気に入りだと聞いたが、これも一つの縁だ。俺が殺してやろう」
男のプレッシャーに耐えながら、浩介の足は少しずつ後ずさっていく。解決策が見付からないのは浩介の行動を見ても明らかだった。
「………高崎……に……げろ……」
掠れるような声が聞こえた。小さくともそれは浩介の耳に届き、そして足下に何かが転がってくる。
「通……信機……?」
浩介の足下には通信機があり、その更に視線の先には折町が微笑んでいた。
「死に損ないが……余計な事を」
浩介を見据えていた男は折町へと顔を向け、剣を逆手に持ち替え狙いを定めた。
倒れる折町の頭部を狙って――