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迷宮世界  作者: 傍観者
29/40

うたかたのような4

 


 都心部から離れたとある場所。


 そこはかつて緑溢れる小さな森だった。小鳥が(さえず)り、野生動物も身を寄せていた命の宝庫、自然の要塞だった。


 しかし、今となればそれは全て過去形でしかない。何故ならその場所は森の面影もないのだから。


 そして森とすり替わるように建てられている巨大な建造物。


 ――人工の要塞、“神羅城(しんらじょう)”――


 その姿は城と塔の融合体。お城のような角張った造りが地に腰を付け、その中央から円形の塔が空に伸びゆくように(そび)え立つ。城だけ見ても、塔だけ見てもそのどちらも息を呑むほど大きい。その外壁はメタルのような光沢感と、淡く輝く発光に包まれる。


 約十年の歳月を経て完成した神羅城はこの世の頂点に立つかのように異質な存在感を醸し出していた。


 この城こそがバラリア計画最大の切り札であり、絶対の力を見せ付ける神の要塞といえる。


 そんなものが何故世間に知られていないのかは、彼らにしたら極簡単な方法をとっているからにすぎない。


 それが魔術である。


 彼らに与えられた特別な力、魔力を利用すればそれすら可能となる。

 自然の力を具現する“魔法”と、物や人へ影響を与える“魔術”。その魔術の仕様で人の目には変哲のない森にしか映らない結界が張ってあった。


 一般的に“魔術”は“魔法”よりも希少価値が高いと言われている。


 魔力の練り方と具現効果が魔法と全く違う為、魔術を行使するには天性的な才能が必要となり、それでいて難易度も高い。

 即ち、才能があったとしてもその難易度故に魔術を行使出来ず挫折する人も多いのだ。その中で魔術を自分のものにできる人の割合は百人中一人いるかいないかというレアスキルでもある。


 そしてこのバラリア計画が成せるのも、神羅城を包む結界を張れる強力な魔術師がいるからである。






「“センドリース”の連中に“気付かれた”ようです」


 神羅城の最上階、王の間と呼ばれるその場所で男は王座に座る主君を前に片膝を床につけ畏まった態度で返答を待った。


 壁面には光を灯すランタンのような物が幾つかあるが、さほど強い明るさではないので薄暗い。それは目の前にいる神羅城の主が好む明るさであり、何より電気ではなく彼が扱う魔術によって介されている。


 それ故に主の顔色などは窺えないが、白い歯を見せ笑みを浮かべている様子は感じ取れた。


「フハハ、かまわんさ。今更知ったところでセンドリースの奴らに邪魔はできん」

「すでにこの星に来ている偵察隊にも伝わっているかと……」

「そっちはグランに任せてある。ヤツなら巧いことやるだろう」


 膝を付いていた男はその体勢を解きスッと立ち上がる。


「そうでなくては困りますね。グランの尻拭いをするのは御免ですから」


 男は俄に口元を吊り上げ、サラリとした銀色の髪をかき上げた。


 彼の整った顔立ちとスラリとした体型、愛用する袴のようなゆったりとした服装。その見た目からは想像出来ないほど威圧ある雰囲気を漂わせている。


「フハハハ! そんなお前がいるからゆっくり計画を立てられるというものだ」

「その計画も後は実行に移すのみ。“ディノラド”もこちらの勢力になった今、センドリースに勝ち目はないでしょう」


 その言葉で主は満足そうに頷いた。


「後はお前に任せる。失敗は許さんぞ」

「失敗? 本気でそんな心配をしておられるのですか?」


 男から苦笑が漏れる。


「………お前にではなく、他の奴らに伝えとけ」

「そうなれば私が動けばいいだけの話。こんな簡単な任務もこなせない役立たずはあなた様には必要無いでしょう」


 主は僅かに目を見開き、男を見る。


 自分の右腕でもある男の自信溢れる口調は主も聞き慣れたものであるが、それでも驚きある言葉だった。


「ほう………お前が動くとは珍しい。血に飢えているのか?」

「そんな醜い理由ではありません。これはあなた様の野望であり、同時に私の全てでもあるのですよ、“魔皇帝”」


 そう言い返した男はクルリと踵を返し歩を進める。


 去っていく男の背中を見て、魔皇帝は小さく笑った。


「全て、か。相変わらず読めんやつだ」


 その呟きは男に届くことなく闇へと消えていった。









 突如として現れた二人の男。


 ひとりはグランをエネルギーガンの攻撃から守り、受け止めた男。長い黒髪を後ろで纏め、綺麗な白い肌も見受けられることから、一目では女性とも思える容姿である。


 そしてもうひとりは、気配無く現れナーシェの背後をいとも簡単に取った無精髭の男。年齢はグランや先の男より高く見え、顔立ちも日本人ではなくヨーロッパなどで見かけるようなジェントルマンである。


 そして今その男が問題点となっていた。男の凛々しい顔はその場に倒れているナーシェを射抜いている。躊躇や戸惑いなどという感情は浩介に一切伝わってこない。

 それを証明するかのようにナーシェの血が付着した細身の剣が、男の意志で再び振りかぶられた。


「させるかっ!」


 この現状についていけてないのか、浩介に向け乱射していた銃弾の嵐はぴたりと止み、囲んでいた男達は自らの任務を忘れ唖然としている。浩介が瓦礫から飛び出しナーシェを殺そうとしている男にエネルギーガンを放つのは容易なことだった。


 寸分の狂い無く放たれた光線に気付いた男は、振りかぶった剣の軌道を変える。


 男が剣を振り下ろすと同時に浩介が放った攻撃は、バチバチという音と同時に分散して消えた。


「………ッ!」


 浩介もこれで倒せると思っていないが、それでもあっさり無効化されたことで表情は険しくなる。


 ナーシェを助けるには無精髭の男をその場から退かすしかない。


 しかし銃は無効化される可能性が高く、自分一人でどうにかできる可能性も皆無である。


 それでも浩介は男に向かって走った。ただナーシェを助けたいという一心が、考えを上回ったのだ。


「ロージ、行け」

「はい」


 グランの言葉で長髪の男はその場から消えた。


 簡易転送装置を利用し、狙う相手は勿論浩介である。


 走り続ける浩介の三メートル先に現れたロージは、剣の柄のような短めの棒を握り、それに魔力を込める。すると柄の先からワイヤーのようなものが出現し、それは五メートルはあろうかという長さにまで伸びた。


 それはれっきとした武器。鞭の一種で魔力を介して自由自在に扱える優れものであるが、完璧に使いこなすにはかなりの集中力を要する為、戦乱の続くバラリアでもそれを使う者は極僅かである。


 それを知らない浩介でも、リーチの長さと攻撃パターンの予想も出来ない未知なる武器に全神経を研ぎ澄まさねばならなかった。


 ロージが割って入った事により、無精髭の男は再びナーシェに止めを刺そうとする。それだけは何としても止めなければいけない。


 ロージの初撃を躱すことが出来ればまだ希望はあると、浩介は全てを賭けた。


 そしてロージが鞭を持つ右手を振り上げる。


「オラァァッ!!」


 刹那、横から現れた男の強烈な拳がロージに向かう。咄嗟に鞭の柄でガードするが、その力はロージを浩介の前から退かすには充分だった。


「ジョー!!」

「行け!!」


 ジョスライは頷く浩介を見送り、僅かながら驚くロージと対峙した。





「う、撃て! 高崎を狙え!!」


 咄嗟に戦闘員の一人がそう叫び、任務を忘れていた他の面々も我に返り銃を浩介に向ける。


「ぐぁぁっ!」

「ヒィッ!!」

「うわぁぁ!」


 銃を構えた戦闘員の後方から次々と悲鳴が上がる。その異常さ故に男達の視線は浩介から外れた。


「フンッ! 手応えの無い奴らだ」


 槍を振り回すドルゴは、戦闘員の数に気落ちすることなく叩き斬っていった。


 普段なら楽しそうに槍を振るうドルゴも、ナーシェの状態とバラリアの戦力も知っているので一切の手加減をすることなく、至って真剣な表情で戦闘員を蹴散らしていった。


「ドルゴ……」


 その様子を見た浩介は、その先にいる男に顔を向けた。


 ナーシェを後回しにすることを決断した無精髭の男は、近付いてくる浩介に狙いを定め剣を構える。


 その構えを素人である浩介が見ても、研究所で闘った赤髪の男、カイザーの比にならない程熟練されていると分かる。

 隙の無さ。力だけに頼らないであろうバランス感。ロージ同様読めない攻撃手段。


 ナーシェが直ぐ其処に倒れている中で浩介の焦りは高まっていった。


 ――しかし。


「邪魔はさせません!」


 転送によって無精髭の目の前に現れたのは、両手に少し短めの剣を持ったカイである。


 カイは小さな動作だけで男に素早く剣を振るった。それを剣で受け止めた無精髭の男に、もう一方の剣を振るう。


 受け止めたカイの剣を力で弾くと、男は後ろへ回避する。


 双剣で素早い攻撃を繰り出すカイも流石だと思えるが、不意をつくように現れたのにも拘わらずその攻撃をいとも簡単に防いだ無精髭の男の実力も相当なものである。


「早くナーシェさんを!!」


 兎にも角にも男をその場から退かす事ができたカイは、それだけ言うと再び双剣を構え男を警戒する。


 カイもナーシェを心配する気持ちが強いのだが、それを我慢してまで浩介に委ねた。今この男を止められるのは自分しかいないと分かっているからだ。

 そんなカイに感謝しつつ、浩介は無事ナーシェの元へ辿り着くことができた。


「ナーシェ。おい、ナーシェ!!」


 その場に膝を付き、倒れたナーシェを仰向けにさせるとナーシェの顔を両手で包み、自分の膝の上へ乗せる。


「おい、返事しろ! ナーシェ!!」


 腹部から大量の出血。息をしているので死んではいないがそれも時間の問題だと直感する。


 浩介はネックウォーマーをナーシェの傷口に強く押し当て止血を試みる。押し当てる浩介の手はすぐに溢れ出る血で染まっていく。


 もう片方の手で通信機を取り出し、フィーガルへ呼び出しを入れた。


「ロゼ! 今すぐナーシェと愛理をフィーガルへ転送しろ!!」

『今急いでやってるっ!! もうちょっと堪えて!』


 返ってきたのは大きく早口なロゼの声。その口調からはかなり焦っていると思えた。


 これ以上ロゼと交わす言葉は今のところ無い。余計焦らせても逆効果だと思えた浩介はそのまま通信を切った。


「コウ……ちゃん………」


 その時、弱々しくナーシェが口を開き浩介を呼んだ。


「ナーシェ、大丈夫か!?」


 心配そうな顔を向ける浩介に満足するかのように、ナーシェは僅かに微笑む。


「ちょっと………油断、しちゃ……った……」

「すぐフィーガルへ転送させる。心配はいらない」


 ナーシェを安心させようと浩介も落ち着いた口調で微笑んだ。


「ごめん、ね。こんな……はずじゃ………なかったん、だけど………」

「……それについてはまた今度聞く。今は何も言わなくていい」


 浩介はナーシェの背中と脚に腕を回しそのまま持ち上げた。あまり動かしたくはないが、この場で悠長に転送を待つのも不安がある。


 ナーシェを抱えた浩介は、近くに隠れている愛理の元へ運びその場に寝かせた。


「白木。悪いが傷口を押さえといてくれるか?」


 何も知らない愛理もただ動揺しているだけだったが、浩介の言葉にはしっかりと頷いた。


「それと、もう少ししたらもっと混乱するような出来事が起きるが、慌てず行動してくれ。今頼りに出来るのは白木しかいないんだ」


 その言葉にもしっかりと頷く。


「よし」


 浩介は愛理の頭を撫でると、スッと立ち上がった。


「あんたの周到なやり方には脱帽したよ。知ってたんだな、ナーシェ達のことを」


 その言葉はゆっくり接近していたグランに向けられていた。


 一方のグランも浩介に気配を掴まれていることに気付いていたので、ただ笑みを浮かべるだけだった。


「最初からね。彼女達は気付かれていないと思っていたみたいだけど、この星に着く前に情報は届いていたよ」

「はっ! 俺の考えは骨折り損だった訳か」


 どれだけナーシェ達の存在に気付かれないよう行動を考えてきたか、と振り返った浩介はその愚かさに失笑するしかなかった。


「どんな考えをしていたのか是非聞きたいところだな」

「どうやってあんたを殺すか考えてたんだよ」

「おお、怖い。それで、出来そうかな?」

「殺すさ。――絶対に」


 浩介の顔から笑みが消えた。


「悪いけど、今の俺には君と遊んでいる暇はないんだよ。もう一つやらなければならない任務があるんでね」

「依頼屋でも潰しに行くのか?」

「……鋭いねぇ。確かに依頼屋潰しは今夜から決行だ。だが残念。そっちは違うヤツらに任せてあるから、俺は違う目的になる」


 グランはそう言うと、視線を浩介の後ろへと向けた。


「ッ!!」


 後ろには勿論ナーシェと愛理がいる。ナーシェを殺すことが目的だと思った浩介はグランを警戒しながら後ろへと意識を向けた。


 しかし、そこには淡い光に包まれた二人がいて、その姿は一瞬で消えていった。


――転送が完了したか。


 それは確かに転送の光だった。ひと先ず安堵した浩介は視線をグランへと向けた。これでヤツの目的も果たせない、と心の中で思いながらも、グランは依然笑みを浮かべ焦っている様子もないことから疑問符を打つ。


「ナーシェに関して、って訳じゃなさそうだな?」

「ああ違うね。如何に相手が“不落の策士”であっても戦力はこちらの方が上。今すぐどうこうする相手じゃないんだよ」

「不落の策士………?」

「聞いてないのかい? そう呼ばれているんだよ、彼女。こちらとしても数々の部隊が彼女によって犠牲になったから結構有名だ」

「へぇ、それであんたらも警戒してたのか」

「……わかるのかい?」

「当然だろ。たかだか俺ひとりに主戦力三人も必要ないからな。それに“こっち”の軍も利用するほど準備周到。それもこれもナーシェを恐れての戦略だろ」

「否定はしない。彼女は頭が良いし、能力も高い。だから彼女の読みが届かない方法を取らせてもらった」

「悪いが俺はあんたを此処で殺すつもりでいる」


 浩介はエネルギーガンを強く握り締める。


「確かにこの惑星のレベルから考えれば君は強い。あのジジイもそうだった」


 グランの言葉に浩介はピクリと反応する。


「………マスターか?」

「よくは知らないが、多分その人だろう。あの人も強かったよ。危うく負けるところだった」


 そこで浩介はやはり死んだのはマスターだったと理解し、唇を噛み締めた。


 良き理解者と、落ち着ける場所を自分のせいで失った責任が浩介に重くのし掛かり、次第にそれは憎悪に変わっていく。


「俺が仇を取る」


 呟いた浩介はグランを睨み付けた。


 一度はグランを追い詰めたことのある浩介からしてみれば、他の奴らより幾分戦い易い。それはグランも知っている筈だが、彼に焦る様子は全く無い。


「あの時の俺と同じだと思わないほうがいい。君を倒すのは今の俺には簡単だ」

「今度は武器でも持ってきたのか?」


 浩介の的外れな言葉でグランは余裕の笑みを見せた。


「俺の強みはそこじゃない。少し見せてやろう、異界の壁を」


 グランは浩介に向かって手の平を向けた。


「同じ攻撃が通用すると思うなよ!!」


 学園で経験した魔力の放出。あの時と何も変わっていない攻撃パターンに、浩介は躱すのを止め先手必勝の考えで一気に距離を詰めようとした。


「あの時と同じだと、思ったかい?」


 グランから放たれたのは魔力――ではなかった。


 それよりも強力な力は浩介を包み込み、圧力さえ感じる衝撃で十メートルは弾き飛ばされた。


 瞬時に受け身をとった浩介は、その衝撃で咳き込みながらも顔を上げた。


「ゴホッ、ゴホッ……な、なんだ、今のは……?」

「今のはただ弾き飛ばしただけだよ。次は……殺す!」

「――ッ!!」


 グランの声が聞こえたのは例の如く浩介のすぐ背後。


 振り返るよりも早く地面を転がりながら回避した浩介はそのままの勢いで立ち上がる。


 そして浩介の頬には一筋の切り傷が付けられ、そこから赤い血が伝っていく。


 グランは繰り出したのは手刀だった。体勢を戻したグランは視線を浩介に向け口元を緩めた。


――何かがおかしい……


 いくら強烈な手刀を繰り出したといっても、付けられた傷はまるで鋭利なナイフで切られたような痕筋である。隠し武器を持っているようにも見えず、浩介は疑問と共に流れる血を拭った。


「分からない、という顔をしてるね。だが、君には教えないよ」


 そう言って体勢を低く構えたグランはその場から消えた。

 簡易転送装置を使ったのだろうと浩介は思い、いつもながら後方へ意識を集める。


 だが――


「――!!!」


 グランは低い体勢のまま浩介の懐へ現れ、それと同時に手刀を繰り出した。


 咄嗟に体を捻ることで回避した浩介だったが、着ていたコートの裾はそれに間に合わずグランの手刀が貫いていた。


 すぐに反撃へ展開する浩介はそのまま体を回転させながらコートを脱ぎ捨て、それをグランへ覆い被せた後顔を殴り掛かる。が、僅かに一歩遅く、グランは浩介と距離を開けた場所へ、そしてコートはハラリと地面に落ちた。


「そう、それが簡易転送装置の動きなんだかな……」


 グランの行動に驚くこともなく、浩介は小さく呟き自分を納得させた。


 簡易転送装置を使った場合は、今みたいな回避する時でも攻撃する時でも現れた時に僅かな隙が生まれる。それは浩介が経験から知った事実であり、間違いはないと確信があった。


 だが、先程グランが消えた時は現れると同時に手刀を繰り出してきた。有り得ないその速さは簡易転送装置とは別物と考えてもいい。


 浩介がそう判断した時、グランは右腕を振りかぶり勢いよく下ろした。


 魔力を放出しただけなのか、誰かへの合図だったのか、瞬時にその真意を掴むことは出来ない。


 だが浩介の脳は危険だと感覚的に察知し、身体が硬直していく。ヤバイと頭で思っても身体がついてこない。

 その確かな攻撃の片鱗を浩介が垣間見た時には全てが遅かった。


 空気が歪む。


 グランと浩介の間の空気が、まるで蜃気楼を見るかのように歪んでいて、それは紛れもなくグランから浩介へかなりの速さで近付いている。


 それに気付いた時、目の前に迫った“それ”に、硬直した浩介の体が反応出来る筈もなく、反応出来たとしても回避出来るタイミングは最早無い。


 体で受け止めるしかないと覚悟した浩介は顔をしかめながらその時を待った。


 ところが“それ”が浩介に届く瞬間、浩介の目の前に不思議なものが現れた。


 何もない筈の空間に現れたのは白い光だった。その光は魔法陣のような丸い形を形成していて、浩介を守るかのように壁となって展開された。


 ぶつかり合う双方はどちらも退くことはなく、相殺すると同時に空気が弾ける音と爆風を生んだ。


「――クッ!!」


 一番近場にいた浩介は腕で顔を防ぎながら地に足を付け、飛ばされないよう踏ん張るのが精一杯だった。


「……なんだ?」

「大丈夫? コウスケ」


 爆風が止んだ後、状況を整理しようとした浩介に向けられた声はとても幼い少女のものだった。


「セリア……」


 浩介の少し横に立っていたのは黒のロリータファッションに身を包んだセリアだった。

 これが戦闘服なのか、私服の一部なのかはわからないが、初めて見るセリアのその姿は愛しい想いよりも魔法使いのようなしっかりとしたイメージを浩介は抱いた。


 そのイメージとは裏腹に、セリアはトコトコと可愛らしい足取りで浩介に駆け寄った。


「今のはセリアが?」

「うん。間に合って良かった」


 セリアは浩介に微笑み、すぐにグランへと顔を向けた。その眼からは優しさが消え、冷たい視線を放つ。


「ナーシェはあの人が?」

「………ああ。元凶はアイツだ」


 セリアの雰囲気が変わったのを感じながら浩介は答えた。


「そう………」


 セリアはグランに一歩近付く。


「許さない」

「セリア……」


 ナーシェのことを考えればセリアの気持ちもわかる。セリアにしてみればナーシェは母親代わりのような存在である。セリアが感情を露わにするのも致し方ない。


「話はついたかい?」


 セリアの冷たい視線を受け止めながら、グランは微笑みながら口を開いた。


「あなたはわたしが倒す」

「キミの“創造の具現”の能力を使ってかい?」

「――!! 何で知ってるの?」


 セリアは驚いた顔に変わる。


「キミのことは何でも知ってる。さっきのはシールドを創って防いだね。一般的な防御魔法で俺の攻撃を全て防いだのはさすが“具現の力”、と言いたいところだが、その能力からすれば些か勿体無い使い方だ」

「……どういう意味?」

「キミはその力を使いこなせていないということだ。如何に具現の力があろうと、創造の力がなければ宝の持ち腐れに過ぎない。今のキミに俺は倒せない」

「それでもナーシェを傷付けたのは許さない。あなたは倒す!」


 セリアの頭上には幾つもの氷の刃が現れる。その数は二十にも及び長さは一メートルある。グランの逃げ道を奪う程の光景に浩介は言葉を失う。


 しかしグランに動揺はない。


「アイスエッジ……確かにその数は魔法の比ではないが、創造というには程遠い」

「うるさい」


 セリアがグランへ指差すと同時に氷の刃は一斉に動いた。


「それはキミの本当の力じゃないよ」


 全く動かないグランを見て、勝負あったと言いたかった。浩介がグランの立場だったら為す術なくそう思っただろう。


 だが現実は受け入れなければならない。


 氷の刃がグランに当たると思った時、鋭い先端は見る見るうちに砕け散りあっという間に二十本あった氷の刃が粉砕されたのだ。


 氷の欠片となって煌びやかに落ちてくるその様をセリアは唖然と眺める。


「ん……もう一回!」

「無駄だよ。本来の使い方を知らないキミは弱い。そんなんだからキミはナーシェに戦力として見てもらえないんだ」


 その言葉はセリアの心に動揺を与えた。


「そ、そんなことない! ナーシェはいつでも一緒にいてくれた! 任務にも連れて行ってくれた!」

「それはキミに別の使い方があったからじゃないのか? “創造の具現”の能力は使い勝手がいいからねぇ」

「そんなこと――」

「ないと言い切れるかい? 困ったことがあったらキミの能力に頼ったことも何度かあるだろう?」

「それは………」

「キミも知っている筈だ。ナーシェ・バレンシアが何と呼ばれているか?」

「……不落の、策士……」

「そう。キミは彼女に上手く操られているだけだ。都合の良い駒として、自分の盾として、利用すべき時に利用されているだけだ」

「ちがうちがうちがうッ!!!」


 頭で否定はするものの、清らかでまだ未熟な心を乱された影響は大きくセリアの目から涙が零れ落ちる。


「違わないさ! そうでなければキミと一緒にいる理由が無いんだよ。ナーシェ・バレンシアはそういう女だ!!」

「う、あ………アァ………」


 ポロポロと涙を零し、ついにセリアは膝を付いた。


 そのやり取りに口を挟めなかった浩介は、顔をしかめながらセリアに歩み寄った。


「セリア! ナーシェはそんな人じゃない!! それはお前がよく知っている筈だ!!」


 肩に手を掛けようとした時、震えるセリアがピクリと反応した。


 そして――


「イヤァァァァァーーー!!!」


 セリアから発せられた悲鳴。そして何もかも拒絶するかのようにセリアの周囲に具現する衝撃波が浩介を吹き飛ばした。


「――クッ!!」


 体勢を整えながら着地した浩介はすぐセリアに顔を向けた。


 セリアを守るかのような歪な黒い靄が周囲を包み、とても近付ける状態ではない。




「セリアッ!! 全てはそいつの虚言だ! 冷静になれ!!」

「あァァ………」


 浩介の声が届いている気配はなく、セリアはただ泣くだけだった。


 そしてそのセリアへとグランは歩み寄って行った。


「お前の声はもうこの子には届かない」

「――ッ! お前は何がしたい!?」

「この子に現実を教えただけだ」

「それが現実だって言いたいのか!?」

「ふん、知らんな。俺には全く興味無い話だ」


 グランは黒い靄の手前で立ち止まると、セリアに向けて手を翳した。


「お前ッ!!」


 グランの行動を見た浩介は慌てて駆け出すが、次第に靄が晴れていき、その場には倒れたセリアの姿だけがあった。


 意識の無いセリアを肩に抱えたグランは浩介に微笑みの顔を向ける。


「とりあえず俺の目的は果たされた。後は適当に頑張ってくれ」


 そう言うとグランはセリアと共に光に包まれた。


 転送する時の光だと直感した浩介は走りながら強く拳を握り締めた。


「セリアァァァ!!」


 大きく叫んだその声は転送されると同時に儚く消えていき、意識を失ったセリアに届く事はなかった。


 その場に佇んだ浩介は、転送された空間をただ眺めた。


「セリア………」

「まあ終わったことは気にするな。もう手遅れだ」

 浩介に声を掛けたのは、他でもない折町だった。


「………」


 しかし浩介がその言葉に返事を返すことはなく、今まで以上に鋭い睨みを利かすだけだった。



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