積み重なる策略2
緒方祥三の死は報道よりいち早く依頼屋組織に伝わっていた。それは緒方亮二の指示によって送られた三人の戦闘員からの情報からであった。
そしてそれは依頼屋組織を騒然とさせ、さらなる決意を高めさせた。
それ程、緒方祥三が依頼屋として貢献し続け、誰もが認める人物として認識されていたのである。
「もう私たちに猶予はない。こちらから攻めに出る時が来た。皆もそのつもりでいてくれ」
依頼屋本部のビルの一室。大きな会議室に集まった大勢の前で緒方亮二はそう言い放った。
その顔に笑顔は無く、時には憎悪の感情も見て取れる。それが伝わっているのか百名を優に越す面々に動揺や困惑する者は少なく、今は緒方亮二の話を聞き入っている。
異世界人との全面戦争、という結論は前々から計画されていたものではあるが、それを決断させたのはやはり弟、緒方祥三の死を知らされた兄、緒方亮二の個人的感情も入っている。その個人的感情で踏み切ったとしても、祥三の功績と依頼屋がつくられた意味を知っている仲間からは特に不満の声はあがらない。
ついにこの日が来た――という心境で二代目社長、緒方亮二の言葉を待つばかりであった。
「我々に残された道はひとつしかない。異世界人の抹殺だ。そして今の腐った政府を潰し、新たな日本を築き上げる。その為には死闘は免れないだろう。だから今一度考えて欲しい。命をかけて依頼屋組織に残るかどうかを」
そこで緒方は間を空けた。
戦うのは飽くまで実行部隊であり、その実行部隊は今各地にある支部の援護に繰り出されている為、この場に残っている実行部隊は少ない。だが、本部が襲われた場合実行部隊でなくとも危険が纏うのだ。
戦いたくない者、家庭がある者、そんな者達を考慮したからこその問いであった。
出来れば全員に残ってほしいと願うものの、それは現実的に叶わないだろうとわかっている。誰しも自分の命が大事であり、守るべき者がいれば尚更である。
実際のところ、証拠を隠滅させる処理班や受付や経理、電話対応を任される事務班は、今回しなければならない仕事もないので解散に近い。戦える力がない中、命の危険があると知れば大半が逃げるだろう。
それでも残ってくれるなら、と緒方は期待を持っていた。
戦えはしなくても、実行部のサポート、つまりは情報の把握や敵の動きの報告を担ってくれるだけでもかなり助かるのだ。
だが、そんな直ぐには判断出来ない組織のメンバーは近場の人と言葉を交わし始め、会議室は徐々にガヤガヤと沸き立つ。
そんな騒然とする空気を緒方が止める。
「皆静かに! 何も今すぐ答えをだして欲しいわけじゃない。決行は明日以降だ。もし残ってくれるなら明日、この時間、この場所に集まってくれ。強制はしない。出て行く者も間違い無くいるだろう。内密な事が多い依頼屋組織は皆としても辛かったと思う。そんな中、今まで着いてきてくれたことを感謝している」
緒方は深々と頭を下げ、その気持ちを伝えた。
「では、解散してくれ」
そして頭を上げた緒方は穏やかな表情でそう告げた。
「吉と出るか、凶と出るか、勝負時だな」
その場を去っていく組織の人達を見つめながら小さく呟く。隣に座る秘書、中村ひかりにも伝わったらしく、彼女も小さく呟いた。
「……そうですね」
そして真剣な目を前方に向ける緒方に軽く微笑んだ。
セリアの持つ能力、“創造の具現”はある程度の形、性質、構造、機能など、セリアが認知しているものしか具現出来ない。つまりはノートパソコンを出してくれ、と頼んでもそれを見たこともなければ構造、機能なども知らない為、想像も出来ないセリアがそれを具現することは不可能なのだ。こういうものだ、と口で説明すればセリアが“そのように想像した物”は出せるが、恐らくあちこちで欠陥が見つかるだろう。
浩介の煙草を正確に具現出来たのは、実際に見て触り、浩介が吸っていた姿を眺めていたその過程で、ある程度の機能、性質などは掴んでいたからである。ニコチンやタールなど、全てを知らなくても難しい構造でない限りそれに見合ったものが自動修正される。セリアの育った星でも多少は違えど煙草と同じものが流通していた為に出来た自動修正でもあるのだ。
つまり地球より最先端の技術を持っている星で生まれたセリアに、この地球での技術で生まれたノートパソコン、主に電化製品などの物は全く違うものが使われ、違う構造になっているので自動修正はかからないのである。
それにセリアが想像出来るものであっても、セリアが具現できる限界もある。例えば巨大な炎は出せても太陽は出せない、といったように人知を超えるものはセリアの能力をもってしても不可能であった。
それを知った浩介は、戦闘になった場合セリアの可能な行動をフィーガルの中で出来るものは実演してもらい、出来ないものは詳しく話を聞いた。
それはセリアだけでなく、全員の力を把握したかった浩介は雑談を交えながら確かめ、その和気あいあいとした雰囲気のお陰で交流を深めながらも異界の者の実力を知ることが出来たのである。
その中で確証出来たのは如何に異界の者といえど、メインとなる戦力は武器と己の肉体のみだった。
身体能力はやはり高い。だがそれも一般の人と比べた場合だ。その動きは浩介の推測していた枠を超えることはなく、自分と比べても大差ないと思えていた。そして戦力となる方法でいえば彼らの星でも武器と魔法の割合は五分五分であり、こちらは思ったより武器の割合が高いと考え直す。
話を聞く限り、ナーシェ達の星でも戦闘になれば魔法を頻繁に使う戦い方はあまりしないとのことだ。
そしてこの地球には魔力を具現出来る要素が無いため、その方法はやはり武器に頼るしか他ならない。
身体能力はそこそこ。魔法は除外して残ったものは武器の性質。それもバラリアのヤツらと大差ないだろう、と考えれば間違い無く勝てるという保証はどこにもなかった。
――ならば優劣をつけるのは互いの策略か……
どこまで相手の先を読めるかが鍵となる状況に、浩介は小さく溜め息を吐いた。
「どうかしたんですか? 溜め息なんてついて……」
その行為を見たカイは首を傾げ浩介を見る。
少し前までは警戒していたカイも、今は自分から浩介に話し掛けるまでに心を開いてくれている。
こんなに懐かれやすい性格だったか? と頭をよぎりながら浩介は苦笑する。
「いや、なんでもない。それよりヤツらが何人ぐらい地球に来ているか知ってるか?」
「そこまでの情報はないですが、フィーガル程の宇宙船と聞いてるので多くても十人程度じゃないでしょうか?」
「十人、か……。まあ妥当な数だわな」
浩介は納得したようにお茶を啜る。
「それで? これからどうするの?」
セリアが出す創造の具現の能力で注文し続けて遊んでいたナーシェが口を開いた。その光景をチラッと横目で確認し、呆れたように笑みをつくる。
「さっきは格好いいこと言ったが、実は何もする事がない。ここで鍛錬しながら時が来るのを待つだけだ」
事実、ヤツらのいる場所も知らなければ、敵対関係だと予想している依頼屋の本部も知らない。魔力を感知するか、世の中の流れの変化があるまで動きたくても動けないのが現状である。
それでもナーシェは不服な顔に変わる。
「えー、勿体ないよぉ。………ねぇコウちゃん、デートしよう!」
「………は?」
満面の笑みで言ってきたナーシェに、浩介はただその一言を返すのが精一杯だった。
「だから、デートしよう! もちろん街に出てだよ」
疑問の言葉を聞いたナーシェは場所を付け加え再び言い直した。
「いや、俺は顔が知られているからそれは面倒事を増やすだけだ。それにナーシェもその髪の色じゃ目立つだろ」
「帽子で隠せば問題ないよ! コウちゃんだって少し顔を隠せば大丈夫、バレないって!!」
「そういう問題か?」
「ねぇーいこーよー! 案内してよー!」
ついには肩を揺らしてくるナーシェに手のつけようがない浩介は助けを求めるべく、他の仲間に視線を送る。しかし皆は苦笑いをうかべながら哀れな目で浩介を見ていた。その意味を今の浩介が知ることは出来なかった。
「わ、わかった。わかったからやめてくれ」
エスカレートしていく揺さぶりを止める術は納得することだけであった。
「じゃあ、いこ!!」
浩介の肩から手を離し、満面の笑みを浮かべる。そんなナーシェの様子に苦笑いで応える。
「そんなに長居はしないからな。軽く見て回るだけだぞ」
「わかってるよ」
その後、準備を終えた二人はナーシェの期待通り街へとくり出すのだった。
「バレないものだな……」
街を歩く二人に怪しげな視線を注ぐ者はいなかった。
ニット帽を被り、ネックウォーマーで鼻から下を隠す浩介と、同じく色違いのニット帽とネックウォーマーを着けるナーシェ。所謂ペアルックで颯爽と歩く二人は誰がどう見ても恋人同士という認識であった。
「寒いからこの格好でも違和感ないし、怪しい行動をとらない限りバレないと思うよ」
先程買ったクレープをかじりながらそう言ったナーシェに、浩介はテイクアウトしたコーヒーを一口飲み頷く。
十一月に入ってから例年を下回る寒さの気温に浩介は少なからず感謝をする。周りを見ても同じ様な格好をしている人は多い。それも怪しまれない要因の一つでもあったのだ。
「まあしかし、そう考えれば指名手配犯を捕まえるのも難しいことだな」
浩介はあくまで他人事のように苦笑する。
「何らかのきっかけがないと気付けないもんねぇ」
「そのきっかけを作るのがこういった行動なんだがな」
浩介は苦笑いを含めそう言った。とはいえナーシェに対しての嫌みなどはなく、確率を含めた結果的な事象、という意味で言ったのだ。それを浩介の表情で感じ取ったナーシェは申し訳なさそうに笑みをつくる。
「ごめんね。今を逃せばこの機会はもう無いと思ったから」
「いいさ。何か話があったんだろ? まあ、予想はつくが……」
ナーシェがデートという口実をつくってまで必要以上に誘ってきたのには理由があると思っていた。“全てを終わらせる”ことが出来ればそれからいくらでもこの機会はつくれるのだが、先程のナーシェの言葉から推測するにそれは絶対の確証があるわけではない。勿論それは浩介も思っていることで、この先の出来事など良くも悪くも確証付けることなど出来ないと分かっている。
ナーシェは複雑な表情に変わり、暫く間を空けてから口を開いた。
「そうだよね。コウちゃんも知っているよね。いくらわたし達が来たからって、絶対この星が平和になるという保証はないってこと。それにわたし達もそうだけど、最悪この星の人も――」
「いつになく弱気な発言だな、ナーシェ。それを考えていっても答えはでないぞ」
あくまでいつも通りの冷静な口調でそう言いナーシェを見る。ナーシェは沈んだ気持ちを立て直せる筈もなく浩介の視線を受け止める。
「……でもそれが事実だよ」
「そうだ。それが事実だ。じゃあ何を迷う必要がある? 誰も死なせず全てが終わる……そんな綺麗事では終わらない。必ず死人は出る。それが多いか少ないかは運命次第だ」
素っ気なく答える浩介に対し、ナーシェは少し寂しい心境に陥る。
「サバサバしてるね……」
「性分だな」
「“そういった事”に関してはわたし達のほうが慣れてる筈なのに、コウちゃんは平気なんだね。……わたしが死んでも、そうなのかな?」
勝てる確証がないということは、自分が死なないという確証もないということだ。浩介に協力すると言った以上それすら覚悟はしているが、その覚悟を決めたきっかけの相手が自分の死に対してなんの感情も抱かなければそれは悲しさしか残らない。
哀の表情を向けられた浩介はその気まずさから頬を掻く。
「変なことを言うな。俺だって悲しいものは悲しいさ。ナーシェだろうが他の仲間だろうが死なせたくはない。だからそうならないように策を考えてる。………だが、それは俺がどうにか出来る範囲内でしかない。それ以外は助けたくても助けられないんだ。“そっち”の抗争だってそうだろ?」
浩介にはナーシェ達の星がどのような戦争をしているのかは知らないが、争い事の原理は一緒なのだ。人数の少ない争いなら別だが、それなりの勢力同士の争いであれば浩介の言い分は間違いではなく、実際起こり得る事象である。
「………うん、そうだね」
それは身にしみて知っているナーシェも小さくそう口にする。
「だから常に覚悟しとかなければいけない。俺達は――いや、俺はもうその道を進むしかないから」
死ぬまでな、と付け加えた浩介は諦めに近い苦笑が漏れる。
例えどんなに苦しく、過酷な戦況になろうが浩介に逃げる道など一切残されていない。“俺達”を“俺”と言い直したのは、最悪ナーシェ達は自分の星へ帰還させるという道があるからだった。
協力すると言ってきたナーシェ達には感謝に尽きるが、それを強制することもしたくなければ、なにも一緒に心中する必要もない。最悪の結果になればナーシェ達は帰そうと心に決めていたのだ。
しかしその言葉でナーシェの寂しい気持ちに拍車が掛かる。その沈むようなナーシェを見た浩介は小さく溜め息を吐いた。
「悪い。この話はやめよう。せっかくのデートなんだから楽しく行こうナーシェ。もうなるようにしかならないんだから」
無理矢理明るく振る舞う浩介はナーシェの頭をポンポンと軽く叩く。それに感化されたナーシェも無理矢理笑顔をつくった。
「うん、そうだね! じゃあ次は――」
「ちょっと君達、少しいいかな?」
ナーシェの言葉を遮り、後ろから呼び止められた二人は同時に後ろを振り返った。
自転車から降り、見慣れた服装を纏った二人の男性は足を止めた浩介達に素早く近付いていく。
帽子を被り、胸元には無線機が取り付けられ腰元には拳銃が収められている。一人の男は浩介の前で止まり、もう一人は一歩後ろで無線機を手に持ち警戒している。
「言ったそばからこれかよ……」
思わず本音が漏れる。
目の前にいる二人の男、街を巡回する警察官に呼び止められた浩介は内心盛大な溜め息をついた。
「ちょっとお話聞いてもいいかな?」
指名手配されている浩介の情報は目の前にいる警官も当然のように知っていた。巡回中に似たような人物を見つけ、まだ確証は無いため“お話”という姿勢をとってくる警官に浩介はどうしたものかと頭を悩ませる。
「ちょっと急いでいるんですが……」
「そんなに時間は取らないから」
これで躱せるほど甘くはなかった。
「何の確認ですか?」
「今指名手配されてる人に感じが似ていたものだからちょっとお話をと思ってね。よければそのマフラーを取ってくれないかな?」
ここで顔を見せれば間違い無くバレる。浩介は最悪の展開を思い浮かべた。
「寒いんでちょっとでいいですか?」
「ああ、かまわないよ。あと身分証も見せて」
「身分証は持ってないんですけど」
「君、学生?」
「学生ですよ」
「学校は?」
「サボりました」
「感心しないな。ちゃんと行かないと」
「色々事情がありまして」
「その事情も含めて話してくれるかな? あ、その前に顔見せて」
――うざったい……
逃がしてもらえそうにないと確信した浩介はナーシェに何もするなと目で制し、鼻まで隠していたネックウォーマーを下ろした。
その顔を見つめる警官は確信したかのように真剣な顔つきになり、もう一人の警官も無線で何やらやり取りをし始める。
「君、高崎浩介君だよね?」
案の定バレたことに、浩介は不適に笑った。
「そうですよ」
「――っ!!」
その言葉で警官はすぐに動いた。浩介を押さえつけようとする警官の腕を、それより速い反応で掴みあげ後ろに捻る。それを見たもう一人の警官は無線から手を離し腰元の拳銃へと伸ばす。
ここで立場を逆転されるわけにはいかない浩介は掴んでいた警官をその警官へと投げ飛ばし、二人は愛用の自転車を巻き込み激しい音と共に倒れ込んだ。
「逃げるぞ!」
そう言うと同時に浩介は走り出し、遅れることなくナーシェも続く。
残されたのは必死の形相で無線機片手に連絡する者と慌てて自転車を起こそうとしている者。何が起こったのかいまいち理解出来ていない街行く人々。
「……見つけた」
そして今はもう姿が見えなくなった浩介を名残惜しそうに見送り、そう呟いた少女だった。