積み重なる策略1
――痛い……何だこれは? 身体が焼けているようだ
「あ、あぁぁ……ぐっ……つぅぅ……」
全身を駆け巡る痛みが浩介の脳を活性化させる。
徐々に意識が現実へと呼び戻され、その痛みはより激しくなる。
「クッ……な、んだ……これは………」
完全に意識を覚醒させ、目を開けた浩介は掛け布団を叩き落としベッドの上で達磨のように丸まった。
体の外見的に違和感はない。血も出ているわけじゃない。ならばこの痛みはなんだ、と堪えながら思う。
その痛みは身体の内部、腹痛のような感覚が全身から伝わってくる。しかも腹痛で味わえる痛みではない。それこそナイフなどで内蔵をえぐり出されているような痛みだ。
昨日このフィーガルに運び込まれ目を覚ました時とは比較する必要がないほど辛いものがある。
浩介は大量に出てくる汗を拭う余裕もなく、ベッドに置いていた腕時計へ目を向ける。
「……六時……か……」
昨日の夜はちゃんと寝た記憶があるため今は明朝の時間だと理解する。丸一日近く寝ていて夜だという可能性もあるがそれならばナーシェ達が起こしにくるだろうし、今までそこまでの長時間目を覚ますことなく眠り続けた記憶などもない。
――どうするべきか?
ナーシェ達を起こしに行くのは今の状態では無理がある。原因を探ろうともその方法も無ければ、それほど思考能力を持続できる痛みでもない。
今の浩介に出来ることはその痛みにひたすら堪えるだけであった。
そして三十分堪え続けていた時、ゆっくりとその痛みは緩和していった。
ベッドで丸まっていた浩介もゆっくりと体を起こし腰掛けた。
「はあ……はあ……なんだった……?」
額から流れる汗を拭い、浩介はべっとりと濡れたシャツを脱ぐ。身体にまかれた包帯も汗で濡れていたので包帯も取り外した。
そこで初めて体の異変を感じた。
「傷が……塞がってる……」
痛々しい跡はあり完全ではないが、学園で傷が開く前の状態までは左腕の傷も回復している。左腕だけでなく、肩や腹部に受けた拳銃での傷も同じ程度に回復していた。
「……薬のおかげか? ナーシェに聞いてみるか……」
浩介としては嬉しい誤算である。若干の痛みはまだあるがそれも許容範囲だ。
昨日の夜に自分が動けない事を考慮しながらすべきことを考えていたが、それも早めに実行できるだろうと笑みを浮かべた。
そして扉がノックされる。
「コウちゃん、起きてる? 入るよー」
浩介の返答ないままウィーンとスライド式の扉が開き、ナーシェが姿を見せる。
そのナーシェは上半身裸でベッドに腰掛ける浩介を見て一瞬驚きはするものの、その場からみても尋常じゃない汗をかいていることに気付き足早に近付いた。
「ちょっ……大丈夫!? どうした……の……」
近付いたナーシェも浩介の傷が塞がっていることに気付いた。
「――なんで!?」
「その様子じゃ、どうやら普通じゃないらしいな」
薬を塗ればこれが普通、という考えは無くなった。
驚きの顔を向けるナーシェにそう言って微笑む。
「三十分前……いや、もっと前からだろうな。強烈な痛みが俺を襲い治まったあと見てみたらこうなっていた」
「なんで!? あの薬塗っても早くて一週間はかかるのに」
「ナーシェがわからないのに俺が分かるわけないだろう。長くなりそうだが、ロゼに聞いてみるか……」
そう言って浩介は立ち上がり軽くストレッチをする。
「若干痛むが特に問題はない。てなわけで俺も行動に移るとするか」
その後、呆然とするナーシェを我に返らせ、シャワー室のような場所で汗を流してから新しいシャツに着替えた。
そしてコントロールルームで朝食をとりながら、先程の疑問をロゼに尋ねた。
ロゼは食べるのを止め、真剣な表情でありとあらゆる可能性を独り言のように呟きだした。
その結果の返答は「わからない」だった。
主な原因はやはり塗り薬と飲み薬という結果だったが、ナーシェの言った通り普通では有り得ない早さだと全員が口を揃える。
浩介の体内の構成、DNA、もしくは誰しも持っている魔力などを詳しく精密検査をすれば原因はわかるかもしれないと口に出すが、それはこの地球ではなくナーシェ達の星でないと行えないとのことだったので、今は結果オーライということで後回しになった。
朝食を食べ終えた七人は今後の行動を話し合う為、コントロールルームのテーブルを囲むように各々ソファーや椅子に腰掛けた。
その中でロゼはこの地球で使っているテレビやラジオの電波をキャッチし解析すれば今の現状を知ることが出来るかも、ということなのでいつもの場所で一人違う仕事をしていた。
「それで? 俺たちは何をすればいいんだ?」
まず口火を切ったのは兄貴的な存在であるジョスライだった。その顔にはやる気が溢れ、今すぐにでもバラリアの連中を叩き潰してやるという闘争心さえ見える。
浩介は苦笑し、用意されたお茶を啜り、テーブルに置いた。
「今すぐどうこう動くつもりはない。今は情報だけを集める」
「それじゃあ僕達はまだ待機、ということですか?」
カイが割って入る。ロゼが情報を集めているのだから今の所自分達にすべきことはないのかと落胆する。
「そうじゃない。前にも言ったが今の状況で迂闊に動けばヤツらに気付かれる恐れがある。そしてロゼが調べてくれているのはこの地球ではテレビといわれる表向きの情報だ。本当の情報は実際ここにいては手に入らない」
「なら直接街へくり出すんだね?」
「そういうことだ」
若干楽しそうに言葉を発するナーシェ。それは自分の知らない街を体験出来るという楽しみからだ。
それを見た浩介は首を捻る。
「ナーシェは街に出たんじゃないのか?」
「え? 出てないよ。なんで?」
「いや、ならなんで俺を助けれたんだ?」
浩介は街を散策している過程で偶然助けてくれたものだと思っていたのだ。
「そういえばそのあたり詳しく話してなかったね。いい機会だから話しとくね」
「頼む」
「まず、私達が地球の圏内にまで来たとき、とある場所から魔力を感知した。それがあなたの倒れていた近くの建物ね」
「倉谷ノルベール研究所か。あの赤髪のヤツの魔力だな」
浩介は一人納得する。
「私達は今居る場所、近くの森の中なんだけど、ここにフィーガルを停泊させ監視システムを使いあの建物の中を傍受した」
「見てたのか?」
ナーシェは首を横に振る。
「確かに映像も映るけど、建物内までは映せない。音声だけだよ」
「それである程度状況を把握したのか……」
「そう。あなたの名前を知ったのもその時。それで建物から出てくるあなたを映像で見て助けたってわけ」
敵は浩介一人だったあの状況なら名前と姿を一致させるのは簡単だった。
ナーシェは満面の笑みを浮かべていた。
「ならそれを使っていろんな場所の映像を出せばいいんじゃないか? そうすればもっと情報が集まる」
「それは出来ないわよ」
「なぜ?」
言葉のみを発したロゼは、依然カタカタと何かを入力している。そして浩介もロゼの後ろ姿へと目線を移す。
「監視システムも範囲がある。そしてそれはそんなに広くない。映像を映すならその付近にフィーガルを移動させなければいけない。音声も一緒ね」
「……成る程」
「それからこれは違う話になるけど、昨日とある場所で魔力をキャッチしてるわ。昨日あまり触ってないから気付かなかったわ」
「どこで!?」
すぐナーシェが声を上げた。
「地図で出します」
前方の硝子一面がモニターになり、全員が立ち上がり表示されるとある場所の地図を見る。
恐らくナーシェ達が見ても全く分からない場所であるが、浩介はその場所を知っていた。
「もうちょっと拡大できるか?」
「はい」
ロゼが倍率をあげると、より細かな地図がモニターに映る。
そして魔力を感知した場所を示す赤い点滅は、浩介が思った場所とぴったり一致する。
「間違いない……あの喫茶店だ。だがなぜ――俺を捜しているのか!」
そこで魔力が感知されたとなると間違いなくヤツらがその場所で力を使ったことになる。
浩介を捜している中で喫茶店の情報を掴み、マスターか仲間かは分からないが一悶着あったということになる。
「悪いがこれは俺が行く。近くまで転送してくれないか?」
そう考えればいてもたってもいられなかった。
浩介は素早くジャケットを羽織り、銃を腰元へ差し込み、黒剣を布でくるみながらナーシェに言った。
その浩介を見たナーシェも頷く。
「悪いけど、それはやめておいたほうがいいかもね」
しかしその行動をロゼが止めた。
振り向いた浩介を確認したロゼは、キーボードの役割をしている手元の画面をポンと押した。
地図を映していたモニターには原稿を読む女性が映し出される。それはまさに何日振りかに見るテレビの光景であった。
『―――で起きた虐殺事件の容疑者、高崎浩介の行方はまだ掴めておらず、警察も必死の捜査を続けています。未成年ながら指名手配されている彼もまたかなりの傷を負っているものと見ており、警察では何者かの協力が―――』
「そうきたか……」
浩介は思わず舌打ちをする。何かしらの処置は行われると予想していた浩介でも、ここまでされれば流石に姿を晒すわけにはいかない。それこそ迂闊な行動となるからだ。
浩介は暫く考え、ソファーに腰掛け煙草をくわえた。
「ジョー、俺の代わりに行ってもらっていいか?」
そこで一つの判断をした。
ジョーというのはジョスライのあだ名であり、言いにくいからという理由で浩介が勝手に付けたものだ。
「俺でいいのか?」
「それに関してはジョーが一番上手そうだからな」
「ごもっともだ。それじゃあ行ってくる」
ジョスライは笑いながらそう返した。
「何か連絡手段はあるか?」
「そりゃ大丈夫だ。この通信機を持ってるからな」
そう言ってポケットから五センチ四方の小型の機械を見せる。
「音声だけだが、フィーガルを通じて居場所も分かるし、そっちからも常時通信出来る。この世界では馴染み無い物になるから人前ではあまり喋れないがな」
「わかった。状況だけ掴んでくれればそれでいいからな」
「了解。ロゼ、頼む」
ロゼは頷くと、喫茶店の近くで人のいない場所を検索し転送を開始した。
コントロールルームの中央に移動したジョスライは淡い光に包まれ、光が強くなったと思った瞬間その姿を消した。
「実際見ると、凄いな」
初めて転送を見た浩介はそれだけ呟き、モニターに顔を移した。
約一時間でジョスライの仕事は終わった。
結果として得るものは僅かであり、殆ど無駄足といえるものであった。
警察が警備していたため中までは入れなかったが、外から見るだけでも内部は荒れ果て、喫茶店として見る影もなかった。
ジョスライとしてもかなり壮絶な戦いがあったのだろうと口に出したが、浩介の中でその過程はどうでも良かった。
――死者一名
それが浩介を悩ませる問題である。
ジョスライも野次馬から得た情報なだけに実際に見たわけではない。
バラリアの一人ならいいのだが、実力からして考え難い。ということは喫茶店に集まっていた仲間の一人か、マスターという可能性が高かった。
仲間が集まっていたことも定かではないし、何より死者が一人という点で仲間の可能性も低いと思われる。
そう考えればマスターではないか、という思考にたどり着いた浩介の不安は奇しくも当たりを引いたのだった。
「ロゼはそのままニュースに気を配っといてくれ。もしかしたらその情報が流れるかもしれない」
「……わかったわ」
浩介はドサッとソファーに座り煙草に火を付けた。
ヤツらがそこまでして一つの喫茶店に行ったのは自分を捜していたのではないか、と推測していた。もしくは仲間を捜していたとも考えられるが、脅威に思われているのは仲間ではなく自分だろうと自覚しているからだ。
何も知らない一般人がいる研究所を襲う決意をしたのも、必ず警察がやってくると確信があったからである。
研究所の秘密が暴露されればヤツらであろうと焦り、何かしらの行動を取る。その隙を狙えば勝機はある。――そう思っていた。
だが現実はそう予想通りにいかないものだ。
大きな予想外を体感した浩介は心からそう思った。そしてその行動が今となっては悪い結果を生み出している。
「くそっ!」
その憤りを浩介はソファーの肘掛けを叩くことで露わにした。
「どうするんだ? 今すぐ復讐しに行くか? お前の作戦と矛盾するが、行くなら行くぜ」
その浩介の憤りを真摯に受け止め、お前のやりたいようにやれとジョスライは意志を見せる。
浩介はその言葉に苦笑する。
「それで終わらせられるならそうするさ。だがそれは無理だ。ヤツらを消すのは今じゃない。いずれ完膚無きまでに叩き潰してやるさ」
その眼は殺意に満ちていた。初めて見る浩介のその感情に全員が寒気を感じた。
「………じゃあ、どうするの?」
その重苦しい雰囲気の中、ナーシェが浩介に聞いた。
浩介も目を瞑り策を練る。
いきなりヤツらを正面から追い詰めようとしても勝てる保証はどこにもない。むしろあちらは長い期間をかけて纏めた味方がいる。勝てる保証どころか何も出来ずに終わる可能性すらあるのだ。
ならばその味方から潰していったほうが勝算はできる。しかしそれに時間を費やせばその間に計画を実行される恐れもある。
ではその要因となる殺戮兵器を潰してしまえばいいのではないかと考えるが、その場所もわからなければ、それだけで地球が安全というわけでもない。それは一つの理想的な戦略であり、浩介の予想通り最悪な結果はヤツらの戦艦での攻撃、またはバラリアの援軍を呼ばれることである。
そこで浩介は深く考える。
――戦艦で攻撃? 報告されて援軍? その心配はどこから来てる?
それは正に奴らが異世界人というところからである。
確かに力は持っているが、浩介としてはそれを一番懸念しているわけではない。
――それを潰せば最大の心配は無くなる。あとはそのタイミングか……
浩介はそこで顔を上げ、ナーシェを見る。
「ナーシェ。このフィーガルに攻撃手段はあるよな?」
「え? 勿論搭載されてるよ」
「通信機はどこまで通じる?」
「この星の圏内なら通じるよ」
「バラリアの戦艦がどこに停泊してるかわかるか?」
「……時間はかかるけど、探索システムを使えばわかるかもしれない。どう? ロゼ」
「やってみる価値はあると思いますが、彼らも探索システムを使っていればバレる可能性もあります」
「そこはバレないようにやってほしい。いくら時間が掛かってもいいから細心の注意を払ってくれ。ロゼなら出来るだろ?」
「………当然です」
試されるような言い方にロゼは笑みをつくりながら返した。浩介も笑顔で頷くと、セリアに顔を向ける。
「他のメンバーは何となく予測できる。セリア、お前がここにいる理由は何だ? 何が出来る?」
このメンバーと顔を合わせて思ったこと。それはセリアの存在意義である。
ただ行きたかったから連れてきたとは到底考えられない。この地球には魔法を成す要素が無いと知っているのだから魔法に長けているということもない。この体で接近戦が得意だとも考え難い。
だからこそ浩介がそう思うのも無理はないのだ。
「コウちゃん!!!」
しかしそれは聞いてはいけない質問だったのか、珍しくナーシェが大きな声を上げた。
「いくらコウちゃんでも、それは――」
「いいの」
浩介を責めようとしたナーシェをセリア自身が止める。
「セリア……」
ナーシェの呟きを無視するようにセリアは浩介の前に立つ。
そして浩介の腰付近に手を出し目を瞑る。そしてその手のひらの上に“とある物”が現れた。
「これは……?」
浩介はその“とある物”を掴むとまじまじと観察する。
「俺の吸ってる煙草だ」
それは紛れもなく浩介の煙草だった。きちんと封もされパッケージも何一つ間違いはない。
その封をあけ、中を確認してもきちんと二十本収まっている。
試しに一本取り出し火をつける。
「間違いないな。いつもの煙草だ。どういうことだ?」
煙を吐き出しながらセリアに問う。
「それがわたしの能力。創造の具現」
「能力? 魔法とは違うのか?」
その言葉にセリアは少し俯く。
「わたしには魔力なんて関係ない。創造するだけでその物を具現化できる」
小さい声でいうセリアをナーシェが抱き締める。
「……セリアの能力は魔法を遥かに超える力がある。勿論使えるのはセリアだけ」
ナーシェの反応からして何かあると思っていたが、こればかりは想像以上であった。そしてセリアだけしか使えないとすれば、その過去も想定できる。
「どんな経緯で今がある?」
それを聞かなければ今後に支障が出ると思った浩介は、戸惑うことなく尋ねた。
「わたしは生まれてからすでにその能力を持ってた。それがわかった時にはみんなに悪魔だと言われた。親にも突き放された。何度も人体実験をさせられそうになった。その度能力で抵抗した。おかげでわたしはひとりぼっちになった」
「そんなセリアを私が引き取ったんだよ。あまりにも可哀想で、ほっとけなかった。それがセリアがここにいる理由、かな」
そしてセリアがナーシェから顔を離す。
「こーすけもわたしを悪魔だと思う?」
目に涙を溜め、拒絶される恐さを抱えながらセリアは浩介を見上げた。
浩介は微笑みながらセリアの頭を優しく撫でる。
「俺にはセリアの過去も能力も関係ない。今のセリアしか知らないからな。俺の中にいるセリアは今ここにいるセリアだ。心配することなんて何もないだろ」
「でもわたしは有り得ない力を持ってる!」
「だからどうした? 有り得ようが有り得まいがセリアは俺の仲間だ。ならその有り得ない力でさえ俺が難なく使わせてやる。その力を俺が認めてやるよ。存分に使えばいいさ。あとは俺が何とかする」
本心で言ったつもりだったが、その言葉でセリアも他の仲間もポカンとする。
そしていち早くセリアが微笑んだ。
「周りの人からはなるべく使うなって言われたけど、使えって言った人はこーすけが初めて……」
「そうか」
「うん。………使っていいの? 何も心配せず使っていいの? もしかしたら、この力で仲間を殺しちゃうかもしれないのに?」
「言っただろ。俺が何とかするって。そんなことはさせない。俺が制御させる」
本当にそうなっては困るが、実際そういった展開も頭に入れとかなければいけないなと思いながらセリアの前で屈み頭を撫でる。
「……ありがとう」
涙を浮かべた笑顔でセリアは浩介に抱き付いた。そのセリアを抱き上げ、浩介は皆の方に顔を向ける。
「これで大体の戦力は分かった。後は情報集めと下準備だ。その過程で戦闘もあるかもしれないからそのつもりで動いてくれ」
そして浩介はニヤリと笑う。
「始めようか。逆襲の展開を」