真実のその先へ4
「ここです」
「……本当にここよね?」
「……驚いたな」
喫茶店を出てから約一時間。太陽は沈みかけきれいな夕焼け空へと変わっていた。
マスターに渡された紙に記された依頼屋組織の場所に辿り着いた三人は思わず唾を呑み、それを見上げた。
硝子張りの建物が空へとそびえる。三十階以上はあるであろうその建物から依頼屋という荒々しいイメージは湧いてこない。
前を通り過ぎても、どこかの有名な会社のオフィスなのだろうとしか思えない。だが、確かに紙にはこのビルの住所が記載されていた。
ここで考えていても埒が明かない。三人は戸惑いながらも歩き出した。
内部は何の変哲もない広々とした空間だった。硝子張りの為に外の明かりを防ぐことなく照らし入れている。埃一つ無い床もそれを反射し、一階のフロアは眩しいぐらいの光に包まれる。
三人はひとまず正面にある受付カウンターへ向かった。
「こんにちは。どんなご用件でしょうか?」
カウンターにいるスーツを身に纏った若い女性は、にっこりと営業スマイルを浮かべ三人に視線を送る。
「とある喫茶店のマスターに言われここに来ました。この場所はいら――」
「はい! 社長の弟様、祥三様のご紹介ですね? 社長に直接連絡致しますので暫くお待ち下さいませ」
途中で言葉を被せ、見事にことを進める受付の女性はカウンター内のボタンを押し真剣な顔で電話を取る。
安易に『依頼屋』という言葉を言ってはならないのだろうと、柴田は内心呟いた。
小さな声でやり取りをしていた女性は電話を置き営業スマイルへと戻る。
「確認が取れました。社長が直にお話があるそうです。あちらのエレベーターで最上階まで上がり下さいませ」
そう言って女性はエレベーターの場所を手で示す。
三人は軽く一礼し、案内通り最上階へ向かった。
エレベーターが最上階で止まり扉が開くと前に同じくスーツを着た一人の女性と二人の男が待っていた。
「ここから社長室へは私達が案内致します。ついて来て下さい」
言うなり歩き出す女性の後ろを少し遅れてついていく。その後ろを二人の男が歩く。
女性は秘書のような立場であり、男性は三人を警戒してのものだろうと構図から見てわかった。
それだけの警戒をしてくることで、やはりここは依頼屋本部なのだと再認識する。
終始無言で歩くこと数分、女性がとある扉をノックする。
「社長、例の三人を連れて参りました」
「……入ってくれ」
「失礼します」
女性が扉を開き、三人は室内へと入っていく。
その前方に立つ社長である男。体格や顔付きがどことなくマスターと被る。
警戒の為ついて来た男性二人は廊下で静止し、女性は室内からゆっくりと扉を閉める。
「まあ、掛けてくれ」
男は中央に設置されたソファーに三人を誘導し、自身は向かいの一人掛けのソファーに腰を下ろす。
その言葉通りにソファーに座った三人は改めて社長と顔を合わす。
「初めまして。依頼屋組織社長、緒方亮二です。よろしく」
そう言って三人と握手を交わす。
「マスターから、創立者は緒方誠一さんとお聞きしましたが、あなたは――」
「息子ですよ、柴田俊樹君。あと祥三――マスターは私の弟だ」
「つまりマスターも創立者の息子だったのね」
「そうだ。祥三は言わなかったのか。あいつらしいと言えばあいつらしい」
緒方は苦笑いを浮かべ、二度頷く。
「何故僕の名前を?」
柴田が率直な疑問を口に出した。
「フリーの依頼屋を調べて無いとでも? フリーの依頼屋は良くも悪くも影響してくる。それを見定める為だよ。悪く思わんでくれ」
仲間に出来るような人材なら仲間にし、依頼屋を悪用する者なら容赦はしない、ということだ。
「すまんが、君達も自己紹介してくれないか? 流石にそこまではわからんからな」
緒方は綾華と杉田に視線を移す。
「紹介が遅れました。私は刑事をしておりました杉田満則といいます。今回のことで刑事は辞める覚悟をしていますが……」
「刑事、か。その判断は正しいのかもな。君は?」
「楠木綾華。最初に依頼屋のとある二人にお世話になった一人よ。白ヶ丘学園と聞けば多分直ぐに分かると思うけど?」
綾華は皮肉を込めてそう言った。
依頼屋を頼ることになっても、やはり簡単に割り切れるものではない。死ぬ思いをしたのだから未だに良いイメージは持てないでいた。
直ぐに解釈した緒方は軽く頭を下げた。
「成り行きとはいえ、悪い事をした。余りに状況が複雑だったものでな、東野に全てを任せたんだが情報の食い違いがあった。本当にすまんかった」
「もう過ぎたこと――とは言えないわね。あれは何だったの? 依頼とはいえ、あなた達は一般人も平気で殺す組織なの?」
緒方は頭を上げ、綾華を見る。
「そうだな、そこから話すべきか。ひかり、飲み物を頼む」
「はい」
秘書の女性はその準備に取りかかり、緒方は息を一つ吐き出した。
「全ての元凶は黒瀬という牧師と君の学校の教師、管という男から始まった。牧師は私達に依頼を送る仲介役の傍ら、政府に情報を売るという人物でもあった」
「正に仲介役ね……」
呆れたように言う綾華に緒方は頷く。
「そして、牧師はとある思いからか、教会に来る管という男に全てを話した。恐らく依頼屋の情報を更に売る為の、自分の意図するように動いてくれる駒としてだろうがな」
「あの性格じゃ、それしかないわよね」
「そして管が不倫していた女子生徒にその情報を漏らした。その女性もそれ以来管に張り付いていたそうだ。それも恐らく金目当てだろうな」
それは綾華としても初耳であり、予想していなかった事実だ。
「……沙耶、愛があって一緒にいたわけじゃなかったんだ」
綾華は少し落胆し、小さな声で呟いた。
情報を売ったお金は管にも入る予定だった。勿論、政府相手なのだからその金額も相当なものになる。そのスネをかじろうとした沙耶は愛もなく、管に身体を売ってまで目的を果たそうとしたのだ。
「だが、その女性が邪魔になったんだろうな。二人は依頼という目的で彼女を殺そうとした。依頼屋の情報を知ってしまった女性がいる、と言ってな。こちらもこちらである程度の情報は掴んでいたし、その三人を抹殺するのにデメリットはなかった。だから東野を行かせた」
「何で直ぐに牧師を殺さなかったの? 実際に沙耶が殺された日から随分あった筈よ」
「牧師が誰に情報を売っているのか掴みたかったんだ。だから少し泳がせていたんだが、そこで東野から連絡が入った。真相を知った奴らがいる、と。そして調べた結果それはフリーの依頼屋だとわかった」
それが紛れもない浩介だった。
「フリーの依頼屋であろうと、一般人を殺したのが依頼屋組織だと広まればこちらとしても状況は厳しくなる。それは事実を知った君達ならわかるだろう」
「そんな事で私達を殺そうとしたの!?」
「落ち着け、楠木」
思わず声を強める綾華を杉田が宥める。
「それだけ奴らに隙を見せることは出来なかったんだ。申し訳ない」
「……話を続けて下さい」
運ばれてきたお茶を一口飲んだ柴田が先を促す。
「東野に状況を見て彼らを抹殺するようにと指示を出した。依頼屋を知っているもの全員をな。それが白ヶ丘学園の屋上で起こったことの始まりだ」
「高崎を仲間にしようとしたのは、口封じの為か?」
重い口調で杉田が問う。それに緒方は首を振った。
「そんな物騒なことじゃない。東野は今の依頼屋の中で稀に見る戦闘能力を持っている。その東野と互角の強さを誇る彼をただ仲間にしたかった。彼が依頼屋の事を世間に話すリスクも考えたが、それでも彼は必要な人材だった」
「だから直ぐにあの女性を送ってきたのね」
「そういうことだ。結果として断られたが、その後も君達は世間に話すどころか、そんな素振りも見せなかった。それは非常に助かった」
「それは浩介に言ってよね。私だったら警察に話してたわよ」
緒方は頷いた。
「そうだな。結果として厳しい状況にあるのは間違いないが、それでも君達には貸しがある。何でも協力しよう。ここに来てくれたのを歓迎する」
「そのことで一つ報告があります」
真剣な口調で言う柴田に、緒方の顔も険しくなる。
「何だ?」
「僕らがここに来ることになったのはヤツらが、恐らくSランクの異世界人が現れたからなんです」
「何だと!? ということは倒したのか!?」
柴田は首を横に振る。
「マスターが……祥三さんが僕らを逃がせてくれました」
「祥三が……」
緒方の声は少し震えていた。
「マスターが創立者の息子さんだと知らなかったとはいえ、もう少し早く伝えていれば……」
「………いや、それを祥三が伝えなかったとしたら、そんな重荷を背負わしたくなかったのだろう。――ひかり、直ぐに祥三の喫茶店に三人戦闘員を送ってくれ」
緒方は秘書である中村ひかりに目を向け、彼女は頷く。
「はい。しかし、三人……でいいのですか? Sランクならもっと送ったほうが――」
「いや、Sランクと祥三の戦いだ。もう決着はついてるさ」
女性は渋い表情を向ける緒方を見て唇を噛み締めた。
「………わかりました」
それだけ言って部屋を後にする。
向かった喫茶店で何を見るのか、緒方は何となく想像が出来た。
祥三は強い。それは知っている。だがなぜか不安だけが募る。
――せめて生きていてくれ
それが難しいことでも、緒方はただそれだけを祈った。
「すみません。僕らでは、マスターの力になれませんでした」
マスターに言われたからといって逃げてきた自分達の未熟さに情けなく思い、柴田は頭を下げた。
「………祥三が面白いことを言っていたよ。依頼屋の事を、全てを教えたい奴らがいる。彼らは自分達で進める強き者だ、とな。あいつがそんなことを言うのは珍しいからな。多分、祥三は君達に未来を見た。だから君達を逃がした。それに後悔は無い筈だ」
「マスター………」
マスターの真意を知った綾華は震える声で呟いた。
部屋には重い空気が流れる。それを払拭するかのように緒方は無理矢理笑顔をつくった。
「それじゃあ今後の行動を決めて行こう。ここに来たからといって無理に君達を仲間として戦わせるつもりはない。ゆっくりしていってくれてもいいし、今すぐ帰ってくれてもいい。強制はしない。さて、どうする?」
その言葉で三人の意志が固まる。
――共に戦います、と。
そして緒方は笑顔で大きく頷き、心の底から感謝をした。
とある山中に停泊してあるフィーガルのコントロールルームで浩介は治療を受けていた。
上半身の大半に巻かれた包帯を取り、ナーシェが紫色のクリームを傷に塗っていく。
その度襲ってくる痛みに浩介は額に汗を滲ませながら堪え続ける。
その傍らで「大丈夫?」と何度も尋ねるセリア。
見ているだけで痛くなりそうな傷を見て顔をしかめているフィーガルの操縦士の女性、ロゼ。
そのロゼの反応を面白がっているカイ。
愛用している槍の刃をもの静かに磨く無口なドルゴ。
大柄な体格だが気さくに動き回っている兄貴肌のジョスライ。
この六人の異世界人と行動を共にする事になった浩介は、異世界人でも地球人と何も変わりはないんだな、と周囲を見て苦笑する。
髪の色や眼の色などは特徴があるが、顔立ちや仕草などに違和感などはない。
それに、傷を一瞬で治すような特殊な機械はないのか? と聞いたらナーシェは、そんなのあったら苦労しない、と言い返した。
確かに文明は差があるようだが、生活習慣というものはそんな大差ないのだろう、と勝手に納得していた。
出てきた飲み物もお茶である。話している言語も日本語である。
それを考えたらそう思うのも無理はない。そして一度考えたらその答えが欲しいと思い始めていた。
「はい! これでよしっと」
ナーシェは一通りの傷に薬を塗り包帯を巻き終えると、笑顔で浩介の肩を叩いた。
その痛みでつい声が漏れるがナーシェはわざとやっているのでそれを咎めることはしない。
「……悪いな」
軽くお礼をいい、用意してくれた服を手に取った。
それは白のワイシャツと黒のジャケットだ。ナーシェ達も変な服装をしているわけではないので心配はしてなかったが、実際無難な服が出てきたことに安堵する。
「あんたらのとこと俺達のとこでは生活環境は近いものがあるのか?」
シャツに袖を通しながら、先程考えていたことを聞いてみる。
「え? そうだねぇ……食べ物、飲み物、衣類なんかは近いものがあるよ。若干の違いはあるけどね」
唐突に聞かれた質問にナーシェは少し考えながら答える。
「言葉は? 何故日本語が通じる?」
「それは技術の問題よ。コンピューターによってその星、その国の言語を解析し、それを人間の脳に記憶させる為の特殊な液体、通称ゼルネーションと呼ばれるものに配合させ、それを飲むことによって――」
「ちょ、ちょっと待ってくれロゼ。話がややこし過ぎる。簡潔に言ってくれ」
得意気に説明していたロゼは途中で遮られたことで不機嫌な顔に変わり、それはいつものことのようでメンバーはからかうように笑っている。
「つまりはとある液体を飲んだからあなたは完全に言葉を理解することが出来るのよ。まあ私達も飲んでるから、この国の人間となら話せるけどね」
ふてくされたロゼに変わり、ナーシェが簡単に説明する。
「液体? あのお茶か?」
「違うよ。これのこと」
そう言ってナーシェは近くの棚からドロドロした液体が入った小瓶を見せる。色は何とも言えない黄土色だった。
「こんなもん、いつ飲んだ?」
「あなたを助けた時に飲ませたの。これには自然治癒力を高める効果もあるから。あとそれには私達の言語の解析成分も入っていたから、これでいつでも私達の星へ来れるね」
「……そりゃ有り難いことで」
無邪気な笑顔で言ったナーシェに浩介は気持ちのこもっていない口調で相槌を打つ。
勿論興味が無い訳じゃない。だがそれを考える前に自分達の問題を解決しなければならない。その為今は深くは考えられなかった。
「まあ武器に関しては色々見たから納得だが、興味あるのはこの銃だな」
浩介は武器を選んだ際にひとつは銃を取った。
この星の銃とは違い全体的に一回り大きい。そして一番の違いは鉛玉ではなく特殊なエネルギーを発射するレーザー銃のようなものであった。その容量も決まっていて、エネルギーが無くなれば替えのカートリッジと交換しなければならないところは拳銃と同じである。
そしてもう一つは刀身が真っ黒な片手剣。
ガイザーから手に入れた剣でも良かったのだが、それよりも細くて短い為、扱い易いというのが理由だった。そして日本刀とどこか被るところがあり、何より刀身が黒という点に惹かれたのも事実である。
「それで、魔法とかあるのか?」
「あるよ」
軽く聞いてみたのだが、ナーシェの返答は早かった。
「今使えるのか?」
「使えるけど、よくわからないと思う」
「何故だ?」
「私が説明しようか?」
ロゼが是非とも、といった具合で割り込んでくるが、これについてもややこしそうだと懸念し目線をナーシェに戻した。
「ナーシェ。手短に頼む」
再び不機嫌になるロゼに苦笑しながらナーシェは頷く。
「まず重要なところは、この惑星には魔法を使える為の要素がない。私達の惑星でなら火とか風とか出せるんだけど、その要素がなければただ魔力を放出するか纏うかしか出来ない。消費魔力も多いし。だから実際にやってみてもいいけど想像と違うものになると思う。どうする?」
「いや、もういい。成る程……ただの魔力か……」
ヤツらの異能な攻撃の正体がわかった浩介は内心で微笑む。
「それは俺にも使えるのか?」
それを使えたら今後かなり楽になる筈である。
「多分無理ね。この星の人間がそれを使えたらとっくの昔から使えてるよ」
「……そりゃそうだな。じゃあそれを防ぐ手立ては?」
「わたし達なら相殺出来るけどコウちゃんは避けて」
つまりは正当な防御手段が浩介には無いということだ。
一度グランの攻撃を腕で防いでいるものの、何度も防げる方法ではない。
――躱すしかないか……
そう答えを出した浩介は再びナーシェに顔を向ける。
「最後の質問だ。自分の思い通りの場所に急に現れたりすることはそっちの技術では可能なのか?」
「……簡易転送装置。それを持っていれば可能ね」
「簡易転送装置? 俺をここまで運んだようなやつか?」
「それは本格的なやつだけど、仕組みは一緒ね。簡易転送装置は自分の魔力を送ることによってその人の意志通りに転移出来る便利なものよ。ポケットに収まるぐらいの大きさだから持ち運びも出来る。だけどわたし達の星でも犯罪に使われることが多かったこともあって随分前から製造中止になってるけど」
「そういったものがあるんだな。わかった。ありがとう」
これでヤツらの特殊な戦闘スタイルはかなり認識できた。あとは自分がどこまで対応出来るか、と浩介は先を見据えた。
太陽が沈み月が顔を出したその日の夜。
浩介は与えられた部屋で煙草をふかし、物思いに耽ていた。
まだ一日しか経ってないが異界の仲間も出来た。戦力的なものではかなりの期待が出来るし、もう少し経てばそれなりに絆も深めることが出来ると思っている。
それなのになぜか気分は冴えない。まるで自分が鬱になったような感覚である。
仲間の事が原因なのか?
それもあるだろう。今どうしてるのかというのも気になるし、自分の中でも完全に割り切れるものではない。
――綾華、泣いてなければいいが……
そう思いながら浩介は苦笑する。
どうやらそれだけではない。仲間のことは心底心配だが、それでここまで鬱になることは無い。彼らも自分で考え、行動する力を持っている。
そして浩介は煙混じりの溜め息を出した。そして心の中で覚悟はしていたんだが、と呟いた。
そして覚悟していたからこの程度なんだろう、と訂正する。
そんな思考を繰り広げていた時、ノックの音で意識を扉に向ける。
「コウちゃん、入るよ」
そしてノックの後に、ナーシェの声が耳に入る。
「ああ、どうぞ」
浩介の言葉でナーシェが部屋に入る。その手には温かいお茶が持たれていた。
「良かったらお茶どうぞ……って、何か考え事?」
ベッドに座り、煙草を吸っているこの構図を何故考え事だと決め付けたのかはわからないが、それは当たっていたので苦笑いになる。
「まあな」
それだけ返すと、浩介はコップを受け取り一口飲む。
「隣いい?」
浩介が頷くと、ナーシェは浩介の隣のスペースへ腰掛ける。
「わたしでよければ話を聞くよ」
浩介に目線を合わせることなく、足をぶらぶらさせながらそっと口に出す。
「そんな大層なことじゃない。ただ、戻れないところまできたなと思っていただけさ」
「戻りたいの?」
「そういうわけでもない。後悔はしてない、寧ろしないタイプだからな俺は。だが俺はこの手で人を殺した。それは事実で、割り切ってるつもりでもいる。それを背負って生きていけばいいだけの話なんだ。つまりは解決済みだな」
浩介は軽く笑うが、ナーシェは真剣な顔を向けていた。
「……でもつらそうだよ。ひとりで何でも抱えこまないでね。いつか爆発しちゃうよ」
「……なんか誰かにも言われたような気がするな。俺は大丈夫だ。何とかするさ」
そう言って立ち上がり大きく伸びをする。
「ナーシェもそろそろ寝たほうが――」
振り返った瞬間、ナーシェは浩介の胸に抱き付いた。思わぬことで浩介も驚く。
「………ナーシェ?」
「そういうところが心配なんだよね。出逢って一日しか経ってないけど、コウちゃんのことよく知らないけど、何か心配になる」
「………多分、そういう性格なんだよ、俺は」
そういって優しくナーシェの頭を撫でる。
「心配するな、とは流石に俺の口から言えたことじゃない。でも心配し過ぎるな。俺の精神はそんなに脆くない。それは自分がよく知ってる」
浩介は微笑みながらナーシェと顔を合わせる。
「まあ見てろ。俺がこの星の運命と自分の運命を変えてみせる。その時はナーシェを笑顔で見送ってやるよ」
「……うん。じゃあ約束」
ナーシェは小指を立て、浩介も小指をしっかりと絡めた。
「ああ、約束だ」
そしてゆっくり小指を外した。
ナーシェは浩介から離れ扉へ向かう。そして満面の笑みで振り返る。
「もしかして、一緒に寝たい?」
「………バカ言ってないで早く寝ろ」
「ふふ……おやすみ、コウちゃん」
「ああ。おやすみ、ナーシェ」
ナーシェの姿が見えなくなると、浩介はベッドに背中から飛び込んだ。
「……あそこまで心配されるとは。俺もまだまだだな」
弱みは見せない、見せたくないというのが浩介の本音である。どんな悩みやつらい事があっても他人にはその顔を見せないように今まで生きてきた。
だが知り合って間もないナーシェにそれをいとも簡単に見抜かれたのだ。顔に出ていたのかと疑問に思うがそれは定かではない。
「ナーシェだからかな……」
人懐っこいナーシェだから気付かれた。浩介はそちらのほうが正しい気がして笑みを浮かべる。
「さて、明日からの計画でも練ろうか」
なにはともあれスッキリした気持ちになれたことは事実である。今度ナーシェに何かお礼でもするかと感謝の想いを抱きながら、眠気がくるまでひとり状況を整理するのだった。