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迷宮世界  作者: 傍観者
13/40

想いを乗せて4


 一発の銃声が公園を支配した時、四人の黒ずくめの男達の動きが止まった。


 一体何故だ!? と口に出すことも出来ず、ただ思考能力が追い付かないこの状況に唖然としていた。


 倒れるべき人物が倒れず、倒れる筈のない人物が倒れたのだからそれも当然の反応といえる。


 倒れたのは正に浩介を撃ち抜こうとしていた一人だった。銃声が聞こえた瞬間に肩から血を噴き出し、銃を撃つどころか握る力さえも奪われ俯せになったのだ。


 苦痛で顔をしかめながら呻き声をあげているところからして命に別状は無いと思える。


 だが、四人の仲間達はそれすらも考えられない程に頭の中は真っ白になっていた。それは、戦場では決して見せてはいけない油断であって命取りだ。

 だが、そうなってしまったからには自分の意志でどうにか出来るものではなく、ただ時間が解決してくれるのを待つしかない。


 その意志が戻るまで約二秒。


 自我を取り戻した男達は銃声のした後方へと拳銃を向けながら振り返る。

 それもまた咄嗟に出る無意識の行動であって、最善の判断とは到底言えない。

 とはいえ、後ろから自分を呼ぶ声がして咄嗟に振り返るぐらいのごく当たり前な生理現象なのだから男達には意識的に止めることなど出来ない。


 その数秒で形勢逆転となることなど今の男達には想像も出来ていなかった。


 僅か二秒。


 浩介にとってそれだけで十分な程距離を詰めれる。更には倒れる仲間からそのまま後方へと目線を変えた為、浩介の動きを知る者など誰一人居なかった。


 浩介は男達に向かって走りながら最初に撃たれた男の拳銃を拾い上げると、そのままの勢いで背中を向ける左端の男の後頭部を殴り付けた。

 脳が揺れるような衝撃で意識を失いながら倒れていく男の拳銃を奪い取ると、その内の一つを綾華に投げ渡しながらもう一人の男に突きつける。


 浩介に銃を向けられていない男はまた仲間が倒された事に気付き、後方に向けていた銃口を再び浩介へと向けようとしていた。


 この大逆転の口火を切った後方に位置する柴田俊樹は、自分から銃口が外された瞬間に浩介に銃を向けようとしていた男の太股を撃ち抜いた。

 肉にめり込む銃弾の激痛に男は崩れ落ち、残るは浩介が銃口を突きつけている男と誰に照準を合わせていいか分からずオロオロとする二人になる。


 そして投げ渡された拳銃を片手で掴み取った綾華はそのまま為す術の無いオロオロしている男を躊躇無く撃った。

 綾華の放った銃弾は寸分の狂いもなく、柴田と同じ様に太股を貫き戦闘不能にさせた。


 入口側に柴田が、その直線上の奥側に綾華が、そして至近距離で浩介が銃を向けているこの構図が僅か一分にも満たない間に構成された事を、未だ男は信じられないといった表情で為す術無く立ち尽くしていた。


「形勢逆転……最高の形が出来ましたね、浩介君」


 柴田は明確な作戦を立てていた訳でも無いこの行き当たりばったりの中、最高の流れで逆転出来た事に心底楽しそうな笑顔でそう言った。


「それならもっと早く来て欲しかったわ! ちょっと焦ったわよ!」


 楽しそうな柴田に綾華が懸念の顔で軽く睨む。

 実際綾華には柴田とそんなやり取りがあったと伝えてないのだが、浩介が冷や汗を流した時にそれが時間稼ぎだと感じ、何か策があるのなら柴田を使うのだろうと容易に考え付いたのだ。


「おや、中々手厳しいですね。これでも急いで来たんですが……」

「まあいいだろ? 結果上手くいったんだ。初陣にしては良い成果だろう」


 事実連絡の遅い事に浩介も焦りはしたが、口には出さず綾華を宥める。


「そ、そんな……お前にも一人、Bランクを付けていたのに……」


 最早全てを諦めた男が驚きと共に柴田にそう呟く。その柴田も初めて聞く単語に首を傾げた。


「Bランク……ですか。まあそれなりに楽しかったですがあの程度では僕は殺せません。ちなみにあなた達のランクは何です?」

「お、俺達はCランクだ。一般的な殺しは俺達Cランクの仕事だ」


 浩介は成る程、と口に出した。


「ランクは何段階あるの?」


 今度は綾華が尋ねる。


「DからSまでだがAランクからの情報は俺達には知らされていない。何人いるかも知らない」

「そう簡単に表に出ないってことか……。なあ、一つ聞いていいか?」

「……なんだ?」


 浩介は少し間を置いて口を開いた。


「お前等は……いや、お前等の組織は本当に政府の組織なのか?」


 聞かれた男は正直質問の意味が分からなかった。


「そうだが……何故だ?」

「いや、ならいい」


 浩介はそう言って口を閉じた。


 恐らくこの男に聞いても自分の意とする答えは返ってこないと思ったのだ。


「取り敢えずどうするの? そろそろ警察来ちゃうわよ」


 綾華の言うように、あれ程銃声が響けば不信感を持った住民が警察に連絡をしていると予測出来る。また事情聴取なんてされたくなければ黙秘すら通用しない。そう思えばここで捕まる訳にはいかなかった。


 その後の浩介の行動は目を見張るほど早かった。


 既に戦闘意志の無い男の拳銃を払いのけると、鳩尾に強烈な拳を叩き込んだのだ。


 肺の空気を一瞬にして失った男は咳き込みながら地面に伏していく。


「綾華、その拳銃は持っていろ! 指紋が出ると面倒だ!」


 綾華にそう忠告しながら浩介も腰元に拳銃を納め、倒れ込んだ男の所持品を物色する。


 浩介が探しているものは組織に関して何らかの情報が分かる物、つまりはIDカードの類だ。


 それがあれば少なからず情報を知ることができ、今後必ず役に立つという考えからだ。


 一日も経たずこの様な追っ手を向けてくる組織の早さを実感させられた浩介としては、組織を追う為の情報を集める時間さえ無駄に出来ないと思っていた。次々と追っ手を向けられれば先の見えない消耗戦となり、後手に回る浩介達には厳しいものになる。

 それを回避するには早めに情報を掴み、こちら側からも攻めに討って出なければならない。


 その為のメンツも一人増え、戦力的に問題は無いとも思っていた。


 柴田俊樹という青年の性格も素性も分かってはいた。老人を助けようと直ぐに逃げなかった行動を見ても、この件に関しては協力してくれるとも確信していた。


 しかし、だからと言って全てを信用する程浩介も甘くない。柴田を一人で歩かせ別行動をとったのも、敵の数を分散させるのと柴田の実力を試すことにあった。

 それは三人で警察署を出て襲われ、柴田が戦力として計算出来なかった場合に状況が著しく悪くなると解しての処置だ。まあ、その時点では綾華が拳銃の扱いに手慣れていることなど知る由も無かったのだから、ある意味鬼のような判断をしたのだ。


 柴田もそれは察知した上で行動に移した。もし逆の立場だとしても自分も同じ作戦を考えたからだ。


 そして見事自分の役割を果たし、最高の結果へと導くことが出来た。


「……! これだ……」


 男の財布から目的のカードを手に取り浩介はそれをポケットに突っ込んだ。


「早く離れましょう! 時間が無いです!!」


 柴田の言うように、うっすらと聞こえていたパトカーのサイレンが徐々に大きくなっている。二人はその言葉に頷き、その公園を逃げるように去っていった。



 その数分後、駆けつけた杉田は衝撃を受けることになった。


 倒れていた五人の男達に息は無く、頭を一発ずつ撃たれ絶命していたのである。


「どうなってる……」


 ダイナマイトといい、今の光景といい、何一つ理解出来ない惨劇に杉田はそう呟き、その言葉は静かに闇へと消えていった。





 公園を離れた浩介達はゆっくり話し合いをする為、一人暮らしをしている浩介の部屋へと移った。

 街のファミレスなどは人目に付く事と浩介達が制服だった為選択肢から除外され、その状況で最適な場所が此処だったのだ。


 部屋に上がった綾華と柴田はやっと緊迫感から解放されたのか直ぐに床に座り込み、各々楽な姿勢をとった。


「今日は二人とも泊まっていけ。今別行動は危険過ぎる」


 浩介は制服のネクタイを外しながら二人に言った。それに頷いたのを確認し、浩介は押入からバスタオルを取り出し綾華に渡す。


「先シャワーでも浴びてこい。疲れただろ?」


 色々あって汗とかもかいているだろうし、女性を不快感のままにしておくのも忍びないので真っ先に綾華を促した。


「そうね。悪いけど、なんか着替えある?」


 その気持ちを快く受け取った綾華は、立ち上がりながら浩介に聞いた。


「ああ、それなら――」

「浩介君! ワイシャツ一枚貸してあげなさい!!」

「バカじゃないのあんた!!」


 勢い良く口を開いた柴田の提案に透かさず罵声を浴びせる。


「……スウェットあるから」


 そのやり取りで溜め息をついた浩介はスウェットの上下を渡し、それを受け取った綾華は風呂場へ繋がる洗面所へと消えていった。


「おかしいですねぇ。ちょっとしたスキンシップのつもりだったんですが……」


 部屋の扉が閉められたと同時に柴田がボソッと呟いた。


「お前が言うとただのスキンシップだと思えない」


 その言葉に対し、浩介は呆れながら言った。


「二人とも酷いですね。折角協力してあげたのに……」


 言葉とは裏腹に柴田の表情はいつも見せる笑顔だ。


「よく言うよ。どっちみち協力してくれるつもりだったんだろ?」


 そう言って浩介も笑う。返事を聞かなくても柴田の爽やかな笑顔が答えだった。


「そういや、柴田に向けられた追っ手はどうしたんだ?」

「彼なら廃材となってもらいました。と言っても同じ様に脚を撃って気絶するまでたこ殴りにしただけですけど」

「……そりゃお気の毒に」


 普段の柴田からは想像も出来ない言葉に、浩介は相手の冥福を祈った。


「それにしても……」


 口を開いた柴田からは爽やかな笑みは消え、真剣な顔に変わる。


「ランクなんてあるのも驚きです」

「全くだ」


 一方の浩介もそう言って立ち上がり、将棋の盤と駒を取り出し柴田と挟んでいるテーブルに置いた。


 そして盤上に駒をバラまき、『歩』を指先でつまんだ。


「恐らく、ランクDとCは捨て駒だな。一人一人の力は弱い」


 そして盤上に『歩』を並べていった。


「だからこそ集団で動かせる事で役にたたせている」


 そう言って『歩』を五つ同時に一マス上げた。

 将棋では一つの駒しか動かせないが、それを何駒も動かせればより有利な局面になる。


「ですが、所詮は捨て駒。恐らく僕が戦ったBランクもそう変わりはしないでしょう」


 柴田は『香』と『桂』を手に取り、盤面の正しい位置に置いた。


「彼等は『歩』より力を持っていますが、結局重要な駒では無い。使いどころを間違えなければ上手く動いてくれる、という所でしょう」


 柴田は『香』で浩介の並べた『歩』を取り払った。

 それに浩介も頷く。


「問題はランクAとSだな。ランクAは間違い無くコイツだ」

 そう言って浩介は『銀』をとった。


「……意外ですね。『角』とか『飛』だと思ったのですが……」

「それも無くはないが、Bランクの強さを考えれば可能性は薄い。飛び抜けた強さは無いが攻めにも守りにも、ましてや『王』を取る為の捨て駒にさえ使える万能な奴らさ。しかも、手持ちに持っているだけであらゆる局面に対応出来る厄介なランクだな」


 浩介は『銀』を適当なマスへとパチン、と音を出し置いた。


「そうなれば圧倒的な攻撃力と同じぐらいの防御も出来る『角』と『飛』がSランクということですね」


 柴田は『角』と『飛』を盤面に置いた。


「あら? 二人で将棋? 中々渋い構図ね」


 シャワーを終えた綾華がスウェットに着替え、タオルで長い髪を拭きながら珍しいものを見たかのような口調でその光景を見ていた。

 浩介はそんな綾華に軽く説明をする。


「とまあ、ランクはこんなもんだな」


 一通り説明し終わると、浩介はコーヒーを入れにキッチンへと向かう。


 説明を受けた綾華は、ふーん、と軽く納得しながら盤面を見つめる。

 そして説明では使われなかった駒を手に取った。


「じゃあこれは?」


 綾華が手に取った駒は当然の如く『金』であり、それを柴田に見せる。


「そうですね……基本「王」を守る為に使う駒なので、Sランクと同等な立場なんじゃないでしょうか?」


 柴田はそう言いながら顎に手を掛け考える人のようなポーズを取る。


「そうではないかもしれないぞ」


 その柴田の疑問系の答えに返答したのは、コーヒーの入ったマグカップを三つ持った浩介だった。


「どういうこと?」


 浩介はそれをテーブルに置くと、一口啜ってから口を開いた。


「組織の情勢を知らないからこれは俺の憶測なんだが、『金』に関してはランクなど無いんじゃないかと思ってる」

「どういうことです?」


 今度は柴田が尋ねる。


「確かに柴田の言う通り、『金』は基本『王』の守りとして使うことが多い。それをSランクとすると何故そんな王制のようなシステムを取る必要があるんだ? それはまるで組織自体がどこぞの小説に出てくるファンタジーの様な制度だ。そんな制度を創るより、自衛隊のような軍隊を形成したほうが手っ取り早いと思わないか?」


 そう言って盤面の全ての『歩』を指で押し進め、他の駒を盤から落とした。


「だが、実際にはランクが存在するような形式にしている。ということはどこぞの組織の様に内部で役割が決められていると考えた方が良い」


 そう言って綾華に目線を合わせた。


「……依頼屋組織ね」

「ああ、そうだ。殺戮兵器を造っている今の政府が同時に軍隊では無く依頼屋組織のような影の組織を立ち上げたとなれば――」

「この世は絶望的ね……」


 綾華は溜め息混じりに呟いた。

 浩介は頷き、『金』と『王』の駒を手に取った。


「あの下らない議論を繰り返してるおっさん等に其処までの度胸は無いし、表沙汰にならない程の会議もそれを実行に移すだけの統率力も無い。そう考えると首謀者は『金』と『王』の立場の奴らでそいつらがランク制度を生み出したとしか考えられない」


 そして浩介は『金』と『王』の駒を盤面の中央に置いた。


「一般の政府の皆様は盤面にさえ登場しないという事ですね?」


 柴田も粗方納得したのか、眼鏡の位置を直しながらも真剣な表情でそう言った。


「そうだ。戦う力も無いしな。そしてこの『金』が本当に政府の人間なのかという事も怪しいもんだ」

「『王』ではなくて?」


 綾華は浩介が『王』では無く『金』と言ったのに疑問を持った。


「この日本で殺戮兵器を隠し造るなんてそれなりに権力を持った奴が命令しなければ実現しない。現にあのじいさんのように一般人を働かせているんだ。間違い無く『王』は総理大臣と言える」

「なるほど……」

「そして、その総理を丸め込んだのは間違い無く『金』なんだ」


 浩介の言葉で一時の静寂が訪れた。


 信じられないような話だが、疑い無いほどの推論に否定も出来なかった。


「『金』は一番下にいれば『王』と同じ様に何処へでも動ける最強の要と言ってもいいでしょう。長い戦いになりそうです」


 『金』の動けない場所は斜め下だけである為一番下にいれば目に見える弱点は無くなる。つまり現実で考えれば『金』が動くのは詰めの見えた時だけだと推測した。


 それを独り言のように呟いた柴田はいつもの笑みではなく苦笑いを見せる。


「まあ、組織図としてはこんなもんだ。取り敢えず柴田もシャワーしてこいよ」


 少し重たくなった空気を払拭するかのように気を取り直し浩介はそう提案した。


「そうですね。では失礼ながら先に浴びさせてもらいます」


 柴田はそう言って洗面所へと向かって行った。


「じゃあ、私は何か作るわ! ちょっとキッチン借りるわね?」

「ああ。自由に使ってくれ」


 綾華はキッチンへと向かい、浩介は柴田の着替えを洗面所に置いた後、部屋で煙草を吸おうと口に加えた時だった。


「浩介! 卵が無いわ!!」


 キッチンから綾華がそう呼び掛け、翻訳すれば買って来い、と言われていると感じ取った浩介は溜め息を吐き出し加えていた煙草を箱に戻し、財布を手に取った。


「後何かいるか? 因みに近くのコンビニだからそこんとこよろしく」

「特には無いわね。飲み物ぐらいじゃない?」

「……了解!」


 綾華の料理する後ろ姿が中々様になっている事に心の中で感心しながらコンビニへ向かった。





「あざっしたぁー」


 何ともやる気の無い店員の挨拶と同時にコンビニを出た浩介は、ひんやりとする外を上着を羽織って来なかった後悔と共に足早に歩いていた。


「おうおう! 久し振りじゃねーの、高崎浩介!!」


 その背後から不良のような台詞で呼び止められた浩介は、あからさまに嫌な顔をしながら立ち止まる。

 嫌な顔になったのは不良に絡まれた時の面倒臭さでは無い。ましてや不良に絡まれたほうがまだ良かったとさえ思っていた。


 それは聞いた事のある声であり、今は絶対に会いたく無い人物だったからだ。


 クルリと振り返るとやはりその人物が立っていて、何故か小さい紙パックの牛乳をストローで飲んでいた。


「こんな所で何をしてる? 東野和樹」


 それは依頼屋組織のメンバーで、一度死ぬ思いで()り合った相手だ。


「名前も覚えてくれているとは、嬉しいねぇ」


 東野はニヤリと笑うと再び牛乳を飲む。


「また殺りに来たのか?」

「傷の調子はどうよ?」


 浩介の質問に被せる勢いで東野が口を開く。


「お陰様で、まだ本調子じゃないな」


 浩介は横腹をさすりながら答えた。現に傷は完全には癒えていないから当然の答えだった。


「そんなお前を相手にしてもつまらねぇし、上層部からも止められているからなぁ。そのつもりはねぇよ」

「そう言うお前は結構ピンピンしてんだな。鼻をへし折ってやったんだがな」

「ああ、もう治っちまった。コイツのお陰かな」


 そう言って牛乳パックを見せ付けケラケラと笑う。

 そんな東野に若干呆れながらも警戒は緩めない。


「んな訳あるか。回復力も桁外れってか。……それで? 本当は何しに来たんだ?」


 その一言で東野の目つきが鋭くなる。


「お前……政府の秘密を知ってしまったんだってな」

「お前がそれを知ってるという事は、やっぱり依頼屋組織と政府は繋がりがあるのか?」


 薄々思っていた事だったので別段驚きはしなかったが、今当事者が目の前にいるのならそれを聞かない手は無い。


「繋がり、か……。あると言えばある。無いと言えば無い」

「お前といい、烏丸という女といい、曖昧な返事しかしないんだな」

「お前が俺達の仲間になるなら教えてやれるんだがなぁ。俺は歓迎するぜ」

「それは無理な願いだ」


 東野は、そうかい…、と呟いた。


 浩介はその中思考を練っていた。


 だがそれを教える為では無いとすれば、一体何の為に接触して来たのかが一向に分からないでいた。


「今回は俺の独断で会いに来たんだ」


 そんな思考を知ってか知らずか、東野は口を開いた。


「お前、今回の件から手を引け! でないと、死ぬぜ」


 その言葉で浩介は怪訝な顔に変わる。


「どっちにしろ、同じ事じゃないのか?」

「まあそうなんだが……これは命令じゃねーからな。ただの忠告だ。俺としてはお前には関わっていてくれた方が楽しいんだけどよ、そう簡単にいかなくなったってことだけ伝えとくわ!」


 東野は牛乳を飲み干し、近くのゴミ箱に紙パックを放り投げた。そのままゴミ箱に入ったのを見届けた後、浩介に背を向け歩き出した。


「おい――」

「ランクSが動き出した。覚悟だけしとけよ。お前も、俺も……仲間もな」


 それだけ言って手をフラフラと軽く振り、瞬く間に闇へと消えていった。


「お前ですら、危険だって言うのか……? 一体どんな関係なんだよ……?」


 小さく呟いた浩介の声は誰にも聞かれることなく、浩介の心の中だけに反響した。


 依頼屋組織と政府が仲間だとも考えられるが、東野の行動は辻褄が合わない。ならば敵対してると考えれば辻褄が合う。

 強い仲間を探している依頼屋の目的も政府と対抗する為だと考えれるし、東野の言葉の説明もつく。


――奴らは、敵対組織? だとしたら……


 その後様々な思考を巡らせながら、浩介は自分のアパートへと戻った。


「ただいま」

「浩介!!」


 玄関の扉を開けると出迎えた綾華が心配そうな表情と共に名前を呼び、浩介の全身に目をやった後ホッとしたように笑顔を作った。


 綾華の一連の流れで思ったよりも時間を使っていた事に気付き、腕時計に目を移す。案の定一時間近く出掛けていたことを時計が証明していた。


「悪い。遅くなった」


 心配かけた事を素直に謝り、綾華に顔を向ける。


「無事ならそれで良いわ。卵使わない料理作ったから早く食べましょ」


 綾華もそれを笑顔で許し、コンビニのビニール袋を受け取った。


 部屋では柴田が寛いでおり、テーブルの上には一時間足らずで作られたとは思えないほど豪勢な料理が並んでいた。


「待ってましたよ、浩介君。綾華さんもとても心配されていたんですから」


 一方の柴田は普段の笑みより一段と輝きを放つようなニヤニヤとした表情で迎えた。


「柴田君だってさっきまで笑顔も無く、真剣な表情だったのよ。一体何を心配していたのかしら?」


 軽く笑みを含んだ表情で柴田を睨む。

 そんな二人のやり取りからも自分を心配してくれていた事に感謝の念を抱きながらもう一度二人に謝った。


 その後は浩介と綾華が出会った経緯(いきさつ)や、柴田の今までの経験などを笑い合いながら食事を楽しんだ。


 食べ終わった食器も片付け終わり、押入にしまっていたもう一枚の布団を引き後は寝るだけという状況の中、風呂から上がってきた浩介はテーブルの前に座り先程淹れた珈琲を啜った。同じ様に綾華と柴田もそれぞれ飲み物を用意して座っている。


 それは食事の時の雰囲気とは違い、三人の顔は真剣なものである。


「それで? 何があったの?」


 綾華の言葉は浩介に向けられた。


 勿論の事、聞いた内容は買い物に出た浩介が遅くなった理由である。


 浩介としても話すべき内容であったし、二人としてもスルー出来る事象ではなかった。


 浩介は一度頷いてから話の口火を切った。


「コンビニから出た帰り、東野和樹と会った」

 その一声に綾華が驚きの顔を向ける。


「東野和樹って!! あの依頼屋の……!?」


 綾華としてもそう簡単に忘れられるような相手ではない。依頼屋組織の強さを見せ付けてくれた人物であり、あの時の光景は今も鮮明に焼き付いている。


 そんな綾華に浩介はもう一度頷き、事の全容を二人に伝えた。


 浩介としては厳しくなった状況で二人の士気が下がる事を懸念していた。寧ろ東野の言ったようにここで引き下がる選択を綾華と柴田がしてもしょうがないとも思っていた。


 だが、話終えた二人の反応を見てもそれは取り越し苦労だったと実感する。


「Sランク、ですか。楽しくなってきそうですね」


 柴田は笑いながらそう言った。


「真実を知る為には遅かれ早かれ対峙する事になるんだから、丁度良いわね」


 綾華も柴田に同調した。


 それを見た浩介も自然と士気が上がる。


「ソイツらを相手に俺達が勝つにはここを使うしかない」


 そう言って浩介は自分の頭を指差す。


「これは岸部三郎からの依頼だ。俺達が事の真相を暴くぞ!!」

「ええ!!」

「勿論です」


 浩介の言葉に二人も賛同する。


 ここで岸部三郎の想いは彼の最後の依頼として受理される事になった。


 その為の行動はまた明日考える事にした三人は、現状の問題から解決する事になる。


「どうやって寝ようか……?」


 普段浩介が使っているベッドと余っていた布団の二つ。必然的に数の合わない寝床の利用方法を考えながら、長かった一日が終わりを告げていった。



明けましておめでとうございます。


今年も『迷宮世界』の執筆を頑張って行きますので、お気軽に感想、評価をお願い致します。

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