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迷宮世界  作者: 傍観者
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想いを乗せて1

 あれから一週間、浩介は何事もなく日常の生活を送れていた。

 心配していた依頼屋組織からの奇襲などもなく、本当にいつも通りの生活が送れたのだ。

 そのことに浩介と綾華も胸を撫で下ろし、今は楽しい学園生活を送ろうということになり警戒も少し緩めていた。


 しかし一度出来てしまった綾華との接点は変わることはなかった。学園内でも気兼ねなく会話もするし、一緒に帰ったりもする。そしてそれを快く思わない学生が殆どであった。


 浩介のクラスには愛理というアイドル的な存在が居り、当然のように愛理も浩介に懐いている。それだけでも周りからしてみたら羨ましい存在であるが、違うクラスのアイドルまでも急激に奪っていったと解釈した生徒はやりきれない思いを浩介にぶつけていたのだ。


 ぶつけたと言っても集団でリンチにするような策は取らない。浩介の運動神経は誰もが知っていたし、喧嘩に強いという噂も流れていたからだ。


 あくまで一度も人前で喧嘩などした事の無い浩介だが、噂が噂を呼び大きくなっていった事に今では少なからず感謝をしていた。


 更には運良く浩介にリンチ出来たとしても綾華と愛理が黙っていないのは明白だ。そうなれば妄想の世界が現実になることは永久に無くなり、最悪完全に嫌われてしまう恐れがある。

 ではその生徒達に何が出来るかというと、冷たい視線を浩介に浴びせるだけだったのだ。そして浩介も、また敵が増えてしまった、と嘆く事しか出来なかったのである。


 だがそれも日常の中の小さな変化にしか過ぎなかった。運命の歯車が回ってしまった浩介達には、完全なる平凡な日常というものから少しづつかけ離れていくことを実感するのであった。





 何時(いつ)ものように周りの視線を浴びながら綾華と一緒に学校を出た。

 少し買い物がしたいという綾華の要望に応えショッピングモールを回り、その帰りに近くの商店街を通った。


「なんの騒ぎかしら?」


 その片隅、二人の目の先に野次馬の集団を捉え、滅多に無い光景に綾華が興味を示した。


「何だろうな。ちょっと見てみるか」


 騒然としている人混みを掻き分け、その現況を目にした。


「っ!!」


 浩介は言葉にならない程の衝動に駆られた。


 そこには壁にもたれ掛かり座り込んでいる一人の老人がいた。顔には酷い痣が出来ていて額の部分からは血が流れている。意識はあるだろうが、観念したかの様に目を閉じて静かにしていた。

 確かに珍しいことではあるが、それだけ見たら暴行を受け倒れたと推測し、そこまで驚くことも無かっただろう。


 浩介が驚愕したのはその老人の体に巻き付けられた物であった。


「これは……ダイナマイト!?」


 綾華の言葉に浩介は唇を噛み締めた。


 老人の体に巻き付けられた物は確かにダイナマイトの類いだと確信出来た。

 筒状のダイナマイトが五つ体に巻かれ、それぞれに繋がった導線が一本の導線となり老人の隣に置かれている三十センチ程の小包のような木箱に伸びている。更にその正方形の箱の側面にはデジタルの時計が付けられていて、時計とは逆に秒数が減算されていた。


 残り二十五分。


 それがこの老人に残されたタイムリミットであった。


「警察には!?」


 浩介は近場にいた年配の女性に尋ねる。


「ちょ、ちょと前に連絡したけど爆弾処理班が来るのに二十分以上は掛かるって――」


「それじゃあ間に合わない!!」


 大きな声を出した浩介に年配の女性はビクッと震えた。


 爆弾処理班は期待出来ない。恐らく近くの駐在所の警官が先に駆けつけるだろうが為す術は無いだろう。


――やるしかない


 浩介は制服の上着を脱ぎ、シャツの袖も捲り上げた。その時に綾華の溜め息が聞こえてきたが無駄な時間を使う余裕も無い為気付かないふりをした。


「気分はどうだ?」


 老人の横にしゃがみ込み、刺激を与えないよう落ち着いた口調で問い掛けた。

 その声で老人は閉じていた目をゆっくりと開けた。


「ワシはもういい……逃げてくれ」

「危うくなったら逃げるさ」


 そう言いながらダイナマイトを調べていく。導線と共に体に巻き付けられ取り外す事は不可能だ。不用意に導線を切っても一瞬であの世行きだ。


「なんでこんな事に?」


 質問を続けながらダイナマイトと繋がっている小包のような木箱の蓋をそっと開ける。

 爆弾の解体などした事もなければ知っている訳でも無い。だがこの処理は簡単なようだと浩介は苦笑いを浮かべた。


 それはドラマなどで見た事のある赤と青の導線が二本あるだけであった。


「ワシが今までしてきたことの罰じゃよ。こうなることは前々から予想出来ておった」

「前々から予想していたのに何の策も取らなかったのか?」


 その二本の導線をじっくり調べていた浩介も老人に顔を向ける。


「ワシはどの道殺される。何かの策をとっても同じことじゃよ」

「あんたを殺そうとしているのは誰なんだ?」

「……それを知ってしまったら君も危ないぞ」

「生憎、そういう事には一般人より慣れてるんでね。今更どうってことない」


 浩介は微笑みながら言った。


「君も……そうか……」


 老人はそこで再び目を閉じた。


 タイマーは残り十五分を切った。


「皆さんは逃げて!遠くに避難して下さい!!」


 やっと到着した警官二名が野次馬に声を掛ける。その前から少しずつ避難していた人も多く、数人にまで減っていた野次馬はその声で全員走り去っていった。その場に残されたのは警官二名と残った綾華、浩介と老人の五人だけとなった。


「君達も逃げなさい!!」


 警官の一人が浩介達にも声を掛け、浩介の肩を掴んだ。警官としては当たり前の言動だろうが浩介にとったらそれが疎ましく思えていた。


「なら、あんたらがこれを止めるのか?」


 肩に置かれた手を振り払い、浩介はその警官を睨む。警官はその言葉に返答は出来なかった。

 今の自分達が出来る事はその被害を最小限に留めることだけである。つまり、現状でいえば老人は犠牲にするしか方法は無い。


「この人からはまだ聞きたいことがある。先に逃げるのはあんた達だ」

「しかし――」

「あなた達じゃ現状を変えられない。それは分かってる筈よね。じゃあ野次馬を抑えとくなりしといた方がいいんじゃない?悲惨な事が起こったらもうパニックになるわよ?」


 自分達の無力さを知っている警官も、綾華の言葉に唇を噛み締める。だがそれは正論でもある為、今はその言葉に従う他ない。


「あなた達も時間が無くなったら引き戻しますから、無茶はしないで下さい!!」


 綾華はそれに頷き、警官が走っていく後ろ姿を見守った後、浩介に目配せをした。浩介もそれに頷き返し、タイマーに目を移す。


 残り十分。


 もう時間も無い事から、浩介は時限装置を止める為の思考に戻した。


「君らも依頼屋か……」


 老人は静かに呟いた。


「も、というとあんたも依頼屋に会った事があるんだな?」

「依頼中じゃよ」


 そう言って一枚の写真を取り出し、二人に見せた。そこには中学生ぐらいだろう、一人の少女があどけない笑顔で写っていた。


「ワシの孫じゃ。両親は小さい時に亡くなってしまってな。今は親戚の家で暮らしているんじゃが、死ぬ前に一目見たくての。二日前に依頼屋に頼んだのじゃ」


 自分が殺されると直感した時、不意に頭に浮かんできたのが孫の顔だった。


「何故直接会いに行かなかったの?」

「ワシは軟禁されておって無理じゃった。そこを抜け出して会いに行けたとしても孫に危険が及ぶ可能性がある。だから奴らに気付かれることの無いよう密かに依頼したのじゃ」

「その奴らとは誰なんだ!?」

「この国の、政府の人間じゃよ」

「なっ!?」

「政府って……」


 浩介と綾華も驚きを隠せない。


「誰が首謀者かはワシも知らん。政府の一つの駒に過ぎない研究所で働いていただけだからのう」

「だがあんたは少なからず情報を掴み、それを知った政府に命を狙われることになった」

「その通りじゃ」

「一体何を知ったのよ!!」

「それを話すには時間が足りぬようじゃ」


 老人はタイマーに目を向けた。


 残り六分三十秒。


「話は後だ!先ずはこれを止める!!」


 浩介は舌打ちをし、装置に目を向けた。


「止めるって言っても、どっちの線が正解か分かってるの!?」

「分かるわけないだろう!こうなりゃ運だ。綾華、ハサミでもなんでも良い!!何か切る物はないか?」


 綾華は荷物を地面に落とし、自分の鞄の中から持ち歩いているソーイングセットから小さなハサミを浩介に渡した。


――どっちだ?どっちなんだ?


 浩介の額から汗が流れ落ちる。

 どちらかを切れば良いと簡単に考えていたが、実際に切る決心をした時のプレッシャーは多大なものがあった。

 浩介の持つハサミは赤と青の二本の線をさまよっていた。


「綾華、今日のラッキーカラーは!?」


 血迷ったか? と思えるぐらいの質問だったが、今の綾華にも突っ込む余裕は無い。


「えっと……確か黄色よ!!」


 参考にもならない回答に浩介は滴る汗を拭った。


――考えろ、考えるんだ!


 残り三分五十秒。


 一秒一秒が重く感じられる。


 遠くで到着した爆弾処理班やら大勢の警官が二人に向かって何やら叫んでいるが、それが耳に入ることは無かった。


「あぁ、もう!!なんでダイナマイトなのよ!!どっちでもいいから早く切って!!」


 そのプレッシャーに耐えられなくなった綾華は咄嗟に叫んだ。最早逃げるという選択肢も浮かぶ事は無く、綾華は耳を塞いでその場にしゃがみ込んだ。

 浩介もそれは同じで、逃げるということだけでなく、綾華を逃がすという選択肢さえ出て来ない。だが、それとは全く違う思考が浩介の頭に浮かんだ。


「そうだ、何故こんな方法なんだ?」


 ダイナマイトで木っ端微塵にするという方法が浩介は疑問に思えた。


 この老人を殺す方法はいくらでもある。軟禁していたのなら尚更だ。ではこんな人前で殺そうと思ったのはどんな意図からか?


――見せしめか!?


 恐らく研究所で働いている人は多い。そしてこの老人のように秘密を知ってしまった者の末路を見せようとしているのではないかと考える。そうなれば内部の者が下手な詮索をしなくなる心理制御も同時に植え付けることになるのだ。


 次にダイナマイトを使った意味は何かを考える。

 人前で見せしめの為としても手が込んでいる。これだけのダイナマイトなら全ての証拠を抹消出来るとの考えも一理あるだろうが、この老人をここまで運ぶ手間、爆弾処理班が処理出来ない事も計算してのリミット時間を考えてもある種の挑発、またはゲーム感覚だとしか思えない。

 迅速に済ますなら高いビルの屋上から突き落とすなどの方法もあるのだ。


 それに、簡単な造りではあるがこの時限装置を見ても専門にしているプロが手掛けたと思える。

 以前、何かで見たことがあった。こういったプロ魂は自分の造る物にプライドと自信を持っていると。

 それが本当ならば、こう簡単に解除出来る導線を配置している訳が無い。


――この二本に解除線は無いのか?


 そう考えるのが自然だった。


 ゲームのように遊びながら、且つ確実に殺そうとしている。


「綾華なら、どっちを切る?」

「私に選ばせる気なの?その時の直感でどっちか切るわよ!!」

「だよな……」


 残り一分。


「時間無いわよ!!どっち切るの!?」

「それが狙いなんだよ」


 浩介は木箱の中の二本の導線を完全に無視しながら更にその下にスペースがあることに気付き、銅板をこじ開けようとハサミを隅に差し込む。

 冷静になった頭で考えれば木箱の蓋を開けた直ぐの所に赤と青の導線が設置された銅板が付いていたのだ。つまり、その下にはまだ何かしらの装置があるということになる。


「狙いってどういうこと?」

「結論から言うとこの二本はいずれも外れの可能性が高い」

「じゃあ解除出来ないって事!?」

「いや、解除は出来る筈だ」


 残り三十秒。


 理解出来てない綾華に浩介が説明を加える。


「この装置を造ったのはその手のプロだ。爆弾処理班が処理出来ない時間を設定したのは簡単に解除されてしまうからだ。それを考えたら解除は出来る。だが今回解除出来るのは一般人に限られる。そうなれば蓋を開けた時に見えた赤と青の導線に運を掛ける。どちらも爆発するとは知らずにな」


 残り十五秒。


 浩介は大胆且つ慎重に銅板を取り外した。

 その顔には笑みが零れる。


「綾華、今日のラッキーカラーは何だった?」

「えっ?確か黄色――」

「ビンゴだ!」


 その銅板の下には黄色の導線が繋がっていた。


「これに賭けるぞ」


 残り十秒を切った時、浩介はハサミを入れた。



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