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白いリボンがほどけるまで  作者: 芦名 雅


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2/16

第1章 白いリボン

※本作は架空の島・架空の戦争を舞台にしたオリジナル創作です。


特定の実在人物・部隊・出来事を直接描いたものではありません。

翌朝、女学校の講堂に三年生が集められた。

壇上の軍人は「皆さんは後方の病院で傷病兵の世話をする」と説明した。

危険は少ない。

看護婦の手伝いだ。

祖国のための立派な仕事だ。

そう言われた。

灯子は隣の千鶴と顔を見合わせた。

血を見るのは苦手だったが、怪我人に水を渡したり、包帯を運んだりする程度なら自分にもできると思った。

母には「心配しないで」と言った。

本当は自分の方が心配だった。

出発前、母は灯子の白いリボンを結び直した。

「曲がってる」

「自分でできるよ」

「今日くらいさせなさい」

母の指が震えていることに、灯子は気づいていた。

だから気づかないふりをした。

「帰ったら、先生になるための勉強するから」

「うん」

「この戦争、すぐ終わるよ」

「……うん」

母は二度目の「うん」を少し遅らせた。

校門には家族が集まっていた。泣いている母親もいれば、笑って見せようとしている父親もいた。来られない家族もいた。富美の父は畑から戻れず、朝子の兄はすでに軍へ行っていた。見送りの人数まで、家ごとに違っていた。

昌子は出発前に名簿を開いた。

「名前を呼びます。返事をして」

一人ずつ返事が続いた。

「宮里灯子」

「はい」

「真栄田千鶴」

「はい」

十三番目の返事が終わると、昌子はもう一度、顔を見て数えた。

夏子が荷台へ足を掛けながら言った。

「先生、帰りも十三回数えてよ」

「当たり前でしょう」

昌子はそう答えた。

その言葉だけは、誰も冗談だと思わなかった。

少女たちは軍用トラックへ乗せられた。

夏子は荷台から手を振った。

「帰ったらアイスクリーム!」

「またそれ?」

「三つ食べる!」

「絶対お腹壊すよ」

「じゃあ二つ半」

笑い声が上がった。

町を抜ける。瓦屋根の家々、閉じた商店、軒下に吊られた洗濯物が荷台の後ろへ流れていった。ところどころ壁に爆風の傷があり、窓に板を打ちつけた家もあった。それでも道端には鶏が歩き、井戸端では老婆が桶を洗っていた。灯子は、帰るときにも同じ景色があると無意識に思っていた。

道端の人々が手を振っている。

少女たちも振り返した。

やがてトラックは山道へ入った。

木々が道路の上へ覆いかぶさり、海から来る風が届かなくなった。荷台にこもる汗の匂いと排気の臭いが濃くなる。遠い砲声が腹の底へ低く響くたび、誰かの膝が誰かの膝へ触れた。誰もそれをどけなかった。

砲撃の低い音が、遠くから地面を震わせた。

会話が一つずつ減っていった。

「後方って、どのへんなのかな」

美代が呟いた。

答えを知る者はいなかった。

トラックが止まったのは、森の中だった。

病院らしい建物はない。

あるのは山肌に開いた黒い穴だけだった。

入口の周囲には担架が重ねられ、土の上に黒ずんだ包帯が落ちていた。穴から吐き出される空気は地上より冷たいはずなのに、湿気を含んで肌へまとわりついた。灯子は穴の奥を見ようとしたが、数歩先から闇が何もかも呑み込んでいた。

「降りろ」

兵士に促される。

灯子たちは列になって穴へ入った。

数歩進んだところで、夏子が立ち止まった。

「……これ、病院?」

土と汗と消毒薬。

そして、それらでは隠せない血の匂い。

暗闇の奥から、誰かの呻き声がした。

灯子は自分の白いリボンに触れた。

ほんの数時間前、母が結んだ場所だった。

その白さだけが、地下壕の暗がりでは場違いなほど明るく見えた。


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