第8話:タックスヘイブン宣言
アストライア王国経済の「死」を告げる鐘の音は、王都の教会からではなく、私の執務室の計算機から響いていた。
「お嬢様、王都の物価上昇率(インフレ率)が、ついに前月比で800%を突破したわ。パン一個を買うのに、台車一杯の紙幣が必要なレベルね。……もう、喜劇を通り越して惨劇よ」
セラフィナが、頭を抱えながら最新の市場報告書を私の机に置いた。
「想定内の自壊です。通貨の信用を『愛』や『善意』で維持しようとしたツケですね」
私は窓の外を見下ろした。
ノアール領の港には、王国の旗を降ろし、所属不明の白旗を掲げた大型商船がひしめき合っている。
「彼らは『避難先』を探している。……カイルム、例の布告の準備は?」
「はっ。領内の全掲示板、および隣国、帝国の商工ギルドへの一斉通達の準備、整っております」
私は静かに立ち上がり、領主館のバルコニーへと出た。
そこには、私の「実績」を聞きつけ、藁をも掴む思いで集まった数百人の商人と投資家たちが詰めかけていた。
私は、魔導拡声器のスイッチを入れる。
「商人の皆様。……現在、アストライア王国は、あなた方の資産を『税』という名の略奪で奪い、実体のない紙片と交換しようとしています。それは経済における『死』です」
群衆がどよめく。私は冷徹なトーンを崩さずに続けた。
「本日、ノアール領は**『特別自由貿易経済特区』**であることを全世界に宣言します。……内容は以下の三点です」
> **【ノアール領・タックスヘイブン宣言】**
> 1. **法人税・関税の完全撤廃:** 向こう三年間、領内での全取引における税率を『ゼロ』とします。
> 2. **資産の絶対秘匿:** ベルベット監査官直属の『ノアール銀行』は、いかなる国家(王国を含む)の開示請求にも応じません。
> 3. **『ノアール・クレジット』への全額保証:** 王国紙幣を、市場価格ではなく、一週間前の『適正価格』でノアール通貨へ交換します(※先着1,000名限定の救済措置)。
「……税がゼロだと!?」
「王宮の差し押さえから、金を守れるのか!?」
商人の一人が、悲鳴に近い声を上げる。
「守るだけではありません。増やすのです」
私は、セラフィナが用意した「ノアール投資信託」のパンフレットを空中に投影した。
「ここには、私が算出した『最も効率的な再投資先』のリストがあります。……皆様の死にかけた資本を、私の知性に預けなさい。そうすれば、半年以内に資産を倍増させ、王国の負債など笑い飛ばせる立場にして差し上げましょう」
嵐のような歓声が上がった。
その日のうちに、数百万枚の金貨と、王国から逃げ出した熟練の職人、商人がノアール領へと流入した。
これは「亡命」ではない。資本による「王国の棄却」だ。
――数時間後。執務室。
「お嬢様、ベルベットからの裏情報よ。……ジュリアン王子が、この布告を聞いて発狂してるって。『エリシアは王国の財産を盗んでいる大罪人だ、今すぐ全資産を王都へ返還せよ』という公式書簡が届くわ」
「『返還』? 滑稽な表現ですね」
私は届いたばかりの書簡を一瞥もせずに、シュレッダーの魔導具に放り込んだ。
「資本には国境も忠誠心もありません。あるのは『安全性』と『収益性』だけ。……彼は、自分が客(商人)を追い出した店主であることに、まだ気づいていないようですね」
「でも、王国も黙っていないでしょう。物理的に港を封鎖しに来る可能性があるわ」
「そのために、ヴォルグの警備隊(PMC)の予算を二倍にしました。……カイルム、例の『新兵器』のテスト運用を。……ああ、兵器と言っても、物理的なものではありません」
私は、手帳に書き込まれた次のタスクを指差した。
「**『王立銀行の債務不履行宣告』**。……ベルベットを通じて、王国の国債が『ジャンク債』であることを世界中の市場にリークします。……王子が私を捕まえに来る前に、彼の『財布』を物理的に消滅させましょう」
私は冷徹に、次の四半期の収支予想図を描き直した。
アストライア王国の滅亡まで、あと四十五日。
私の帳簿は、すでにその先の「戦後復興ビジネス」の計算に入っていた。
第8話をお読みいただき、ありがとうございます。
「タックスヘイブン」という、ファンタジー世界では禁じ手とも言える
現代的な経済戦略をエリシアが発動しました。
武力ではなく「税率」で国を滅ぼす。これこそが実務特化型令嬢の戦い方です。
次回、第9話。
王国から派遣された「増税監督官」が、強引にノアールの資産を奪いに来ます。
それに対し、エリシアが「法規」と「経済制裁」の盾で
彼らを絶望のどん底に突き落とす様子を描きます。
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