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第6話:開かない「パンドラの箱」

アストライア王宮、中央財務局。

 そこはかつて、エリシアが「王国の心臓」として、一分の狂いもなく血液(予算)を送り出していた場所だった。

 だが今、そこにあるのは怒号と、脂汗を流す役人たちの悲鳴だけだ。


「……まだ開かないのか! 予備のパスワードはどうした!」

 王太子ジュリアンが、執務室の魔導端末を叩きつけるように操作している。

 画面には、エリシアが予告した通り、無慈悲な赤い文字が点滅していた。


『Access Denied: Administrative authority has expired. Please insert the Master Key.』


「殿下、落ち着いてください……! マスターキーは、エリシア様がその身に宿していた固有魔力そのものです。彼女がいない今、この端末はただの石板と同じです!」

 財務官が泣き出しそうな声で叫ぶ。


「そんな馬鹿なことがあるか! 誰か、魔法でこのロックを解除しろ!」

「不可能です! エリシア様が構築した暗号化術式は、強引に解こうとすれば内部のデータ――つまり、王国の全債務記録と徴税名簿が消去される仕組みになっています!」


 これこそが、エリシアが残した最大の「贈り物」だった。

 彼女は、自分が去った後に無能な者たちがシステムを改竄することを防ぐため、文字通り「自分がいなければ動かない」ように国を設計していたのだ。


 その時、執務室の扉が開き、聖女マリアがふわふわとしたドレスを揺らして入ってきた。

「ジュリアン様、そんなに怖い顔をしないで。お金がないなら、神殿にある備蓄金をお配りすればいいじゃないですか。民衆はみんな、お腹を空かせて泣いているんですよ?」


「マリア……。ああ、君の慈愛には救われる。だが、神殿の金だけでは、国境守備隊の給与一ヶ月分にも満たないんだ」


「まあ。なら、新しくお金を刷ればいいのではありませんか? 王立印刷所に命じれば、いくらでも増やせるはずですわ」


 財務官の顔が、土気色を通り越して真っ白になった。

「聖女様……。裏付けのない通貨発行は、貨幣価値を暴落させ、市場を破壊します。それは禁じ手中の禁じ手――」


「でも、目の前で苦しんでいる人を助けるのが『正義』でしょう? 数字なんて、後でどうにでもなりますわ!」


 一時間後。王太子の独断により、緊急の紙幣乱発が決定された。

 経済学の初歩すら無視した「慈愛の政策」。

 その結果、王都の市場ではパン一つの価格が、翌朝には十倍に跳ね上がることになる。


 ――同刻。最果ての地、ノアール領。


 私は、カイルムが淹れてくれた珈琲を一口含み、手元の報告書を閉じた。

 セラフィナが、面白くて仕方がないといった様子で口を開く。


「お嬢様。王都の『スパイ(情報員)』から報告が来たわ。あっちの連中、本当にやっちゃったみたい。裏付けなしの増刷。今ごろ、アストライア王国の金貨は、ただの光る円盤に成り下がってるわね」


「想定より、三日ほど早い崩壊ですね。マリア嬢の『善意』が、私の計算を上回る加速装置アクセルになったようです」


 私は窓の外を見やった。

 そこには、ヴォルグ率いる元山賊たちが、整然と並んで商隊の護衛に出発する姿があった。

 彼らが受け取るのは、王国の紙幣ではない。

 私が昨日発行したばかりの、ノアール領独自通貨――**『ノアール・クレジット』**だ。


 この通貨は、領内に眠る高純度魔石を裏付け資産リザーブとしている。

 価値が暴落する王国通貨を見限り、賢い商人たちはすでに、この「価値の変わらない新しい金」を求めてノアールに押し寄せている。


「お嬢様、このまま王国が潰れたら、困るんじゃないの? あなたの故郷でしょう?」


「困りません。むしろ、王国が債務超過で倒産(破綻)してくれた方が、私の『買収計画』はスムーズに進みます。……カイルム、次のタスクを」


「はっ。物流拠点の拡張、および、王都から流出を始めた『失業した熟練文官』の採用試験の準備が整っております」


「ええ。王宮で腐っていた有能な人材を、適正価格で買い取りましょう。彼らに必要なのは『愛』ではなく、正当な『給与』と『明確な業務定義書』ですから」


 私は眼鏡を直し、再びペンを執った。

 パンドラの箱が開いた後、箱の底に残っていたのは「希望」などではない。

 私が用意した、無慈悲で完璧な**「新秩序への請求書」**だ。

第6話をお読みいただき、ありがとうございます。


聖女の「無計画な慈愛」が、実務家にとっては「最悪のテロ」であることを描きました。

魔法や呪いよりも、ハイパーインフレの方がよっぽど恐ろしい――。

そんなリアリズムを楽しんでいただければ幸いです。


次回、第7話。

表の事務をセラフィナが、裏の情報戦を新キャラの「ベルベット」が担う、

二人のプロフェッショナルによる「王国解体」の準備が始まります。


続きが気になる投資家(読者)の皆様、ブックマークと評価をお願いいたします。

皆様の1ポイントが、エリシアの「買収資金」に変わります!

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