第5話:物流の目詰まりを解消せよ
ノアール領の再興における最大の「ボトルネック」は、領地を東西に貫く『黒岩峠』の物流停滞だった。
ここを通らなければ帝国との交易は成立しないが、峠には「黒犬傭兵団」を自称する山賊が居座り、通行料として荷物の三割を強奪していた。
「エリシア様、騎士団の残党を率いて討伐に向かいますか? 奴らの練度は高いですが、今の私なら三日で制圧可能です」
カイルムが剣の柄に手をかけ、進言する。だが、私は手帳の数字を弾きながら首を振った。
「却下です。討伐には兵糧、負傷者の治療費、そしてカイルム、あなたの貴重な労働時間を消費します。制圧後も、別の山賊が居座れば同じことの繰り返し。……コストパフォーマンスが悪すぎます」
「では、どうされるのですか?」
「『買収』ではなく『事業提携』を持ちかけます。彼らには、山賊よりも遥かに『利益率の高い仕事』を提供しましょう」
数時間後。私はカイルムだけを連れ、護衛も付けずに山賊の根城へと乗り込んだ。
囲まれる私たち。粗野な笑みを浮かべた大男が、錆びた大剣を肩に担いで現れる。
「威勢のいい小娘だな。公爵令嬢の身代金なら、金貨千枚は下らねえか?」
「残念ながら、私の身代金を払う人間はもう世界に一人もいません。ですが――」
私は動じることなく、用意していた「事業計画書」を男の足元に放り投げた。
「黒犬傭兵団団長、ヴォルグ。あなたの昨年度の推定収益を計算しました。略奪成功率62%、戦傷による構成員の欠落率15%、そして奪った物資を裏市場で換金する際の手数料40%。……手元に残る利益は、構成員一人あたり月銀貨3枚といったところね。違いますか?」
「……っ、なぜそれを」
「数字は嘘をつきません。さて、提案です。今日からあなたたちを『ノアール領公認・総合物流警備保障(PMC)』として雇用します」
私は端末のホログラムを起動し、比較グラフを空中に投影した。
> **【山賊行為 vs 警備保障:収益シミュレーション】**
> 1. 現状(山賊):期待収益 低(不安定) / リスク 高(討伐、負傷)
> 2. 提案(警備):固定給(銀貨5枚)+ 護衛成功報酬(利益の5%) / リスク 低(公認組織)
> 3. 福利厚生:領主館による医療サポート、および装備品の現物支給。
「略奪する三割の荷物より、安全に通過させて得る五%の成功報酬の方が、流通量が増えれば総利益は三倍に跳ね上がります。……ヴォルグ。あなたはいつまで、部下を病死や戦死という『不採算な損失』で失い続けるつもりですか?」
「……俺たちを、まっとうな仕事に就かせようってのか。笑わせるな、俺たちは人殺しだぞ」
「人殺しというスキルの『市場価値』が、今は警備に向いていると言っているだけです。感情論は不要。……私と契約すれば、あなたは明日から『犯罪者』ではなく、この地域の『治安維持責任者』という公職に就くことになる」
ヴォルグは呆然とグラフを見つめ、やがて低く笑い出した。
「……クハッ! 狂ってやがる。剣も持たねえ小娘が、数字だけで俺たちを黙らせようってのか」
「黙らせるのではなく、納得させているのです。さあ、ペンを取りなさい。私の時間は、1分につき金貨1枚の価値があるのですから」
翌日。黒岩峠から「山賊」の旗が消えた。
代わりに掲げられたのは、エリシアの紋章が入った「物流保護区」の看板。
これまで峠を避けていた商隊が、警備保障を得て続々とノアール領へ流れ込み始める。
「お嬢様……。本当に山賊をサラリーマンにしちゃったわね」
領主館で報告を受けたセラフィナが、頭を抱える。
「サラリーマンではありません、高度なアウトソーシングです。これで物流の目詰まりは解消されました。……さて、セラフィナ。関税の徴収を開始しましょう。初日の目標利益は金貨500枚。……あ、カイルム」
「はっ、ここに」
「王都の財務官から、私の個人端末に104件の『緊急ヘルプ』のメッセージが届いていますが、すべて『着信拒否』で処理しておいてください。彼らの『無能』にかける時間は、今の私にはありません」
王宮がシステムの完全停止にパニックを起こしているその瞬間、ノアール領の国庫には、建国以来初めての「正当な外貨」が流れ込み始めていた。
第5話をお読みいただき、ありがとうございます。
武力での解決を「コスト」と切り捨て、敵を「人材」として再利用する。
これこそがエリシアの合理主義です。
山賊が「略奪より給与明細の方が楽しみだ」と呟くシーンは、
本作ならではの「ざまぁ」の形でもあります。
次回、第6話。視点は再び王宮へ。
エリシアが不在となって一週間。
「愛」で国を動かそうとした王太子と聖女が、
現実という名の「債務超過」に直面する様子を描きます。
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