第4話:不正経理を3秒で仕分けます
領主館の地下牢は、管理コストの無駄を象徴するような場所だった。
松明の燃料費、看守の人件費。それらに対して、得られる「治安維持効果」が著しく低い。
「エリシア様、この奥です。例の会計士、セラフィナ・マーロウが収容されているのは」
カイルムが重い鉄扉を開ける。
湿った空気の中に、インクと紙の匂いが混じっていた。
牢の隅で、ボサボサの髪を振り乱しながら、壁に鋭利な石で「数式」を刻んでいる女がいた。
「……42万エスク、マイナス15パーセント……。ここが合わない。バドの豚め、どこで中抜きした……」
「中抜き先は、王都の『ゴールデン・ルース商会』への裏金と、その隠し口座です。計算するまでもありませんよ」
私の声に、壁の数式を追っていた女――セラフィナが跳ねるように振り返った。
「……誰よ。王都の新しい着せ替え人形? それとも、私の処刑通知を持ってきた死神?」
「どちらでもありません。あなたの新しい『上司』です」
私はカイルムに命じて牢を開けさせると、彼女の前に一枚の汚れた帳簿を放り出した。バドの執務室から回収した、不正の証拠だ。
「これを見なさい。3秒で仕分けなさい」
セラフィナは不審げに私を睨んだが、帳簿を開いた瞬間にその眼光が変わった。
ページをめくる指が、まるで計算機の部品のように正確に動く。
「……あはっ。これ、偽造の仕方が素人ね。二重帳簿の片方を隠す努力すらしてない。……項目82、104、211。全部架空の備品購入費。合計で金貨2,400枚の赤字を、領民からの『特別徴収』で補填してる。バカじゃないの?」
「合格です。所要時間2.8秒。誤差の範囲内ですね」
私は彼女に手を差し伸べた。
「セラフィナ・マーロウ。あなたは公爵令嬢だった私の取り巻きの一人でしたが、派手な虚飾の下に、誰よりも鋭い『監査の目』を隠していた。……私と一緒に、この領地を『数字で支配』する気はありませんか?」
「……報酬は?」
「あなたの安全、清潔なオフィス、そして――バドとその一派を、法的・経済的に完膚なきまでに叩き潰すための『全権』です」
セラフィナは、不敵な笑みを浮かべて私の手を取った。
「悪くない契約ね。……お嬢様。いえ、『CEO(領主様)』」
地下牢を出て執務室に戻る頃には、私はすでに次のタスクリストを作成していた。
> **【ノアール領・腐敗一掃オペレーション:Phase 1】**
> 1. バドおよび主要役人12名の即時解雇・資産凍結。
> 2. 横領金の全額回収(拒否した場合は『領地追放および私財没収』を即決)。
> 3. 凍結資産を原資とした「緊急失業対策および土木工事」の公募。
> 4. 領民への「過去5年分の過払い税金」の還付(信用スコアの急速回復)。
「お嬢様、これ……。本気でやるつもり?」
リストを見たセラフィナが、呆れたように、しかし興奮を隠せない様子で尋ねる。
「本気です。バドたちは今頃、裏庭で金塊を掘り出そうとしているでしょうが、すでにカイルムの部下たちが包囲しています。彼らが盗んだのは、私の『未来の資産』。1枚のコイン、1グラムの地金に至るまで、利子をつけて吐き出させます」
その時、ドアが乱暴に開いた。
解雇されたはずのバドが、私兵を引き連れて怒鳴り込んでくる。
「調子に乗るなよ、小娘! 領主印がない命令など無効だ! この土地の法律は、俺が決めるんだよ!」
私は冷ややかに、時計を見た。
「バド卿。あなたがその権利を失ってから、正確に18分が経過しています。……カイルム」
「はっ」
「暴力の行使はコストがかかるので避けたいところですが、彼の『抵抗』は不採算な損失です。速やかに強制排除を。……ああ、それから」
私はバドの足元に、王子の署名入りの別の書類を投げ捨てた。
「あなたが王都の商会と結んでいた密約の『違約金』。私が立替払いをしておきました。つまり、現在あなたは王太子ではなく、**私個人の債務者**です。返済が終わるまで、あなたは私の領地の鉱山で『肉体労働』という名の返済義務を負っていただきます。時給は最低賃金を適用しますので、完済までには……そうですね、140年ほどかかる計算ですが」
「な……な、なんだと……っ!?」
「事務処理はすでに完了しました。さあ、兵士の方々。彼の拘束をお願いします。拒否すれば、あなた方も連帯債務者になりますが?」
バドの私兵たちが、顔を見合わせ、即座に槍を捨てて自分たちのボスを取り押さえた。
実務と法律、そして「損得」を提示されれば、人間は驚くほど合理的に動く。
「……お嬢様、あなた本当に性格が悪いわね」
セラフィナが呆れたように笑う。
「最高の褒め言葉として受け取っておきます。……さて、セラフィナ。ゴミ掃除は終わりました。次は、この土地に『血液(通貨)』を流す作業に入りましょう。ノアール領独自通貨の発行案、第1稿を出してください」
王宮が私の不在による「パスワードの消失」に絶望している頃、私はこの荒野で、世界で最も透明で、最も強力な経済システムの基盤を書き上げていた。
第4話をお読みいただき、ありがとうございます。
有能な右腕・セラフィナが合流し、領地の「毒」を事務的にパージする回でした。
悪人を暴力で倒すのではなく、「法と債務」で縛り上げ、
一生かけて労働で償わせる。これこそが、エリシア流のドライな「ざまぁ」です。
次回、第5話。ついにノアール領の「本当の価値」が世界に示されます。
物流の目詰まりを解消し、初めての「利益」を生み出す瞬間を描きます。
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