第3話:最果ての地、その「資産価値」
王都を出発して44時間。
馬車の窓から見える景色が、豊かな穀倉地帯から、ゴツゴツとした岩肌の目立つ荒野へと変わった。
アストライア王国最北端、ノアール領。
地図上では「不毛の極地」と記され、歴代の領主が数年で音を上げて逃げ出した、王国の負債そのもののような土地だ。
「エリシア様、見えてきました。あそこが領都……と呼ぶには些か心許ないですが、行政拠点です」
カイルムが指差した先には、風化して崩れかけた石造りの門と、やる気のなさそうに槍を杖代わりにしている門番が二人立っていた。
馬車が止まる。私が扉を開けて降り立つと、門番の一人が鼻を鳴らした。
「おいおい、こんな僻地に何の用だ? 商売なら他を当たりな。ここには毟り取る毛すら生えちゃいねえよ」
「ご心配なく。毟りに来たのではなく、投資に来たのです」
私は懐から、王子の署名が入った「領地割譲契約書」を突きつけた。
「今日からこの地の統治権は私、エリシア・フォン・アストライアにあります。あなたたちの雇用主が変わったということです。……ところで、その槍。手入れを怠って錆びていますね。減価償却費をドブに捨てているのと同じです。即刻、武器庫の在庫目録を持ってきなさい」
「は……? なんだあ、この女……」
呆気にとられる門番を無視し、私はカイルムを伴って領主館へと突き進む。
領主館内部は、さらに酷い惨状だった。
埃の積もった廊下、昼間から酒の臭いを漂わせる役人たち、そして山積みにされた「未処理」の書類。
奥の執務室では、恰幅のいい中年男が椅子にふんぞり返り、帳簿を枕に昼寝をしていた。
「あなたが、暫定統治官のバド卿ですね」
私の声に、男は飛び起きた。
「な、なんだ! 公爵令嬢がこんな汚い場所へ何用だ! 王宮からの救援物資か?」
「いいえ。あなたの『解雇通知』を届けに来ました。ついでに、過去5年分の使途不明金についての監査も行います」
「……はあ!? 監査だと!? 冗談じゃねえ、ここは俺が守ってきたんだ。文字も読めねえ連中相手に、どれだけ苦労したと思って――」
「苦労の割に、帳簿の数字が合いませんね」
私は彼が枕にしていた帳簿をひったくり、パラパラと数ページめくった。
脳内で計算が走る。
「項目:道路修繕費。年間金貨500枚。ですが、先ほど通った主要道路は馬車の車輪が沈むほど穴だらけでした。項目:警備費。兵士30名を雇用していることになっていますが、門番の質を見る限り、実際に稼働しているのは10名以下でしょう。差額の金貨400枚……あなたの愛人の囲い込み費用と、王都の商会への横流し分ですね?」
「な、なぜそれを……!」
「数字は嘘をつきませんが、バカな嘘つきは数字を疎かにします。カイルム、彼を別室へ。後ほど、横領金の返還計画書を作成させます。拒否するなら、王国の司法ではなく、私の『領主裁判権』で処断します」
「了解した」
カイルムがバドを軽々と担ぎ上げ、部屋を出ていく。
静かになった執務室で、私は窓を開け放ち、荒野の風を吸い込んだ。
一見、何もない不毛の地。
だが、私の視界には別のものが見えている。
「カイルム、戻ったらこの土地の土壌サンプルと、地下水の水質調査報告書を。……それから、この領地の『本当の価値』を教えてあげましょう」
私は壁にかけられた古びた地図の一点を指差した。
そこは、王都から帝国へ続く主要街道からは大きく外れた、切り立った崖の下だ。
「ここには、王都では枯渇しかけている『高純度魔石』の露頭があります。それも、地表近くに。……誰も気づかなかったのは、この地が『不毛』だと決めつけて、調査費用をケチったからです。さらにもう一点」
私は地図の北、海に面した断崖を指す。
「ここは暖流と寒流がぶつかるポイント。港を作れば、王国最大の漁場になります。さらに帝国との最短航路も構築できる。……王太子は、ここを『ゴミ溜め』と言いました。ですが、私に言わせれば、ここは**『初期投資が極めて低く済む、最強のブルーオーシャン』**です」
私は、バドが汚した机をハンカチで拭き、自らの万年筆を置いた。
「さて、まずは人材の選別と、滞っている行政サービスの正常化から始めましょうか。セラフィナという女性がいたはずです。この館で唯一、帳簿に異議を唱えて地下牢に入れられたという、骨のある会計士が」
私の新しい「帝国」の、最初の四半期計画が、今ここで動き出した。
第3話をお読みいただき、ありがとうございます。
「不毛の地」は、有能な経営者にとっては「真っ白なキャンバス」に過ぎません。
エリシアが地質調査や物流ルートの再定義によって、
土地の真の価値を跳ね上げていくプロセスは、
実務系ジャンルにおける大きな醍醐味です。
次話、地下牢から救い出される「最初の共犯者」セラフィナが登場します。
二人の事務処理能力が合わさった時、領地の改革スピードはさらに加速します。
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