第16話:関税の壁と、密輸の黄金律
アストライア王国の旧国境、およびガルティア帝国との境界線に、突如として「見えない壁」が築かれた。
周辺五カ国が締結した『対ノアール共同経済封鎖条約』。ノアール領からの全輸入品に対し、一律200%の「報復関税」を課すという暴挙である。
「お嬢様、これはいよいよ不味いわ。主要な街道に検問所が設置されて、物流が完全に止まった。……ノアール・クレジットの対外決済額も、今朝から15パーセント下落している」
セラフィナが、真っ赤に染まった下落チャートを指して悲鳴を上げる。
だが、私は窓の外で、静かに港へ入りゆく「無名の小舟」たちを眺めていた。
「セラフィナ。……経済学には『一物一価の法則』というものがあります。……これほど巨大な『関税の壁』が築かれたということは、壁の内と外で、商品の価格に三倍の『歪み』が生じたということです」
「歪み……? それがどうしたのよ、売れないことに変わりはないじゃない」
「いいえ。……三倍の価格差がある場所には、命を懸けてでもその差額(利益)を狙う『重力』が発生します。……ベルベット、準備は?」
影の中から、ベルベットが不敵な笑みを浮かべて現れた。手には、周辺諸国の「裏の徴税官」や「闇商人」たちのリストがある。
「バッチリよ、お嬢様。……『関税が三倍なら、賄賂を倍払ってもお釣りが来る』って、向こう側の役人たちが泣いて喜んでいるわ。……今、公式な街道は閉鎖されているけれど、私たちが整備した『秘密の獣道(裏の物流インフラ)』は、かつてないほどの好景気に沸いているわよ」
その時、執務室に緊急の魔導通信が入った。
封鎖を主導した隣国の代表、ポルタス侯爵からの勝ち誇ったような映像通信だ。
『エリシア公爵令嬢! 息災かな? 貴様の領地は、今や大陸の孤島だ。自慢の魔石も、農産物も、壁を越えられなければただのゴミ。……今すぐ頭を下げて、我が国の傘下に入るなら、関税を「一割」にしてやってもいいぞ?』
「ポルタス侯爵。……わざわざ貴重な通信魔力を割いて、ご自身の『無知』を露呈しに来られたのですか?」
『何だと!?』
「あなたが課した200%の関税。……そのせいで、貴国の市場では今、パンや燃料の価格が三倍に跳ね上がっています。……国民は飢え、商人は悲鳴を上げている。……一方で、我がノアールの商人は、貴国の検問所を『買収』し、裏ルートで商品を流し、正規価格の二倍で売り抜けて莫大な利益を上げています」
私は、ベルベットが収集した「貴国の闇市場における取引価格」のデータを突きつけた。
「関税という壁は、高ければ高いほど、それを乗り越えた時の『密輸の利益率』を跳ね上げるブースターに過ぎません。……現在、貴国の金貨は、関税を回避する形で、滝のように我がノアール銀行へと逆流しています。……封鎖しているのは貴方ではなく、私の方なのですよ?」
『ば、馬鹿な! 検問を強化しろ! 密輸はすべて極刑だ!』
「無駄です。……空腹という本能に勝てる法律はありません。……さらに、本日付でノアールは**『大陸自由貿易ギルド(NFTA)』**の設立を宣言しました。……加盟する商人は、ノアールの保護下で『公式な密輸(特例配送)』を行う権利を得ます。……さて、ポルタス侯爵。貴国の商人が、どちらに味方するか……計算するまでもありませんね?」
通信は、侯爵の絶望したような叫びとともに途絶えた。
「……お嬢様。これ、密輸を『公式な事業』に格上げしちゃったってこと?」
セラフィナが、震える手で新しい事業計画書をめくる。
「『密輸』という言葉は不正確ですね。……『既存の非効率な関税システムをバイパスする、最適化された物流』と呼びなさい。……カイルム、海上ルートの護衛を。……ベルベット、周辺諸国の役人の『買収コスト』を必要経費として計上して。……相手が壁を作るなら、私たちはその下に『金が流れる穴』を掘るだけです」
アストライア王国の旧い常識が、また一つ、エリシアの「合理的な欲望」の前に崩れ去っていった。
第16話をお読みいただき、ありがとうございます。
関税という「経済の壁」を、逆転の発想で「利益の源泉」に変えてしまうエリシア。
相手が締め出そうとすればするほど、相手の国の富がノアールへ吸い上げられる。
この「逃げ場のない構造」こそが、彼女の真の恐ろしさです。
次回、第17話。
経済で勝てない諸国が次に狙ったのは、ノアールの「知恵(技術)」でした。
魔石精錬技術の盗用に対し、エリシアは剣ではなく**『大陸特許法』**を突きつけます。
この「世界をシステムで制圧する物語」のホルダーの皆様、
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