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第15話:聖女の「祈り」と、宗教法人の非課税特権

帝国との軍事衝突を「違約金の請求」という事務処理で終結させた翌週。

 私の元に、ベルベットから一通の「不穏な資金流出報告」が届いた。


「お嬢様、厄介なことになったわ。……旧王国の民たちの間で、『聖女による無償の救済』という名のカルトが急速に拡大している。……震源地は、かつてマリア嬢を追放したはずの『中央神殿』よ」


 報告によれば、鉱山での労働を「奇跡」によって脱走したマリアは、神殿の腐敗した高官たちと手を組み、私の経済政策を「悪魔の所業」として糾弾しているという。


「彼らは叫んでいるわ。『数字は心を殺す。祈りこそが、失われたパンを呼び戻す』ってね。……おかげで、王都の復興作業の出席率が15パーセントも低下している」


「『祈りでパンが出る』のであれば、この世界の飢餓問題は数千年前になくなっています。……セラフィナ、カイルム。……神殿へ向かいます。……武装は不要。……代わりに、私の『公認会計士徽章』を用意して」


 王都・中央神殿。

 そこには、マリアの「祈り」を求めて数千人の民衆が集まっていた。

 マリアは祭壇の上で、慈愛に満ちた(と本人は思っている)表情で語りかけていた。


「皆さん、苦しまないで。エリシア様が強いる『労働』や『納税』は、魂を汚す鎖です。……神殿に寄付をすれば、神の加護があなたたちを空腹から救い――」


「その『寄付』の勘定項目は、寄付金(非課税)ですか? それとも役務提供の対価(課税)ですか?」


 私の声が、神殿の静寂を切り裂いた。

 民衆が割れ、私が中央通路を歩む。マリアの顔が驚愕に歪んだ。


「エリシア様! ……また数字の話ですか!? ここは神聖な場所、あなたの汚れた帳簿が立ち入る場所ではありません!」


「神聖かどうかは、私が決めることではありません。……『税務当局』が決めることです」


 私は、懐から「特殊監査執行状」を取り出し、神殿の司教に突きつけた。


「司教閣下。……ノアール経済圏の暫定法により、全宗教法人の『非課税特権』は、本日午前九時をもって停止されました。……これより、過去三年間における寄付金の使途、および『奇跡の対価』として徴収した隠し資産の全数調査(実地監査)を行います」


「な……っ、何を馬鹿な! 神への献げ物に税をかけるなど、前代未聞だ!」


「『宗教活動』であれば非課税ですが、あなたがたがマリア嬢を看板にして行っているのは、実体なき『幸福の切り売り』という収益事業です。……セラフィナ、資産リストを」


 セラフィナが、神殿の裏帳簿――ベルベットが昨夜盗み出したデータ――を投影した。


> **【中央神殿:監査指摘事項】**

> 1. **使途不明金:** 金貨5,000枚。司教の愛人宅の修繕費に充当(聖域外支出)。

> 2. **棚卸資産の未申告:** 倉庫に隠匿された小麦30トン。民衆に配らず、闇市場での高値転売を画策。

> 3. **労働基準法違反:** 「ボランティア」と称し、孤児を無償で重労働に従事させている。


「……これが、あなたたちの言う『祈り』の実態ですか?」


 会場の民衆から、ざわめきが上がる。

 マリアが必死に叫ぶ。「違うわ、これは……これは必要な経費で……!」


「マリア嬢。……あなたの『祈り』でパンが出るという奇跡、一度だけチャンスをあげましょう。……今ここで、この三トンの小麦を、目の前の飢えた人々全員に行き渡るよう『増殖』させてください。……もしできれば、私は神殿の全負債を免除しましょう」


「そ、それは……神の御心次第で……」


「できないのですね。……物理法則を無視した経営計画(奇跡)は、投資詐欺と同じです。……カイルム、神殿の倉庫を解放し、隠匿されていた小麦を市場価格の半値で放出なさい。……司教、およびマリア嬢。……あなた方には『脱税および詐欺罪』による追徴課税、金貨5万枚を課します。……支払えない場合は、神殿の全敷地を没収し、公共の『職業訓練校』に改築します」


 マリアは膝をついた。

 祈りでは、一枚の請求書すら消すことはできない。

 民衆は、マリアの空虚な言葉よりも、目の前に積み上げられた「実体のある小麦」の方へと、雪崩を打って駆け寄っていった。


「……お嬢様。神様まで敵に回すなんて、本当に徹底しているわね」

 セラフィナが、押収した小麦の計量を始めながら笑う。


「神を敵にしたのではありません。……『神の名を利用した、不健全な非課税スキーム』を解体しただけです。……さて、ベルベット。……この小麦の流通ルートを確保して。……ノアールの『食料自給率』を、あと5パーセント引き上げますよ」


 信仰という名の霧が晴れた後には、ただ「正当な分配」という冷徹な数字だけが残っていた。

第15話をお読みいただき、ありがとうございます。


宗教や感情という「アンタッチャブル」な領域に対しても、

「税務監査」という最も現実的な武器で切り込むエリシア。

祈りよりもパン、奇跡よりも帳簿。

この徹底したリアリズムが、彼女の支配をより盤石にしていきます。


次回、第16話。

神殿を解体したエリシアの前に、ついに「隣国」と「帝国」が結託した

『対ノアール包囲網(経済ブロック)』が形成されます。

世界規模の「関税戦争」が幕を開けます。


この「世界を監査する物語」のフォロワーの皆様、

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