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第14話:皇帝の親征 — 暴力と、それ以上の「違約金」

アストライア王国の旧国境線。かつてはのどかな農村地帯だったそこは今、ガルティア帝国の「金と黒」の軍旗に埋め尽くされていた。

 動員兵力、五万。格付けを引き下げられたことに激怒した皇帝ジギスムントが、自ら陣頭指揮を執る「親征」である。


「エリシア! 出てこい! 貴様の小賢しい数字遊びなど、帝国の鉄騎兵が踏み潰してくれるわ!」


 地響きのような雄叫びが荒野に響く。

 対するノアール領側は、ヴォルグ率いる元山賊の警備隊(PMC)わずか五百名。そして、その中央にポツンと置かれた、簡素な事務机と椅子。


 私は、カイルムが差す日傘の下で、悠然と紅茶を飲みながら書類を整理していた。


「……お嬢様、敵軍との距離、三〇〇。突撃まで残り二分を切りました」

 カイルムが静かに、しかし迎撃の構えを解かずに告げる。


「ええ。ちょうどティータイムが終わる頃ですね。……セラフィナ、例の『請求明細』の同期は?」


「完璧よ。帝国の全補給部隊の魔導端末に、リアルタイムで送りつけてやったわ」

 通信端末を操作するセラフィナが、不敵に笑う。


 その直後、突撃の合図を上げようとしたジギスムント皇帝の元に、血相を変えた兵站将校が駆け込んだ。


「ほ、皇帝陛下! 止まってください! 今すぐ進軍を停止してください!」


「何事だ! このまま踏み潰せと言っているのだ!」


「不可能です! 先ほど、我が軍が契約している『全食料供給商会』および『馬匹ばひつギルド』から、一斉に契約破棄の通告が届きました! 理由は――我が軍の『支払い能力の欠如』による、一方的な与信クレジット停止です!」


「……何だと!?」


 私は椅子から立ち上がり、拡声器の魔導具を手に取った。


「ジギスムント皇帝。……あなたの軍隊が今朝食べたパン、そして今履いている軍靴の革。それらすべては、我がノアール経済圏の加盟商会が納品したものです。……そして、一分前。私はそれらすべての『代金未払い』を理由に、即時の商品回収を命じました」


「……貴様、何を言っている! 支払いは後払いの約束だろうが!」


「ええ。ですが、我が『ノアール・レーティング社』が貴国の格付けを下げたため、特約条項により『全額即時払い』に切り替わったのです。……支払えますか? 貴国の国庫には、今や価値を失ったアストライア紙幣しか残っていないはずですが」


 ジギスムントの顔が、怒りで真っ赤に染まる。

 だが、事態はそれだけでは終わらなかった。


「さらに、皇帝陛下。……あなたが踏んでいるその土地、および進軍ルート上の街道。……実は昨日、私が旧王国政府から『債権の代物弁済』として、土地所有権を正式に買い取りました。……つまり、現在あなたの軍隊は、私、エリシアの私有地に『不法侵入』している状態です」


「……ぬ、ぬかせっ! 戦争に土地の所有権など関係あるか!」


「関係あります。……ベルベット」


 闇の中から現れたベルベットが、一枚の国際法廷の文書を掲げる。


「皇帝陛下、残念。……大陸共通法、第十八条『私有地における軍事活動の制限』。……許可なく他人の領地を損壊させた場合、その修繕費として、一平方メートルにつき金貨一校の違約金が発生するわ。……今、あなたの軍隊が踏み荒らしている面積から計算すると……そうね、五分ごとに帝国の年間予算が吹き飛ぶ計算かしら?」


「…………っ!」


「ジギスムント皇帝。……これ以上進軍するなら、私はあなたを『征服者』としてではなく、**『莫大な違約金を抱えた破産者』**として大陸全土に指名手配します。……そうなれば、帝国内部の貴族たちは、借金を背負わされる前にあなたを首にするでしょうね。……さあ、剣を振るうのが先か、それともこの『和解契約書』にサインするのが先か、選ばせてあげます」


 五万の軍勢が、たった一人の令嬢の「数字」の前に、完全に沈黙した。

 暴力よりも恐ろしいもの。それは、戦うたびに自分の資産が、国が、未来が、砂のように崩れ去っていく「合理的な絶望」だ。


「……エリシア・フォン・アストライア。……貴様は、人の血ではなく、インクが流れているのか」


「光栄な褒め言葉です、陛下。……では、こちらの『軍事顧問契約(実質的な軍権割譲)』の書面をご確認ください。……あ、お帰りの際の兵糧は、実費で販売しておりますのでご安心を」


 皇帝の親征は、一滴の血も流れることなく、史上最も高価な「赤字イベント」として幕を閉じた。

第14話をお読みいただき、ありがとうございます。


圧倒的な軍事力を、兵站の「与信停止」と「私有地侵入の違約金」で封殺する。

これが、実務家エリシアがたどり着いた「戦争の終わらせ方」です。

剣を振るう前に財布の中身を空にする。これほど冷徹な「ざまぁ」はありません。


次回、第15話。

帝国を事実上の管理下に置いたエリシア。

しかし、影で糸を引く「真の黒幕」――経済戦では解決できない

『思想』と『宗教』を武器にする聖女マリアの再起が始まります。


この物語の「ポートフォリオ」をさらに拡大させるため、

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