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第12話:国際格付け、ノアール領を「AAA」に認定

アストライア王国の崩壊は、大陸全土に凄まじい「波及効果スピルオーバー」をもたらした。

 特に隣接する軍事大国、ガルティア帝国にとって、ノアール領という「法の穴」に資本が流出することは、自国の経済基盤を脅かす由々しき事態だった。


 領主館の会談室。

 そこには、帝国の若き外交官、レオポルド伯爵が、威圧的な態度でソファに腰掛けていた。


「エリシア公爵令嬢。……いや、今はノアールの僭称領主(CEO)と呼ぶべきか。君のやっていることは、大陸の既存秩序に対する重大な挑戦だ。今すぐ独自通貨の発行を停止し、魔石の輸出権を帝国へ譲渡しなさい。さもなくば、帝国はノアールを『非友好的組織』と見なし、経済封鎖、あるいは物理的な『制圧』を検討することになる」


 私は、手元の書類から視線を外さず、ペンを走らせながら答えた。


「『制圧』ですか。……レオポルド閣下、その意思決定にかかる軍事コストと、失敗した際の下振れリスクを算出済みですか?」


「……何だと?」


「帝国の現在の外貨準備高は、王国の崩壊に伴う債権回収不能により、前月比で30パーセント減少しています。……さらに、帝国内部で進行している『穀物価格の騰貴』。……これらを放置したまま戦争を始めれば、戦費の調達のために増刷した帝国紙幣は、一週間でただの紙屑になるでしょう」


 私は、セラフィナが作成した最新の**『大陸諸国 経済格付けレポート』**を、彼の前のテーブルに無造作に放り出した。


「ご覧なさい。これは、私が運営する『ノアール・レーティング社』が、独自の監査とベルベットの情報網を元に算出した、最新の国家格付けです。……アストライア王国は『デフォルト』。そしてあなたのガルティア帝国は、現在の『A』から『BB(投機的)』へと引き下げを検討中ネガティブです」


「……馬鹿な! 帝国の信用が、たかが領主一人の判断で揺らぐはずがない!」


「揺らぐのですよ。……市場とは、実体ではなく『信頼』で動くものですから。……もし私がこのレポートを大陸全土の商工ギルドに公開すれば、帝国の国債は一斉に売り浴びせられ、貴国の港に届く予定の冬越しの食料は、すべて我がノアール・クレジットで決済可能な他国へと流れるでしょう」


 レオポルドの顔が、微かに引き攣る。

 彼は武官上がりの外交官だ。剣での脅しは通用しても、この「見えない数字の暴力」には免疫がない。


「……君は、帝国と心中するつもりか? 帝国の経済が死ねば、ノアールだって無事では済まないはずだ」


「いいえ。私はすでに、ポートフォリオを多様化しています。帝国の不況をヘッジ(回避)するために、西方の海洋国家連合と既に『デリバティブ(金融派生商品)契約』を結んでいますから。帝国が滅んでも、私の帳簿は黒字を維持します」


 私は、セラフィナに合図を送った。

 彼女は、最高級の羊皮紙に記された「一枚の証明書」を掲げる。


「一方で、我がノアール領の格付けは、現在『AAA(トリプルエー:最高位)』。……大陸で最も安全な資本の逃避先です。……閣下、脅しに来る相手を間違えましたね。今のあなたは、私を攻撃する側ではなく、私に『金を貸してください』と乞うべき側なのですよ」


 沈黙が室内の温度を奪う。

 背後に控えるカイルムが、いつでも剣を抜ける間合いで、しかし動かぬ彫像のようにレオポルドを圧圧する。


「……要求を、聞こう」

 レオポルドは、絞り出すような声で言った。


「賢明な判断です。……一点目。ノアール・クレジットを、帝国公式の『第二基軸通貨』として認めること。二点目。帝国を通過するノアール商船への関税を完全免除すること。……これを受け入れるなら、私は帝国の格付けを『A』に据え置き、帝国国債の買い支えを検討しましょう」


「……それは、帝国の経済的主権を君に委ねるということか」


「『委ねる』のではありません。『最適化』するのです。……無能な政治家に国の財布を任せるより、私の計算に従う方が、帝国の民も飢えずに済む。……合理的だと思いませんか?」


 会談が終わる頃、帝国の外交官は、まるで巨大な魔物に魂を半分吸い取られたような足取りで退出していった。


「お嬢様……。帝国まで手玉に取るなんて、もう本当に手がつけられないわね」

 セラフィナが、戦慄しながらもどこか誇らしげに笑う。


「手玉に取ったのではありません。私はただ、彼らに『現実的な損得コストパフォーマンス』を提示しただけです。……さて、ベルベット。格付けを武器にした『静かな侵略』、次のターゲットはどこかしら?」


 ベルベットが、闇の中から優雅に現れ、一通の赤い封筒を差し出した。

「西方連合の盟主が、お嬢様に『個人的な融資』を相談したいそうよ。……条件は、お嬢様の『独占契約』だって」


「『融資』ではなく『買収の打診』ですね。……カイルム、次の出張の準備を。……今度は、海を越えて『世界の中央銀行』の椅子を奪いに行きます」


 アストライア王国という小さな舞台は、もう狭すぎた。

 エリシアの帳簿は今、世界という巨大な地図を塗り替えようとしていた。

第12話をお読みいただき、ありがとうございます。


軍事侵攻を「クレジット・デフォルト(国家破産)」の脅しで封じ込める。

これぞ実務系、あるいは経済戦記の醍醐味です。

帝国を「格付け」一つで跪かせるエリシアの姿に、

カタルシスを感じていただけたなら幸いです。


次回、第13話。

舞台は海を越え、西方の海洋国家連合へ。

エリシアの才能を「所有」しようとする他国の野心的な指導者たちとの、

新たなビジネス(戦争)が幕を開けます。


「数字で世界を制する令嬢」の歩みを応援してくださる投資家の皆様、

ブックマークと評価をお願いいたします。

皆様の1ポイントが、エリシアの「国際交渉力」をさらにブーストさせます!


明日からは1日1話の投稿予定です。

ブックマークしてお待ちください。

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