第11話:負債の象徴、その「再利用」
ノアール領主館の地下、特別応接室。
そこは、通常の客人を迎える場所ではない。返済能力の疑わしい「巨額債務者」と、その処遇を決定するための場だ。
目の前で、元王太子ジュリアンと聖女マリアが、床に膝をついている。
王宮での輝きは失われ、ドレスは汚れ、瞳には絶望と、未だに捨てきれない「選民意識」が混在していた。
「エリシア……。頼む、この拘束を解いてくれ。僕は、君がこれほどまでの力を隠し持っていたとは知らなかったんだ。やり直そう。君を正妃に、マリアを側妃にする。それで全て解決だ……!」
私は、手元にある「債務清算案」から目を上げることなく、冷淡に答えた。
「解決? 何を解決するのですか? 現在のあなたに、私の『時給』を支払う能力はありません。さらに言えば、あなたは私という『資産』を一度手放し、国家を破綻させた。……投資の世界において、一度デフォルトを起こした経営者を再雇用するほど、私は愚かではありません」
「そんな……! マリアだって、国民のために良かれと思って――」
「『良かれと思って』という主観は、会計学では一文の価値もありません」
私は、セラフィナが作成した二人の『個人別負債明細』をテーブルに滑らせた。
「項目1:国庫の私的流用。項目2:無計画な減税による税収損失。項目3:婚約破棄に伴う私の社会的信用失墜への慰謝料。……合計で金貨15万枚。……殿下、いえジュリアンさん。これをどうやって返済するおつもりですか?」
「……15万……。そ、そんな額、一生かかっても……」
「ええ。普通に働けば、140年ほどかかりますね。……ですが、私は慈悲深い。あなた方に『新しいキャリア』を提案します」
私は指を鳴らした。
背後からベルベットが、二足の「頑丈な作業靴」と、二着の「灰色の清掃服」を投げ出す。
「ジュリアンさん。あなたはノアール鉱山での『魔石搬出作業員』として働いていただきます。元王太子の体躯なら、一日のノルマはこなせるはずです。……そしてマリア嬢。あなたはノアール中央病院での『衛生管理(清掃)』を。あなたの『慈愛』は、他人の世話をすることにあるのでしょう? 祈りではなく、モップでその意志を示しなさい」
「清掃!? 私が、汚れた床を磨くというのですか!? 聖女であるこの私が!」
「清潔さは、医療の基本です。……ちなみに、あなた方の給与は、宿泊費と食費を差し引いた全額を、先ほどの負債返済に充当します。完済するまで、あなた方に『自由意志』という名の不採算な権利はありません」
「……鬼だ。君は、人の心がないのか!」
「心はありますが、それは『有能な部下』と『信頼できるパートナー』のためにのみ、リソースを割いています」
私はカイルムに合図を送る。
彼は無言で、絶望に震える二人を連れ出した。
彼らはもう、物語の主人公ですらない。ただの「長期返済予定の債権」だ。
「……お嬢様。本当に、あの二人を鉱山と病院に放り込んだのね」
セラフィナが、少しだけ楽しそうに肩をすくめる。
「ええ。彼らを処刑するのは簡単ですが、死体は利益を産みません。……さて、セラフィナ。ゴミの処分は終わりました。次のタスクは、王国との『合併契約』です」
「合併? まだやるつもり?」
「当然です。王都には、まだ機能している『港』と、ノアールにはない『伝統的なブランド価値』があります。……王国を一つの『倒産会社』として扱い、ノアールがその主要部門を吸収合併する。……カイルム、王都へ向かう準備を。……武力制圧ではありません。**『抵当権の実行』**として、王城の鍵を預かりに行きます」
私の目的は、復讐ではない。
この大陸から「無能という名の非効率」を排除し、完璧に管理された「富の循環」を作り上げることだ。
アストライア王国の旗が降ろされ、ノアールの青い旗が王都に翻るまで、あと三日。
私の帳簿には、すでに「新大陸連邦」の仮タイトルが記されていた。
第11話をお読みいただき、ありがとうございます。
元王子と聖女を「労働」で清算させる。
死よりも過酷な「実務という名の現実」を突きつけるのがエリシア流です。
さて、ここから物語は「国内」を飛び出し、
隣国や帝国が、この新興経済圏をどう「略奪」しようとするかの外圧編へ突入します。
第2章、ここからも目が離せない実務無双が続きます。
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