第10話:四半期決算、黒字転換
ノアール領主館、大ホール。
そこには、かつてこの地を「死地」と呼んで見捨てた者たちの代わりに、大陸全土から集まった一級の商人と、移住を決めた元王宮文官たちが詰めかけていた。
私は壇上に立ち、一枚の巨大な羊皮紙――**『第一四半期 連結決算報告書』**を展開した。
「皆様、お集まりいただき感謝します。……本日は、感情や希望的観測を排した『事実』のみを報告します」
私が指を鳴らすと、魔導投影機がホログラムのグラフを空中に描いた。
> **【ノアール領 第1四半期 決算概要】**
> 1. **総収益:** 金貨22万8,000枚(前年同期比:3,400%増)
> 2. **主要因:** 貿易関税の適正化、および魔石採掘事業の黒字化。
> 3. **純利益:** 金貨9万4,500枚。
> 4. **内部留保:** 全額を「次期インフラ整備」および「教育・医療基金」へ充当。
会場に、言葉にならないどよめきが走った。
一地方領主が、わずか三ヶ月で小国の国家予算に匹敵する純利益を叩き出したのだ。
「……信じられん。あの不毛の地が、これほどのキャッシュを生むとは」
「王国の紙幣が紙屑になる一方で、ノアール・クレジットの価値は安定している。……これこそが『本物の通貨』だ」
商人たちの賞賛を、私は淡々と受け流す。
成功は奇跡ではなく、緻密な計算の帰結に過ぎない。
「……さて、報告は以上です。ここからは『個別商談』に移りますが、一点だけお知らせがあります」
私は、ベルベットから渡された「最新の債権リスト」を広げた。
「現在、アストライア王国政府が発行している国債のうち、市場に流出している全額の62パーセントを、我がノアール領が買い取りました。……つまり、現在のアストライア王国の筆頭債権者は、私、エリシア・フォン・アストライアです」
会場が、水を打ったように静まり返る。
それは、「国家の買収」を意味していた。
「近日中に、債務不履行に伴う『資産の差し押さえ勧告』を王宮へ送付します。……対象は、王宮執務室の備品から、王太子の寝室のベッドに至るまで、すべてです」
「お嬢様、やりすぎじゃないかしら?」
控室で、セラフィナが苦笑いしながら書類を整理している。
「いいえ。貸したものを返してもらう。これは商取引の基本です。……セラフィナ、次の四半期の予算案に『王都復興支援費』を計上しておいて。崩壊した後の王国を、適正価格で買い叩き、リブランド(再建)するための軍資金です」
「了解。……あ、お嬢様。その『商談』の一人目なんだけど。……意外な方が来ているわよ」
セラフィナが指し示した応接室の扉。
そこに立っていたのは、ボロボロの服を着て、かつての傲慢さを失った――ジュリアン王太子だった。
彼は門番のヴォルグ(元山賊)に羽交い締めにされながら、震える声で叫んだ。
「エリシア! 貴様、何のつもりだ! 我が国の国債を買い占めるなど、卑怯な真似を……!」
「『卑怯』ではなく『市場介入』と呼びなさい、殿下」
私は彼を一瞥もせず、手帳に次の予定を書き込んだ。
「あなたがマリア嬢と『愛』を語り合っている間に、あなたの国は、私の帳簿上で完膚なきまでに敗北したのです。……どうしてもというなら、返済計画の相談に乗りますよ? ノアールの鉱山で、一生かけて働いていただく条件で、ですが」
「な……っ!」
「カイルム、彼を別室へ。……私の『労働時間』は、今の彼が一生かかっても払えないほど高価ですから」
引きずられていく王太子の叫び声が遠ざかる。
私は窓の外、活気溢れるノアール領の街並みを見つめた。
「カイルム。……第2四半期からは、周辺諸国を巻き込んだ『大陸経済圏』の構築に入ります。……あなたは、私の背中を守りきれますか?」
カイルムは静かに、だが力強く首を振った。
「いえ、エリシア様。私はあなたの背中を守るだけでなく、あなたの描く『未来の数字』を、この剣で現実に変えてみせましょう」
私は、少しだけ眼鏡を直し、満足げに微笑んだ。
「ええ。期待しています。……実績(数字)こそが、世界で最も美しい言語なのですから」
――第1章『清算と再出発』 完。
第1章を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
「追放された令嬢が、数字と法律で国を買い叩く」
そんな物語の幕開け、いかがでしたでしょうか。
無能な権力者が感情で壊したものを、有能な実務家が冷徹に、
しかし鮮やかに立て直していくプロセス。
これこそが、小鳥遊ミントが描きたかった「カタルシスの本質」です。
第2章からは、いよいよ「大陸経済戦」が幕を開けます。
隣国の干渉、新たな利権争い、そしてエリシアとカイルムの
「仕事仲間を超えた共犯関係」の進展……。
もし「第2章も読みたい!」と思っていただけましたら、
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皆様の1ポイントが、エリシアの「次期事業資金」になります。
投資(評価)、お待ちしております。




