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第1話:婚約破棄の「見積書」

本作をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。


世の中には魔法や聖女の力で救われる国が多いようですが、

残念ながら現実の国家運営に必要なのは、奇跡ではなく「正しい帳簿」です。


この物語は、感情論で動く無能な権力者たちに、

実務特化型の令嬢が「数字」という最も残酷な武器で現実を教えるお話です。


スカッとするカタルシスはもちろん、

ちょっとした経済の知識や、交渉の駆け引きを楽しんでいただければ幸いです。


それでは、第1四半期(第1話)、開門いたします。

華やかな卒業記念パーティーの喧騒が、一瞬で凍りついた。

 アストライア王国第一王子、ジュリアン・アストライアが、私の目の前で男爵令嬢マリアの肩を抱き寄せ、高らかに宣言したからだ。


「エリシア・フォン・アストライア! 貴様との婚約を破棄する。マリアを虐げ、権力を笠に着て横暴を尽くした冷酷な女め。貴様のような計算高い女は、王妃に相応しくない!」


 周囲の貴族たちの視線が、私に突き刺さる。嘲笑、同情、そして困惑。

 だが、私の脳内で行われていたのは、感情の処理ではない。**「現状分析」と「優先順位の整理」**だ。


 1. 婚約破棄の成立可否:王子による公衆の面前での宣言。撤回は困難。

 2. 罪状の真偽:マリア嬢への「虐め」とされる事案は、すべて彼女の不手際(予算申請の書式ミス、公式行事の遅刻)に対する事務的な是正勧告。事実無根。

 3. コストパフォーマンス:このまま王太子妃として無能な王子の尻拭いを続ける場合と、現時点でサンクコスト(埋没費用)を切り捨てて再起を図る場合の比較。


 結論は、0.5秒で出た。

「……承知いたしました、ジュリアン殿下」


 私は静かに眼鏡のブリッジを押し上げ、扇を閉じた。

 泣き崩れることも、反論することも期待していたのであろう王子が、拍子抜けしたように目を見開く。


「……なっ、もっと見苦しく言い訳をするかと思ったが。やはり心がないのだな、貴様は」

「殿下、感情論は時間の無駄です。婚約解消は私の意思としても『合理的』であると判断しました。つきましては、これまでの関係性を清算させていただきたく存じます」


 私は傍らに控えていた侍従に合図を送る。

 彼は私の指示通り、常に持ち歩いている「アタッシュケース」から、一束の書類を取り出し、王子の前のテーブルに置いた。


「なんだ、これは」

「『債務履行請求書』、および『婚約解消に伴う損害賠償見積書』です。合計で、金貨12万4,000枚。明細をご確認ください」


 パーティー会場に、奇妙な静寂が広がる。

 王子は震える手で書類をめくった。


「な、なんだこの数字は! 執務代行費用? 国庫債務の私財補填? 意味がわからん!」

「言葉通りです。過去3年間、殿下が『視察』と称してマリア嬢と遊興に耽っている間、私が処理した公務は全4,820件。これらを王宮の標準的な一等書記官の時給、および私の公爵令嬢としての職能給で換算した額が、項目1から12に該当します」


 私は淡々と、事務報告を行うトーンで言葉を重ねる。


「さらに項目13。殿下がマリア嬢の『慈愛の活動』のために無断で引き出された国庫の赤字分を、私の私財から補填した金額です。利息は法定利率の3%に据え置いております。これは、私が王妃になるという前提での『投資』でしたが、契約が破棄された以上、全額返済を要求するのは商取引上の常識かと」


「ふ、ふざけるな! こんなもの、払えるわけが――」

「払えない、とおっしゃるのですね? 現在の王国の金準備高から鑑みても、妥当な判断です。ですので、私は『代物弁済』を提案いたします」


 私は、あらかじめ用意していたもう一枚の地図を広げた。

 王国の最北端、誰もが放置し、地図の隅に追いやられた死地。


「北部の未開発地域『ノアール領』の永久統治権、および司法・行政の完全な独立。これを、先ほどの請求額全額の対価として譲渡してください。それで、この場ですべてを清算し、私は即座に立ち去ります」


 王子は、一瞬だけ計算したような顔を見せた。

 彼にとって、ノアール領は「価値のないゴミ溜め」だ。それを与えるだけで、この厄介な請求書と、冷徹な婚約者から解放される。


「……いいだろう! そのゴミのような土地がお望みなら、くれてやる! 二度と我々の前に姿を現すな!」

「交渉成立です。ここにサインを。正式な割譲契約書です」


 私は淀みない動作でペンを差し出した。

 王子はなぐり書きで署名する。その横で、マリア嬢が勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「エリシア様、可哀想に……。愛を数字でしか測れないから、そんな寂しい場所へ行くことになるのですよ」

「マリア嬢、助言痛み入ります。ですが、愛では国庫の赤字は埋まりません。……殿下、最後のアドバイスです。私が暗号化して管理していた王宮財務システムのパスワードですが、私の去った3日後に有効期限が切れるよう設定してあります。更新作業には私の生体認証が必要ですが……まあ、殿下の『愛』があれば、システムも奇跡的に動くかもしれませんね」


「何……?」

「では、失礼いたします。引き継ぎ資料は、私の執務室の机の上に。白紙で置いておきました。殿下の優秀な側近の方々なら、ゼロからの構築も容易でしょう」


 私は優雅に一礼し、背を向けた。

 カイルム、と声をかけると、解雇宣告を受けていたはずの元近衛騎士団長が、私の後ろにピタリとついた。


「エリシア様、馬車の準備はできております」

「ええ、行きましょう。3時間以内に王都を脱出します。ノアール領までの移動中に、向こう5年間のインフラ整備計画の初稿を書き上げますから、カイルム、あなたは物流ルートの安全確認を。……さて」


 私は馬車に乗り込み、手帳を開く。

 そこには、王宮の腐敗した帳簿ではなく、これから私が作り上げる「完璧な世界」の設計図が描かれていた。


「不採算部門の切り捨ては完了しました。ここからは、私の時間ビジネスです」


 馬車が走り出す。

 遠ざかる王宮の灯りを、私は一度も振り返ることはなかった。

 私の瞳にはすでに、数字と法規によって支配される、新たな最果ての地が映っていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし「この事務処理能力で、どうやって辺境を無双していくのか気になる」

「もっと数字で圧倒するシーンが見たい」と思っていただけましたら、

ブックマーク登録、および下部の評価欄(☆☆☆☆☆)から応援いただけますと幸いです。


評価をいただけますと、主人公エリシアの「執務効率」が劇的に向上します。

皆様の「投資」を、お待ちしております。


当面の間は1日3話投稿予定です。

ブックマークしてお待ちください。

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