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第8話 冒険者ギに憧れる

 魔王城の北塔には、使われなくなった古い書庫がある。

 かつて人間との戦が激しかった頃、敵を知るために集められた文献が眠る場所だ。

 今では埃をかぶり、誰も足を踏み入れない。

 イーリャは、夜になるとそこへ通った。

 母の手帳を胸に抱きながら……

 人間に関する記録は、どれも警戒と敵意に満ちている。

 ーー光の神の加護を受けし者たち。

 ーー狡猾で、短命で、数にものを言わせる種族。我らの餌。

 だが、戦記の合間に挟まる生活記録は、少し違った。

 市場の値段表。

 大陸諸国の地図。星座に暦。

 職業一覧。

 その中で、イーリャの目を引いた文字があった。

 ーー冒険者ギルド。


「……冒険者?」


 魔族にはない概念だ。


 血筋でもなく、王命でもなく、神託でもない。

 己の意志で依頼を受け、魔物を討ち、護衛をし、時に遺跡を探索する者たちだ。

 階級制度があり、実力で評価されるという。


「実力で……」


 イーリャは、驚いた。

 頁をめくる。

 F級、D級、C級~A級。

 さらに上には『S級』と云うものもあった。

 人間の寿命は短命だというのに、その短い生を燃やすように、危険へ飛び込むというのか……?


 なぜ……?

 富のためか?

 名声のためか?

 それともーー


「選ぶから……?」


 母の言葉が、胸に浮かんだ。


 冒険者は、生き方を選ぶ者たちなのだ。

 農民でもなく、騎士でもなく、神殿の巫女や神官でもない。

 自由で、危うくて、だからこそ眩しい。

 別の冊子には、冒険者ギルドの規約が記されていた。


 種族を問わず登録可能。

 報酬は成果に応じて支払われる。

 裏切りは厳罰。


「種族を問わず……?」


 イーリャは、そこに指を止めた。

 種族を問わない。

 それは、魔族でもいいということか?

 いや、実際には不可能だろう。

 魔族は人間の敵だ。

 だが、もし。

 もし、正体を隠せるなら。

 イーリャの胸が、静かに高鳴った。

 王子としてではなく、魔族としてでもなく、ただ一人の存在として、評価される場所。

 血でも、神でもなく『行い』で決まる世界。


「……面白い」


 ぽつりと呟いた声は、書庫に吸い込まれた。


 危険だーー

 父王が知れば、止めるだろう。

 兄たちも、エリンも、きっと反対する。

 だが……

 (ボクが『架け橋』になるなら……)

 

 敵の仕組みを知るだけでは足りない。

 中に立たなければ……

 外の世界を知らなければ……

 イーリャは、冒険者ギルドの所在地が記された地図を見つめる。

 大陸の西方、人間の文明が早くから花開いた古王国の王都。

 

 闇の城からも、遠い場所だった。


「……行けるだろうか」

 

 小さな体。

 十歳ほどの姿。

 だが、その内に宿るのは魔王の血だ。


 不安と期待が入り混じる。

 未知への恐れよりも、知りたいという欲が勝っていた。

 

母の手帳を、もう一度開く。

 ーー人は、選び続ける生き物だ。


「……僕も、選ぶ」


 その夜。

 魔王の末子は、初めて『外の世界へ出る未来』を具体的に思い描いた。

 それは、未知なる好奇心。

 小さな冒険の始まりだった。


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