第6話 光の神殿
タナトス大陸、その東方の銀の森に光の神殿はある。
白銀の柱は空へと伸び、天窓から落ちる光は床に円を描いていた。
その最奥ーー
円形の広間に、三人の大神官が座している。
三賢人と呼ばれる神の血筋を引く光の神殿の権力者たちだ。
彼らは老いているが、衰えてはいない。瞳の奥にだけ、人ならぬ光が宿っているようだった。
「……揺れました」
最年少の大神官ティルグレイが、静かに言った。
床に刻まれた紋様が、かすかに脈打っている。
「観測に乱れが出ています」
「原因は?」
中央の老人が目を閉じたまま問う。
「大陸の南方。魔王城付近」
空気が、わずかに張りつめた。
魔族は滅びかけている。均衡はすでに光へ傾いているはずだった。
それでも、揺れた。
「……子か?」
右手の大神官が呟く。
「聖女レイシアの……?」
その名に、三人の視線が交差する。
かつて光の神殿に仕え、自ら闇へ渡った女の名前だった。
裏切り者なのか? まさか滅びゆく魔族を憐れんだのか……?
レイシアの失踪の真相は、神殿でも未だ謎とされている。ただ、神の声を聞く聖女が突然、闇へ下ったのだ。
「神が人型を取りかけています」
ティルグレイの声が、わずかに震える。
「完全覚醒には至りませぬ。だが、確かに『何かを見た』感じです」
「何をじゃ?」
「……半魔の王子の決意を……」
沈黙が落ちる。
「我らとの『橋』になる決意か……」
光と闇を繋ぐ存在。
それは均衡を保つものか、秩序を崩すものか。
中央の大神官が、ゆっくりと目を開いた。
その瞳は、白く濁っている。だが、その奥で光が燃えていた。
「神はまだ、完全ではない……」
静かな宣告。
「ゆえに、選択は人に委ねられる」
「では、放置なさるのですか」
問いに、老人は首を振る。
「観測を続けるのだ」
それが光の神殿の在り方だった。
介入は最小限に。
均衡が崩れぬ限り、手は出さない。
「もし『橋』が闇の味方となれば?」
「世界は変わる」
それは脅威でもある。
天窓から光が強く差し込んだ。
紋様の中心が、ひときわ明るく輝く。
遠い南方の魔王の城。
月下で、手帳を抱く小さな影。
三賢人は、それを『見た』。
「……観測対象、イーリャ」
名が、初めて神殿に刻まれる。
その瞬間。
光がゆるやかに輪郭を持った。
そしてーー微かに微笑んだ。
それが祝福か、試練か。
まだ、誰にも分からない。




