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第5話 レイシアの遺したもの

 夜更け。

 魔王城は深い静寂に沈んでいた。

 イーリャの部屋にも灯りはない。

 あるのは、窓から差し込む月光だけだった。

 机の上に、赤い糸で綴じられた小さな手帳が置かれている。

 閉じたはずなのに頁か開いている……

 どうしても、気になった。

 

 ーーあなたは、選んでいい。

 

 あの一文が、胸に残っていた。


「……選ぶって、何を?」


 呟きながら、もう一度頁を開く。

 最後の頁の母の文字。


 整っているのに、どこか急いだような筆跡。

 

 月明かりに、ふと違和感が走った。

 紙の端が、わずかに波打っていた。

 

 イーリャは、指でそっと、それをなぞった。

 その感触は、他の頁よりほんの少しだけ厚かった。

 

 息を止める。

 

 手帳を持ち上げ、窓辺へ歩いた。

 月光に透かしてみた。

 

 最初は何も見えなかった。

 だが角度を変えた瞬間――

 淡い影のような線が浮かんだ。

 

 文字だ。

 消された文字。

 

 思わず息を呑む。

 

 読み取ろうと目を凝らした。

 

 ーーもし、あなたが『光』に拒まれたなら

 

 心臓が、大きく打った。

 

 続きは……。

 

 『イリアス』に会いなさい

 

 イーリャの手が震えた。

 

 イリアス……

 光の神の名だ。

 魔族が決して名前を口に出さない存在。

 

 さらに、かすれた文字。

 

 ーーあの方は人間を愛している

 ーーでも、戦いを好まれる方でもない。話し合いはできるはずーー

 

 話し合う……?

 神と?

 

 笑うべきなのか、怒るべきなのか分からない。

 

 母は、何を書こうとしたのか。

 なぜ、消したのか。

 

 そして、最後に残した。

 

 ーーあなたは、魔族と人間の架け橋になれるはず。

 

 『架け橋』という言葉はどういう意味なのだろう……

 

 光と闇をつなぐものかーー

 両方に踏まれるものーー

 

 壊れれば、どちらからも見捨てられるもの。

 

 イーリャは、ゆっくりと手帳を閉じた。

 

 胸の奥が熱くなった。

 怖い……

 けれど、不思議と逃げたいとは思わなかった。

 

 母は、知っていたのだろう。

 自分がどちらにも属しきれないことを。

 

 だから。

 

 選んでいい、と書いた。

 

「……母上」

 

 窓の外、闇の大地が広がる。

 その向こうに、光の地がある。

 

 神と話し合う……

 

 そんなことが、本当にできるのか……

 

 そのとき。

 胸の奥で、かすかな違和感が走った。

 鼓動とは違う、微かな波。

 

 誰かが、どこかで、名を呼んだような気がした。

 

 イーリャは、息を呑んだ。

 

 今、何かが触れた。

 

 だが、それは一瞬で消えた。

 

 部屋は、再び静かになる。

 

 手帳を再び、胸に抱き寄せる。

 

「……架け橋、か」

 

 壊れるかもしれない。

 それでも。

 

 選ばないという選択肢だけは、なかった。

 

 月は、何も語らない。

 だがその夜。

 遠い光の神殿で、わずかに目を覚ました。

 

 まだ名も告げぬままに。

 

 

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