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第27話 触れても奪わぬ力

 地下訓練場の空気は、いつもより静かだった。

 焦げ跡の増えた石壁。

 粉塵が薄く漂う。


 中央に立つのは、イーリャ。

 向かい合うのはキース。


 その背後、腕を組んで見守る魔族たち。中には、あからさまに半魔を値踏みする視線もある。


「始めろ」


 キースの声が落ちる。

 

 次の瞬間、魔力がぶつかった。

 圧縮された闇が空間を裂く。


 だが今回は、違う。

 イーリャは踏み込まない。


 受ける。

 触れる。

 

 ーー奪うな。


 心が揺れた瞬間に流量が変わる。

 だから揺らすな。

 怒りも、焦りも、自己嫌悪も。

 すべて、底に沈める。


 キースの剣が胸元を掠める。

 皮膚が裂け、血が滲む。

 

 それでもイーリャは動かない。


「なぜ防がない」


「……守るためです」


 息を整えながら答える。


 キースの魔力が、今度は直接触れる距離まで迫る。

 かつてなら、反射的に吸っていた。


 生きるために。

 満たすために。

 怯えたくないから。


 だが今は違う。

 イーリャは、そっと手を伸ばした。

 キースの魔力に触れる。

 触れた瞬間、訓練場の空気が張り詰める。


 反対派の魔族が息を呑む。

 奪うな。

 奪うな。

 奪うなと。

 

 流れ込もうとする奔流を、堰き止める。

 胸の奥で、熱が暴れる。

 だが、イーリャは目を閉じない。

 揺れない。

 ただ、相手の鼓動を感じる。

 ーー兄上は敵ではない。

 恐怖ではなく、信頼。

 焦燥ではなく、静けさ。

 その瞬間。

 

 魔力は、流れなかった。

 触れているのに。

 奪っていない。

 静寂。


 キースの剣先が止まる。

 ゆっくりと、魔力が解かれた。


「……ほう」

 

 低い声。

 イーリャは手を離す。

 呼吸は荒い。

 だが、胸の奥は満ちていない。

 何も奪っていない証。

 背後のざわめきが変わる。


「今の……」


「吸っていない……?」


 キースが一歩近づく。


「もう一度」


 今度は強い。

 圧が増す。

 挑発するように、感情を揺らす気配だった。


「お前は、いつまで守られているつもりだ? 半魔が」


 あえて言葉で刺す。


「恐ろしいのか」


 一瞬、胸がざわつく。

 だがイーリャは、視線を逸らさない。


「怖いです」


 正直に言う。


「でも、それで奪う理由にはなりません」


 そして再び触れる。

 今度は、自ら魔力を交差させた。

 火花が散る。


 だがーー流れない。

 揺れない。制している。

 キースはゆっくりと剣を下ろした。

 静寂の中、言う。


「合格だ」


 その一言。

 イーリャの膝が、わずかに崩れる。

 疲労ではない。

 安堵でもない。

 自分を越えた実感。

 キースは周囲を見渡す。


「異論はあるか」


 誰も口を開かない。

 理で示された。

 力でねじ伏せたのではない。

 制御という形で。

 

 キースは弟を見る。


「甘さは捨てろ。だが優しさは捨てるな」

 

 前と同じ言葉。

 だが今回は、評価を含んでいる。

 イーリャは静かに頷く。

 触れても、奪わない。

 それは技ではない。

 


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