第23話 守りたかったのに……
その日、空はやけに澄んでいた。
人間の街にも、少しずつ慣れてきた頃だった。
冒険者ギルドの掲示板に並ぶ依頼の紙も、もう怖くはない。低ランクの討伐や採取、護衛任務。危険の少ないものを選び、イーリャは静かに実績を積んでいた。
半魔であることは隠している。
だが、その力までは完全には消せない。
「イーリャ、右!」
鋭い声。
振り向いた瞬間、崩れた石壁の向こうから魔物が飛び出した。
遺跡探索の最中だった。
魔物は小型だが素早い。標的は、前に出ていたルシア。
彼女は斥候候補なのだ。前衛ではない。
間に合わない!!
考えるより先に、イーリャの身体は動いていた。
「ルゥ!! 危ない!」
彼はルシアを強く引き寄せ、そのまま背を向けて魔物の爪を受ける。
同時に、胸の奥で何かが弾けた。
(ーーまずい!!)
抑えていた魔力が、ほどける。
いつもは細い糸のように束ねているそれが、奔流となって溢れ出す。
触れた手から、力が流れ込んでしまった。
ルシアの瞳が大きく見開かれた。
「……え……?」
彼女の身体が、ふっと力を失う。
魔物はすでに斬り伏せられていた。だが周囲の空気が凍りつく。
ルシアは、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「ルゥ!」
イーリャは支えようとするが、自分の手が震えている。
魔力が、まだ止まらない……
ざわめきが広がる。
「今の、何だ……?」
「魔力の質が……おかしいぞ」
「吸われたのか?」
複数の視線が突き刺さる。
仲間だったはずの冒険者たちの目が、警戒へと変わる。
イーリャは必死に息を整えた。
抑えろ。沈めろ。戻れ。
父王に教わった呼吸。
兄と繰り返した訓練。
自分は、人を傷つけないと決めたはずだ。
ようやく奔流は収まり、空気が静まる。
ルシアは気を失っているだけだ。
命の灯は消えていない。
顔色は蒼白だった。
(やってしまった……)
「……治癒士を呼べ!」
誰かが叫ぶ声で、イーリャは我に返った。そして、その場に膝をついた。
指先が冷たい。
守ろうとしただけだ。
なのに、触れた瞬間、彼女の精気を奪ってしまった。
ーーやっぱり、僕はーー
半魔の血が、ひどく重い。
運ばれていくルシアの横顔を見つめながら、イーリャは立ち上がれなかった。
周囲の囁きは止まらない。
「普通じゃない」
「魔族の類いか?」
「ギルドに報告だ」
その言葉が、胸に突き刺さる。
穏やかに続くはずだった日常が、音を立てて軋んだ。
イーリャはただ、握りしめた自分の手を見つめる。
守るための力が、
大切なものを傷つける。
その現実だけが、やけに鮮明だった。




