第21話 庇う背中
北の丘は、春の匂いがしていた。
「薬草は根ごと抜くなよー!」
ルシアが、前を歩きながら振り返る。
「葉の裏が白いのが本物だからな!」
少年二人が笑う。
穏やかな依頼。
ただの採取。
そのはずだった。
がさり。
茂みが揺れる。
「……イノシシ?」
違う。
黒い影が三つ、飛び出した。
《大顎熊!?》
群れで襲う魔物。
「構えろ!」
ルシアが短剣を抜く。
イーリャは前に出ようとした。
その瞬間。
後方から怒鳴り声が飛ぶ。
「おいおい、またあの怪力かよ!」
別のパーティーだ。
年上の冒険者たち。
「手ぇ出すなよ。全部持ってく気か!?」
「新人のくせに調子乗るな!」
大顎熊が唸る。
挟み撃ちの形。
イーリャは困惑する。
「ち、違います。ぼくはーー」
言い終わらない。
石が飛んだ。
肩に当たる。
痛みより、衝撃。
「化け物じみた力見せびらかしてよ」
嘲り。
その言葉に、胸の奥がざわつく。
半魔。
もし、知られたら……?
ーー大顎熊が目の前に来た。
イーリャは反射的に前へ出る。
だがその前に。
「下がって!」
ルシアが飛び込んだ。
短剣で牙を受ける。
浅く、腕が裂ける。
「!」
「手ぇ出すなって言ったでしょ!」
後ろの冒険者たちを睨みつけた。
「こいつは仲間だ!」
声が、丘に響く。
「怪力でも何でもいい! 助けてくれた! 一緒に依頼してる! それで十分だ!」
大顎熊が再びこちらに向かってきた。
イーリャは、震える手を握りしめる。
守られた。
自分が。
初めて。
胸の奥で、何かがほどけた。
「……ありがとう」
小さく呟き、踏み出す。
力を抑える。
だが確実に。
一撃で獣を地に伏せる。
残り二体も、少年たちと連携して退けた。
静寂。
丘に風が吹く。
年上の冒険者たちは、舌打ちして去っていった。
ルシアは、腕を押さえながら笑う。
「貸し一つね」
「ぼくが守るはずだったのに……」
「順番とかないでしょ」
照れ隠しのように言う。
「仲間なんだから」
その言葉が、胸に落ちる。
*
二階の回廊。
白銀の法衣が、その光景を見ていた。
「……庇われたか」
感情が揺れた瞬間。
力は暴走しなかった。
選んだのは、報復ではなく制御。
「『観測対象』は……」
未だ予測不明。
※
まだ。
丘の上。
イーリャは、そっとルシアの傷に薬草を当てる。
「痛いですか?」
「ちょっとだけ」
「今度は、ぼくがかばいます」
ルシアは、笑った。
「頼りにしてる」
夕日が、四人を赤く染める。
守る側と守られる側。
その境界が、少しだけ溶けた日だった。




