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第19話 光の監査

 その日、冒険者ギルドは妙に静かだった。

 昼時だというのに、酒場の笑い声も控えめで、受付嬢たちの背筋は不自然なほどぴんと伸びていた。


「来るぞ」


 誰かが小さく囁いた。

 重い扉が軋みゆっくりと開く。


 陽光を背に、一人の男が立っていた。

 白銀の法衣。

 胸元に刻まれた、光の神の紋章。

 装飾は最小限。だが、纏う空気が違った。


 場のざわめきが、すっと消えた。


「神殿より参りました。本日より数日、当ギルドを監査いたします」


 声は穏やか。

 しかし逆らう余地のない響きだった。


 ギルドマスターが前に出る。


「三賢人様の御一人と伺っております」


「席の名は不要です」


 淡々とした返答。

 だがその一言で、場の全員が理解した。

 本物だ。


 イーリャは、少し離れた柱の陰からその様子を見ていた。


「……きれいな人ですね」


 素直な感想。

 ラドの喉が、かすかに鳴る。


「目を合わせるな」


「え?」


「……いや」


 遅かった。

 男の視線が、静かにイーリャを捉えた。

 ほんの一瞬。

 だが、その瞳は深い。

 測るような、澄んだ銀色。


「そこの少年」


 名を呼ばれたわけではない。

 でも、他に誰もいない。

 イーリャは素直に歩み出る。


「はい」


「先日の合同依頼。サーベルタイガーの討伐に参加していましたね?」


「はい」


「封印術が作動したと報告を受けています」


 周囲が息を呑む。

 ラドの視線が鋭くなった。


「どう対処しましたか?」


 問いは静か。

 だが逃げ道はない。

 イーリャは少しだけ考えた。


「術は、誰かが組だものだから……」


 男の目が、わずかに細くなった。


「だから?」


イーリャは、一瞬だけ視線を落とした。


「壊すより、変える方がいいと思いました」


 言葉は短い。沈黙が続いた。


 やがて男は頷いた。


「興味深い判断です」


 それだけ言って、視線を外す。

 だが、空気は変わった。

 観察は、終わっていない。

 むしろここから始まった。

 監査官は、ゆっくりとギルド内を歩く。

 冒険者たちは、道を開けた。

 光が、影を踏む。

 イーリャは、なぜか胸がざわついていた。


「……あの人」


「何も言うな」


 ラドが低く言う。


「今は、ただの監査だ」


 だがその声には、緊張が滲んでいる。

 二階へ続く階段の途中。

 監査官は足を止め、振り返らずに告げた。


「少年」


 イーリャの心臓が跳ねる。


「力は、正しく使いなさい」


 優しい言葉。

 だが、その奥に試す光が宿っていた。

 監査は始まったばかりだ。

 光は、イーリャのすぐそばまで来ていた。


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