第15話 初めての依頼
イーリャの初依頼は、薬草採取だった。
「平和ですね~」
麗らかな日だった。
森に入る前イーリャは深呼吸をする。
鳥の声。
木々から漏れる日。
人間の世界は、どこか軽く感じた。
「油断するな。薬草の近くには大体、何かいるもんだ」
ラドが短く言った。
「何かって?」
「大体、面倒なものだ」
依頼書には、こうあった。
ーー《リア草》三束。北の小川付近。
森を進むと、すぐにそれは見つかった。
淡く白く光る、小さな草。
「きれいですね」
イーリャはしゃがみ込んだ。
そっと手を伸ばしーー
がさりと音がした。
「……いましたね」
ラドが呟いた。
茂みから飛び出してきたのは、丸い毛玉のような魔物だった。
「ポメ……?」
いや、牙がある。
小型魔獣
だがーー
「かわいい~」
イーリャの第一声は、それだった。
モスファングは威嚇するように跳ねる。
びよん。
次の瞬間、イーリャの額に直撃した。
ぽよん。
静止。
モスファングの目が、きょとんとした。
イーリャも、きょとんとする。
「……柔らかいですね」
もう一度、びよん。
今度は腕に。
イーリャは反射的に受け止めた。
ぎゅ。
毛玉が、もがく。
「離せ! それは噛むんだぞ!」
ラドが言うが、遅い。
もすっ。
モスファングはイーリャの手を噛んだ。
ーーぎり。
数秒。
音が、しない。
モスファングの牙が、折れた。
「……ごめんなさい」
イーリャが謝る。
モスファングは、しょんぼりした。
ラドは額を押さえた。
「殿下」
「はい?」
「力を……抜いてくれ……」
「あ、はい……」
そっと地面に下ろすと、モスファングは数歩後ずさりし、くるりと森へ消えた。
牙を一本、落としてーー
「……逃げましたね」
「戦意喪失だろう」
イーリャは、折れた牙を拾う。
「持って帰りますか?」
「やめれ!」
薬草を三束、丁寧に採った。
依頼達成だ。
だが帰り道、小川の向こうから声がした。
「た、助けてくれー!」
若い冒険者が、木に引っかかっていた。
足元には、さきほどより少し大きいモスファングが多数いた。
「仲間ですね?」
「……だな」
十匹ぼどが唸っている。
イーリャは考えた。
「……説得は無理でしょうか」
「無理だな」
「ですよね」
イーリャは、小さく息を吸う。
地面を、軽く踏んだ。
どん。
衝撃が波のように広がる。
群れが一斉に跳ね、そしてーー
森の奥へ、全力で逃げた。
木にぶら下がっていた冒険者は、呆然とした。
「……何が起きたんだ?」
「地面、滑りましたね」
イーリャはにこっと笑った。
ラドが、ため息をつく。
「それはもう通じない」
街へ戻ると、受付嬢が目を丸くした。
「初依頼で、救助報告付き……? Dランクですよね?」
「偶然です」
木札に、小さな印が増えた。
イーリャは、それを嬉しそうに見つめた。
「……楽しいですね、冒険者」
ラドは横目で見る。
「そのうち、笑えなくなるぞ」
「それでも、やめません」
森の風が、少しだけ強く吹いた。
その奥でーー
折れた牙を拾い上げ、丁寧に布で包んだ影があったことをーー
二人はまだ、知らない。




