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第13話 人間の悪

夕暮れの街は、昼よりも顔が変わる。

 灯りは増えるのに、影は濃くなるのだ。

 イーリャは、ラドの後ろをてくてく歩いていた。


「宿はこの先だ。あまり口を開くな」


「はい」


 だが、通りを一本入った瞬間、空気が変わった。

 笑い声。

 酒の匂い。

 壁にもたれた男たちの視線が、イーリャたちに注がれた。


「……よそ者か」


 ひとりが、にやりと笑った。


「坊ちゃん連れとは、ずいぶん余裕だな」

 

 ラドは足を止めない。


「急いでいる。道をあけろ」


「つれないな」


 男が一歩、前に出る。

 その動きは自然すぎた。

 囲まれている。

 イーリャの背中に、冷たい汗が流れた。


(……これが)


 母の手帳にあった言葉が、脳裏をよぎる。


 ーー善だけではない。


「金だ」


 男が言う。


「通行料。命までは取らねぇぜ」


 歪んだ顔の笑い声。


 イーリャは、思わず口を開きかけた。


「ボクーー」


 ラドの手が、そっと制した。


「……いくらだ」


「財布ごとだな」


 冗談のように言うが、目は笑っていない。


 ラドは、ため息をついた。


「坊主、目を閉じろ」


「え?」


「今すぐ」


 その声は、低く、冷たかった。

 イーリャは、反射的に従った。

 次の瞬間。

 空気が、裂けた。

 音は、ほとんどなかった。

 短い衝撃音だけが響きわたる。

 鈍い呻き。

 目を開けたとき、男たちは地面に伏していた。

 息はある。だが、指一本動かない。

 ラドの目が、わずかに赤く光っている。


「……ラド?」


「ただの護身だ」


 だが、その足元の石畳には、深い亀裂が走っていた。


 人間の力ではない。

 そのとき。

 路地の奥から、細い声がした。


「……今の、見たか?」


 別の男だった。

 震えた声。


「目が……光って……?」


 ラドの視線が、すっと向く。

 空気が、凍る。


(まずい!!)


 イーリャは直感した。

 ここで魔族だと知られれば、

 冒険者ギルドに通報されるおそれがある。

 世界は、まだ敏感だ。

 イーリャは、咄嗟に一歩前へ出た。


「やめてください!」


 ラドが、わずかに目を見開いた。


「この人たち、転んだだけです!」


「は……?」


「石、滑りますよね? ぼくもさっきーーほら!」


 わざと、足を滑らせてみせる。

 派手に転んでみせた。


「いたた……」


 路地の男が、ぽかんとする。

 ラドは、一瞬だけ黙り――


「……この子は、よく転ぶんだ」


 淡々と補足する。

 数秒の沈黙。

 やがて、男は舌打ちした。


「……くだらねぇ」


 気まずそうに去っていった。

 静寂が戻った。

 ラドは、ゆっくり息を吐く。


「……殿下」


「ぼく、転ぶの得意なんです」


「そういう問題ではない」


 だが、怒ってはいない。

 むしろ。


「なぜ、前に出た?」


「……ラドが、困っていそうだったから……」


 その言葉に、ラドは言葉を失った、

魔族であることが解れば、人間と敵と認定される存在なのに……それを、十歳の王子が理解していた。


 イーリャは、小さく拳を握った。


「善い人もいました。でも……」


 路地を振り返る。


「悪い人も、いました」


「ああ……」


「でも、」


 顔を上げる。


「だから、全部が嫌いには、なれません」


 ラドは、静かに笑った。


「……厄介なお方だ」


 夜の街は、再びざわめきを取り戻す。

 善意も、悪意も、同じ灯りの下にある。

 


 

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