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第12話 初めてのふれあい

 人間の街は、音が多かった。

 石畳を打つ靴音、商人の呼び声。

 人々の笑い声。

 怒鳴り声さえ、どこか温かかった。

 イーリャは、きょろきょろと辺りを見回していた。


「……すごい」


「田舎者丸出しだぞ」


 隣でラドが苦笑する。


「初めてなんです。こんなに、人がいる場所」


「そりゃそうか」

 

 ラドは肩をすくめるが、その視線は常に周囲を警戒している。

 半魔の身で、人間に化けることは、完璧である。だからこそ、エリンにイーリャの護衛として命じられたのだ。


「まずは宿を取るか」


「はい」


 だが、その途中だった。

 通りの端で、小さな泣き声がした。


「……おかあさん、どこ……」


 振り向くと、五つか六つほどの少女が、籠を抱えて立っていた。

 中身の林檎がいくつか地面に転がっていた。

 人の流れは、容赦なく横を過ぎていく。

 イーリャは、足を止めた。


「行くな」

 

 小声でラドが言う。


「余計なことは目立つ」


 魔族の王子に、人間界はまだ安全ではない。


 ーーでも。

 

 イーリャは、すでに動いていた。

 しゃがみ込み、林檎を拾う。


「だいじょうぶですか?」

 

 少女は、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。


「おかあさん、いなくなっちゃって……」


「お名前は?」


「ミナ」


「ミナさん」


 自然に、微笑んだ。


「一緒に探しましょう」


 その声音は、魔族の王子ではない。ただの優しい少年だった。

 

 ラドは小さく舌打ちする。


(……殿下は、こういうところだ)


 だが、止めはしない。

 三人で通りに戻ると、すぐに慌てた女が駆けてきた。


「ミナ!」


「おかあさん!」


 少女が飛びついた。

 女は何度も何度も頭を下げた。


「ありがとうございます、本当に……!」


 イーリャは、戸惑いながら手を振る。


「ボクは……何も」

 

 そのとき。

 女は籠から林檎を二つ取り出し、押しつけるように渡した。


「お礼です。受け取ってください」


「え、でも……」


「助けてもらったんですから!」

 

 真っ直ぐな瞳。

 打算も、恐れもない。

 ただの、感謝だ。

 イーリャは、そっと林檎を受け取った。


「……ありがとうございます」

 

 女は笑い、少女の手を引いて去っていった。

 夕暮れの灯りが、街にともり始める。

 イーリャは、手の中の林檎を見つめた。


「……甘い」


 ひとかじりして、目を丸くする。


「城のより、ずっと」


「そりゃ庶民の味だな」


 ラドは笑う。


「どうだった、人間は?」


 問いは、軽い。

 だが、始めて会った人間は温かった。

 イーリャは、少し考えた。


「……あったかいです」


「ほう」


「こわい人も、いるかもしれません。でも……」


 林檎を胸に抱く。


「さっきの人は、ただ、優しかった」


 ラドは、横目で少年を見る。

 その瞳は、警戒よりも好奇心が勝っていた。


(とにかく、弟を人間の悪から守ってほしい!)


 エリンの言葉を思い出す。

 この子は、本気で人間の『善』を見ようとしている。


「じゃあ、その『温かさ』を忘れるな」


 ラドは歩き出す。


「善意も悪意も、どっちも本物だ」


「はい」


 街の灯りが、二人を包む。


 魔族の王子は、初めて知った。

 人間は、敵でも、伝説でもない。

 ーーただ、誰かを探して泣く存在なのだと。

 

 

 




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