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第9話 変身の練習

 変身魔法は、魔族にとって難しい術ではない。

 だがーー『《《完璧》》に人間になる』のは、別だ。

 イーリャは、城の南塔にある古い鏡の間に立っていた。

 ここはかつて、魔王が外交のために姿を変える練習をした場所だと聞く。

 今は、ほとんど使われていなかった。

 月明かりが、高窓から差し込んでいた。


「……人間」


 イーリャは、自分の角に触れた。

 黒曜石のような小さな角。

 まだ短いが、確かに魔族の証だ。

 淡い金色の瞳。

 わずかに尖った耳。

 これらを消さなければならない。

 静かに息を吸う。

 魔力を巡らせる。

 角へ、目へ、耳へ。

 形の変化を念じた。


 母の手帳にあった言葉を思い出す。


 ーー人は、見たいものしか見ないーー


「……なら、見せなければいい」


 小さな光が、彼の体を包んだ。

 ぱち、と音がして、魔力が弾ける。


「……っ」


 鏡の中には、角の片方だけ消えた自分が立っていた。

 ひどく間抜けだった。


「だめか……」


 魔力の制御が粗い。


(王族の血は強いが、繊細さに欠けるんだ……)


 もう一度。

 今度はゆっくりと。

 角を『なかったことにする』のではなく、『別の形に置き換える』

 存在を消すのではない。

 上書きすることをイメージしてみた。

 光が、柔らかく揺れる。

 角が、溶けるように消えた。

 耳の先が丸くなる。

 瞳の赤が、ゆっくりと薄れていく。

 金色は、やがて琥珀色に変わった。

 鏡の中に立っているのはーー

 どこにでもいそうな、十歳ほどの少年だ。

 少し色白で華奢な少年。


「……」


 イーリャは、そっと頬に触れた。

 角はない。

 耳も丸い。

 魔族の気配も、極限まで抑えた。


 だが。

 鏡の奥で、瞳の奥だけがほんの一瞬、金色に揺らいだ。

 完全ではない。

 感情が揺れれば、魔力も揺れる。


「まだ、足りないのか……?」


 冒険者ギルドに行くなら、人間の世界に行くなら、この程度では、見抜かれてしまうだろう。

 

 特にーー神殿の者たちには……

 イーリャは、もう一度、魔力を練り直す。

 汗が額を伝う。耳鳴りがする。鼓動が早くなってきた。

 身体は、まだ十歳なのだ。


 長時間の高密度制御は身体に負担が大きい。

 それでも、やめなかった。

 人間の世界に行くと決めたのは自分だ。

 選ぶと決めたのも。


 魔力を再び練り直した。


 鏡の中には、完全に人間の少年が立っていた。


 魔力の揺らぎも、ほとんどない。

 呼吸を整える。


「……これなら、通る!」

 

 満足げに小さく笑った。

 

「父上には、内緒だな……」


 そう呟いた瞬間。

 鏡の端に、別の影が映った。


「内緒、とは感心しませんね。いつから、隠し事を覚えたのです?」


 低く、静かな声。

 イーリャの心臓が跳ねた。

 振り向いた先に立っていたのは……夜の闇よりも静かな、姉のエリンだった。



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