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第8話 異世界の名を持つ者


探索者ギルド本部・会議室。


窓のないその部屋は、昼夜の感覚を失わせるほど静かだった。

中央の大型モニターには、波形データと映像が並んでいる。


「……これが、問題のダンジョン記録です」


担当職員が、慎重な口調で説明を始めた。


「湾岸第三ダンジョン。

 浅層にもかかわらず、異常な魔力濃度。

 出現魔物は、既存データと一致しません」


数名のギルド幹部が、腕を組んだまま画面を見つめている。


その中の一人が、低い声で言った。


「異世界由来、という報告だったな」


 



 


「はい」


職員は、少し緊張した様子で続ける。


「同行していた探索者――

 雷魔法士ライム氏の証言と、魔力波形が一致しています」


視線が、一斉にライムへ向けられた。


「……説明してもらおう」


促され、ライムは一歩前に出る。


こういう場は、異世界でも慣れていない。


「俺は、異世界から来ました」


短く、はっきりと。


「向こうでは、魔族と人族が争っていた」


「今回の魔力は、

 魔族側が使うものに近い」


一瞬、空気が張り詰めた。


 



 


「名前は?」


幹部の一人が、問う。


「魔族の名、だ」


ライムは、わずかに息を吸った。


この名を口にすれば、

もう後戻りはできない。


「……ドラグ」


その瞬間、モニターに映る波形が切り替わる。


「……一致率、九十七パーセント」


職員の声が、かすかに震えた。


「五年前に発生した最初期ダンジョンの、

 未解析波形と一致しています」


ざわめきが起こる。


 



 


「つまり」


幹部の一人が、言葉を選びながら言った。


「現代のダンジョンは、

 異世界と繋がっている可能性がある」


「しかも、魔族側と、だ」


重い沈黙。


その中で、雨宮かなえが一歩前に出た。


「現場で一番冷静だったのは、ライムです」


「未知種への対応も、適切でした」


「彼がいなければ、

 被害が出ていた可能性は高い」


 



 


幹部たちの視線が、再びライムに集まる。


「君は……」


年配の幹部が、静かに言った。


「この世界に、戻るつもりは?」


ライムは、少し考えた。


異世界。

仲間。

そして、因縁。


「……わかりません」


正直な答えだった。


「でも」


一呼吸おいて、続ける。


「今は、ここにいます」


「この世界で、生きています」


「だから――」


 



 


「逃げません」


言葉にした瞬間、

胸の奥が、すっと軽くなった。


幹部は、ゆっくりとうなずいた。


「ならば、正式に扱おう」


「異世界由来の協力者ではなく――」


「探索者として、だ」


雨宮が、ほっと息を吐く。


佐野が、腕を組んだまま笑った。


「やっと、だな」


 



 


会議後。


ギルド本部の廊下。


「緊張した?」


くるみが、軽く聞く。


「……少し」


「顔に出てたよ」


ひまわりが、くすっと笑う。


「でも、かっこよかったです」


「“逃げない”って」


ライムは、照れたように視線を逸らした。


 



 


その夜。


仮住まいの部屋で、

ライムは一人、書類を眺めていた。


探索者登録申請書。


名前、年齢、出身――。


出身欄で、手が止まる。


「……異世界、って書くわけにはいかないよな」


苦笑しながら、空欄のままにした。


だが、不思議と迷いはなかった。


 



 


翌日。


小規模ダンジョンの応援要請。


人手不足。

緊急対応。


「行ける?」


雨宮の問いに、ライムは即答した。


「行く」


「まだ登録前だけど……」


「構わない」


雷が、指先で静かに弾ける。


「俺はもう、

 戦う理由を見つけた」


 



 


現場。


若手探索者が、魔物に押されている。


「下がれ!」


佐野の怒号。


だが、足がもつれる。


その瞬間。


ライムが、前に出た。


「――《ライトスパーク》」


雷が走り、魔物の動きが止まる。


「今だ!」


若手が、体勢を立て直す。


 



 


戦闘後。


「ありがとうございました……!」


深く頭を下げられ、

ライムは戸惑った。


「……当たり前だ」


その言葉が、

自然に口から出たことに、

自分でも驚く。


 



 


帰り道。


夕焼けに染まる街を見ながら、

ライムは思った。


ここは、

異世界から逃げてきた場所じゃない。


選んだ場所だ。


視界に、光が浮かぶ。


 


【ステータス更新】


名前:ライム

レベル:8


魔力:低

耐久:低

敏捷:安定


スキル

・雷魔法(初級)

・身体強化(微):安定


 


「少しずつでいい」


雷魔法士ライムは、

“異世界の来訪者”から、

“この世界を守る者”へと、

確かに歩みを進めていた。



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