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第7話 深層からの違和感


そのダンジョンは、三日前に発生したばかりだった。


東京都湾岸部。

かつては倉庫街だった一角に、

黒い裂け目のように口を開けている。


「発生から七十二時間以内。

 まだ“浅い”はずだけど……」


雨宮かなえが、端末を確認しながら言った。


「反応が、変なんだよね」


「変?」


百瀬くるみが首を傾げる。


「魔力の流れが、妙に濃い。

 しかも、下から押し上げてくる感じ」


久世ひまわりが、表情を引き締めた。


「深層寄りの反応、ってことですか?」


「そう」


雨宮は、ライムを見る。


「ライム。

 今日の編成、覚えてる?」


「前衛補助と、後衛」


「うん。

 でも、前が崩れたら――」


「前に出る」


ライムは、短く答えた。


佐野すすむが、満足そうに笑う。


「言えるようになったじゃねぇか」


 



 


ダンジョン内部は、地下施設を思わせる構造だった。


コンクリートに似た壁。

だが、ところどころに脈打つような赤黒い紋様が走っている。


「……これ」


ライムの喉が、無意識に鳴った。


「異世界の魔力紋に、似てる」


「やっぱり?」


雨宮が、少し声を落とす。


「最近、こういうダンジョンが増えてる」


「偶然じゃない?」


「思いたいけどね」


 



 


最初の戦闘は、問題なかった。


スライム系魔物。

装甲も薄く、動きも鈍い。


「雷、お願い!」


くるみの声に応え、

ライムは指先に雷を集める。


バチッ、と空気が弾ける。


「――《ライトスパーク》」


初級雷魔法。

小規模だが、精度の高い放電。


魔物は、痙攣して崩れ落ちた。


「ナイス!」


ひまわりが、短く称える。


だが――。


 



 


二層に降りた瞬間、空気が変わった。


重い。

湿り気を帯びた、嫌な圧。


「……来る」


ライムは、思わず呟く。


「ライム?」


「この感じ……」


異世界で、何度も味わった。


深層に近づいたときの、

“向こうから見られている”感覚。


次の瞬間。


床が、爆ぜた。


 



 


黒い影が、飛び出す。


人型に近いが、四肢が歪んでいる。

皮膚は硬質化し、目だけが赤く光っていた。


「未知種!」


雨宮が叫ぶ。


「前衛、受けて!」


佐野が、一歩前に出る。


「来い!」


だが、影は速かった。


佐野の盾をすり抜け、

横から――ひまわりへ。


「っ!」


反射的に、ライムの身体が動いた。


 



 


一瞬。


世界が、引き延ばされる。


床を蹴る。

魔力を、脚に流す。


※身体強化(微):瞬間的な反応速度上昇


雷が、内部で弾ける。


ライムは、影の進路に滑り込んだ。


「――止まれ!」


拳を突き出す。


直接放電。

防御を無視する、接触雷。


影は、悲鳴のような音を立てて弾かれた。


「ライム!?」


「後ろ、下がれ!」


ひまわりは、即座に距離を取る。


 



 


「いい判断だ!」


佐野が叫ぶ。


「そのまま、足止め!」


ライムは、息を整えながら、雷を制御する。


以前なら、できなかった。

近接での魔法行使。


だが今は――。


「……いける」


雷は、暴れない。


影が、再び動く。


その瞬間。


「今!」


雨宮の指示。


くるみの魔法弾が、影の背を貫いた。


「撃破!」


 



 


静寂。


ダンジョンの奥から、

低い唸りのような音が響く。


「……まだいる」


ライムの背中に、冷たい汗が流れた。


「しかも、これは――」


「知ってる反応?」


雨宮が、問いかける。


ライムは、ゆっくりとうなずいた。


「異世界の魔族側の魔力に、近い」


場の空気が、張り詰める。


 



 


「撤退する?」


ひまわりが、確認する。


雨宮は、少し考えてから首を振った。


「情報を持ち帰る」


「でも、深追いはしない」


「了解」


佐野が、盾を構える。


「全員、生きて帰るぞ」


 



 


帰還後。


ギルドの分析室で、報告が行われた。


「異世界由来の魔力反応……」


担当職員が、眉をひそめる。


「最近、増えています」


ライムは、モニターを見つめる。


そこに映る波形は――

異世界で見たものと、酷似していた。


「ドラグ……」


名を、心の中で呼ぶ。


まだ、確証はない。


だが――。


「近づいてきてる」


 



 


その夜。


仮住まいの部屋で、ライムは一人、天井を見上げていた。


異世界。

現代。


二つの世界が、

ダンジョンという形で、重なり始めている。


「……逃げない」


小さく、そう呟く。


ここで得た仲間。

ここで学んだ戦い方。


それを、失うつもりはなかった。


 


視界に、光が浮かぶ。


 


【ステータス更新】


名前:ライム

レベル:7


魔力:低

耐久:低

敏捷:安定


スキル

・雷魔法(初級)

・身体強化(微):安定


 


「少しずつでいい」


拳を、握る。


雷魔法士ライムは、

“守る理由”を、この世界で見つけ始めていた。


そして――

深層の先で、

再び因縁が動き出そうとしていることを、

彼はまだ知らない。



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