第7話 深層からの違和感
そのダンジョンは、三日前に発生したばかりだった。
東京都湾岸部。
かつては倉庫街だった一角に、
黒い裂け目のように口を開けている。
「発生から七十二時間以内。
まだ“浅い”はずだけど……」
雨宮かなえが、端末を確認しながら言った。
「反応が、変なんだよね」
「変?」
百瀬くるみが首を傾げる。
「魔力の流れが、妙に濃い。
しかも、下から押し上げてくる感じ」
久世ひまわりが、表情を引き締めた。
「深層寄りの反応、ってことですか?」
「そう」
雨宮は、ライムを見る。
「ライム。
今日の編成、覚えてる?」
「前衛補助と、後衛」
「うん。
でも、前が崩れたら――」
「前に出る」
ライムは、短く答えた。
佐野すすむが、満足そうに笑う。
「言えるようになったじゃねぇか」
◆
ダンジョン内部は、地下施設を思わせる構造だった。
コンクリートに似た壁。
だが、ところどころに脈打つような赤黒い紋様が走っている。
「……これ」
ライムの喉が、無意識に鳴った。
「異世界の魔力紋に、似てる」
「やっぱり?」
雨宮が、少し声を落とす。
「最近、こういうダンジョンが増えてる」
「偶然じゃない?」
「思いたいけどね」
◆
最初の戦闘は、問題なかった。
スライム系魔物。
装甲も薄く、動きも鈍い。
「雷、お願い!」
くるみの声に応え、
ライムは指先に雷を集める。
バチッ、と空気が弾ける。
「――《ライトスパーク》」
初級雷魔法。
小規模だが、精度の高い放電。
魔物は、痙攣して崩れ落ちた。
「ナイス!」
ひまわりが、短く称える。
だが――。
◆
二層に降りた瞬間、空気が変わった。
重い。
湿り気を帯びた、嫌な圧。
「……来る」
ライムは、思わず呟く。
「ライム?」
「この感じ……」
異世界で、何度も味わった。
深層に近づいたときの、
“向こうから見られている”感覚。
次の瞬間。
床が、爆ぜた。
◆
黒い影が、飛び出す。
人型に近いが、四肢が歪んでいる。
皮膚は硬質化し、目だけが赤く光っていた。
「未知種!」
雨宮が叫ぶ。
「前衛、受けて!」
佐野が、一歩前に出る。
「来い!」
だが、影は速かった。
佐野の盾をすり抜け、
横から――ひまわりへ。
「っ!」
反射的に、ライムの身体が動いた。
◆
一瞬。
世界が、引き延ばされる。
床を蹴る。
魔力を、脚に流す。
※身体強化(微):瞬間的な反応速度上昇
雷が、内部で弾ける。
ライムは、影の進路に滑り込んだ。
「――止まれ!」
拳を突き出す。
直接放電。
防御を無視する、接触雷。
影は、悲鳴のような音を立てて弾かれた。
「ライム!?」
「後ろ、下がれ!」
ひまわりは、即座に距離を取る。
◆
「いい判断だ!」
佐野が叫ぶ。
「そのまま、足止め!」
ライムは、息を整えながら、雷を制御する。
以前なら、できなかった。
近接での魔法行使。
だが今は――。
「……いける」
雷は、暴れない。
影が、再び動く。
その瞬間。
「今!」
雨宮の指示。
くるみの魔法弾が、影の背を貫いた。
「撃破!」
◆
静寂。
ダンジョンの奥から、
低い唸りのような音が響く。
「……まだいる」
ライムの背中に、冷たい汗が流れた。
「しかも、これは――」
「知ってる反応?」
雨宮が、問いかける。
ライムは、ゆっくりとうなずいた。
「異世界の魔族側の魔力に、近い」
場の空気が、張り詰める。
◆
「撤退する?」
ひまわりが、確認する。
雨宮は、少し考えてから首を振った。
「情報を持ち帰る」
「でも、深追いはしない」
「了解」
佐野が、盾を構える。
「全員、生きて帰るぞ」
◆
帰還後。
ギルドの分析室で、報告が行われた。
「異世界由来の魔力反応……」
担当職員が、眉をひそめる。
「最近、増えています」
ライムは、モニターを見つめる。
そこに映る波形は――
異世界で見たものと、酷似していた。
「ドラグ……」
名を、心の中で呼ぶ。
まだ、確証はない。
だが――。
「近づいてきてる」
◆
その夜。
仮住まいの部屋で、ライムは一人、天井を見上げていた。
異世界。
現代。
二つの世界が、
ダンジョンという形で、重なり始めている。
「……逃げない」
小さく、そう呟く。
ここで得た仲間。
ここで学んだ戦い方。
それを、失うつもりはなかった。
視界に、光が浮かぶ。
【ステータス更新】
名前:ライム
レベル:7
魔力:低
耐久:低
敏捷:安定
スキル
・雷魔法(初級)
・身体強化(微):安定
「少しずつでいい」
拳を、握る。
雷魔法士ライムは、
“守る理由”を、この世界で見つけ始めていた。
そして――
深層の先で、
再び因縁が動き出そうとしていることを、
彼はまだ知らない。




