第30話 境界を越える意思
夜のダンジョンは、
昼よりも静かだ。
音が消える分、
世界の歪みが
はっきりと感じられる。
◆
「……ここだな」
ライムは、
湾岸区画・第七ダンジョンの入口を見上げた。
第二十五話で異変が起きた場所。
一度は沈静化したはずの境界。
だが――
完全には、閉じていない。
◆
「再調査は、
私たちだけで行います」
ギルドマスターは、
そう判断した。
「一般探索者を
巻き込む段階ではない」
◆
メンバーは最小限。
ライム。
雨宮かなえ。
百瀬くるみ。
佐野すすむ。
久世ひまわり。
そして――マリル。
◆
「……来る前から、
胸がざわついています」
マリルは、
小さく言った。
◆
「異世界の気配?」
◆
「ええ。
それも……
はっきりした“意思”を」
◆
ダンジョン内部。
深層。
空気は、
粘つくように重い。
◆
壁に刻まれた紋様が、
ゆっくりと脈打っている。
◆
「……生きてるみたいだな」
佐野が、
苦々しく呟く。
◆
「近い」
ライムが、
足を止めた。
◆
その瞬間。
空間が、
音もなく裂けた。
◆
“向こう側”が、
見える。
◆
赤い空。
歪んだ大地。
そして――
巨大な影。
◆
「……異世界」
ひまわりが、
息を呑む。
◆
だが、
ドラグではない。
◆
影は、
人の形をしていた。
◆
「……誰だ」
ライムが、
低く問う。
◆
返事は、
直接頭に響いた。
◆
――雷を纏う者よ。
◆
――境界を破り、
世界を渡った存在よ。
◆
「……意思疎通が、
できる?」
くるみが、
驚愕する。
◆
――我らは、
観測する者。
――名は、
まだ要らぬ。
◆
「目的は何だ」
ライムは、
一歩前に出た。
◆
――均衡だ。
――世界は、
閉じすぎている。
◆
「閉じている……?」
◆
――文明が進み、
魔力を拒絶しながら
ダンジョンだけを
利用している。
――それは、
歪みだ。
◆
マリルの顔色が、
変わる。
◆
「……異世界側から
見れば」
「現代は、
“奪っている”
ように見える……」
◆
――雷の者。
――お前は、
こちらの世界を
救った。
――だが、
こちらを
見捨てたわけでは
あるまい。
◆
ライムは、
拳を握った。
◆
「……選んだんだ」
「俺は、
ここで生きる」
◆
――それでも、
繋がりは残る。
――境界は、
完全には
閉じられぬ。
◆
「だから、
侵食するのか」
◆
――調整だ。
――均衡を
取り戻すための。
◆
「それで、
人が死ぬ」
ライムの雷が、
わずかに走る。
◆
――必要な犠牲だ。
◆
その瞬間。
雷が、
炸裂した。
◆
「――ふざけるな」
雷は、
攻撃ではない。
空間を
縫い止めるための一撃。
◆
境界が、
悲鳴を上げる。
◆
――雷の者。
――お前は、
選ばれた。
◆
「違う」
ライムは、
はっきり言った。
◆
「俺は、
選んだんだ」
◆
「この世界を、
守るって」
◆
マリルが、
一歩前に出る。
◆
「命は、
均衡のための
道具ではありません」
◆
光が、
空間を満たす。
◆
歪みが、
後退する。
◆
――……理解した。
――雷の者よ。
――お前は、
境界そのものに
なるつもりか。
◆
「そうだ」
ライムは、
即答した。
◆
「侵すなら、
俺が止める」
「繋ぐなら、
俺が選別する」
◆
境界が、
閉じていく。
◆
最後に、
声だけが残った。
◆
――ならば、
次は
“交渉”では
済まぬ。
◆
――覚悟せよ。
◆
歪みは、
完全に消えた。
◆
静寂。
◆
「……完全に、
敵ですね」
かなえが、
苦笑する。
◆
「でも」
ひまわりが、
前を見る。
「もう、
逃げ場は
ありません」
◆
「逃げない」
ライムは、
雷を収めた。
◆
「ここは、
俺の世界だ」
◆
地上。
夜風が、
肌を撫でる。
◆
「第三章、
って感じだな」
佐野が、
空を見上げる。
◆
雷が、
遠くで鳴った。
それは、
破壊の予兆ではない。
宣言だ。
◆
異世界と現代。
二つの世界の
狭間に立つ者が、
ここにいる。
◆
雷魔法士ライム。
彼はもう、
異邦人ではない。
世界を守る意思を
持つ者として――
現代に立っていた。




