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第24話 賢者の視る世界


賢者リドムは、窓の外を眺めていた。


 


高層階から見下ろす街は、夜でも眠らない。

光が連なり、規則正しく流れ、

まるで巨大な魔法陣が常時稼働しているかのようだった。


 


「……なるほどな」


 


独り言が、漏れる。


 



 


現代日本。

魔力は希薄。

だが――秩序は、異様なほど強固だ。


 


道路は決められた通りに伸び、

人は信号に従い、

巨大な建造物は崩れる気配すらない。


 


「術式を使わずに、

 ここまで安定させるとは……」


 


賢者としての好奇心が、

胸の奥で静かに疼いた。


 



 


翌日。


 


リドムは、

ギルド併設の研究区画に招かれていた。


 


白衣の研究者たちが、

遠慮がちに距離を保つ。


 


「……本当に、

 “魔法理論”を

 説明していただけるんですか?」


 


年若い研究者が、

半信半疑で尋ねる。


 



 


「構わん」


 


リドムは、

椅子に腰掛けながら答えた。


 


「ただし、

 この世界の言葉に

 置き換えられる範囲でな」


 



 


ホログラムに、

簡易的な図を描く。


 



 


「魔法とは、

 意思と世界の合意だ」


 


「我々の世界では、

 世界がそれを許容していた」


 



 


「……合意?」


 



 


「雷を落とす魔法を

 例にしよう」


 


「雷は、

 そこに“落ちる理由”があれば

 自然現象として成立する」


 



 


研究者たちが、

息を呑む。


 



 


「だがこの世界では、

 雷は自然現象として

 厳密に定義されている」


 


「だから、

 世界が“納得しない”」


 



 


「……だから、

 魔力が減衰する」


 


研究者が、

理解したように呟いた。


 



 


「正解だ」


 


リドムは、

小さく笑った。


 



 


休憩時間。


 


自販機の前で、

ライムと並ぶ。


 



 


「……面白い顔をしてたな」


 


ライムが言う。


 



 


「賢者として、

 久々に楽しい」


 


リドムは、

缶コーヒーを受け取りながら答えた。


 


「魔法が通じない世界は、

 思考の余地が大きい」


 



 


「戻りたいか?」


 


ライムの問いは、

直球だった。


 



 


リドムは、

すぐには答えなかった。


 



 


「……帰還方法は、

 理論上、可能だ」


 


「だが、一度きり」


 



 


「向こうは、

 もう安定している」


 


「賢者がいなくても、

 回る世界だ」


 



 


ライムは、

何も言わない。


 



 


「だがな」


 


リドムは、

少しだけ声を落とす。


 


「お前が生きている世界を、

 見たかった」


 



 


「英雄になったお前じゃない」


 


「“選んだ”お前を」


 



 


沈黙。


 


自販機の低い稼働音だけが、

二人の間を流れる。


 



 


その夜。


 


リドムは、

簡易的な魔法陣を描いていた。


 



 


だが、

光は弱く、

すぐに消える。


 



 


「……やはりな」


 


この世界は、

彼を拒まない。


 


だが、

全面的に受け入れてもいない。


 



 


マリルが、

そっと部屋を覗いた。


 


「……リドム様」


 



 


「どうした、

 聖女――いや、

 マリル」


 



 


「……私、

 ここに残りたいと

 思っています」


 



 


リドムは、

驚いたように目を瞬かせ――

すぐに、優しく笑った。


 



 


「そうか」


 


「なら、

 私は戻ろう」


 



 


「え……?」


 



 


「役割は、

 分け合うものだ」


 


「誰かが残り、

 誰かが戻る」


 


「それで、

 世界は回る」


 



 


マリルは、

深く頭を下げた。


 



 


夜。


 


ベランダ。


 


雷は、

鳴らない。


 



 


「……お前は、

 いい世界を

 選んだな」


 


リドムは、

空を見上げて言った。


 



 


「そう思えるなら、

 十分だ」


 


ライムは、

短く答えた。


 



 


賢者は、

帰る準備を始めた。


 


それは、

別れのためではない。


 


世界が、

前に進むためだった。



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