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第23話 聖女という役割


朝の光は、やさしかった。


 


カーテン越しに差し込む日差しは、

異世界の神殿で浴びていた聖光とは、

まるで違う。


 


眩しくなく、

誰かを裁く力も持たない。


 


ただ、

「朝が来た」ことを知らせる光だった。


 



 


「……静かですね」


 


マリルは、

窓辺でそう呟いた。


 



 


「この時間は、

 みんな仕事に行ってる」


 


キッチンで湯を沸かしながら、

ライムが答える。


 



 


「祈りの時間は?」


 


「……ない」


 



 


その答えに、

マリルは一瞬言葉を失った。


 



 


「この世界では、

 祈らなくても

 朝は来るんですね」


 


その声音には、

驚きと――

少しの安堵が混じっていた。


 



 


午前中。


 


三人は、

ギルド併設の医療研究区画を訪れていた。


 



 


目的は、

マリルの能力検査。


 



 


「回復魔法……

 というより、

 “状態修復”ですね」


 


白衣を着た医師が、

端末を見ながら言う。


 



 


「外傷だけでなく、

 疲労や毒素、

 精神的負荷にも

 反応している」


 



 


「……それは」


 


マリルは、

視線を伏せた。


 



 


「異世界では、

 戦場で

 使うものでした」


 



 


ライムは、

何も言わずに聞いていた。


 



 


検査のため、

軽度の疲労状態を

再現する。


 



 


マリルが、

手をかざす。


 


光は――

弱い。


 



 


「……魔力が、

 足りません」


 



 


「いえ」


医師が、

すぐに首を振った。


 


「十分です」


 


「むしろ……

 過剰なくらい」


 



 


数値が、

画面に表示される。


 



 


「細胞修復率、

 異常に高い……」


 



 


「……異常?」


 


マリルの声が、

少しだけ揺れた。


 



 


「いい意味で、です」


 


医師は、

慌てて言い直す。


 


「ですが……

 この力、

 毎日使っていたら

 相当、消耗しますよ」


 



 


その言葉に、

マリルの肩が、

僅かに震えた。


 



 


「……消耗は、

 慣れています」


 



 


ライムが、

口を挟む。


 


「慣れなくていい」


 



 


マリルは、

驚いたように彼を見る。


 



 


「この世界では、

 それは“仕事”じゃない」


 


「選べる」


 



 


午後。


 


三人は、

病院のロビーにいた。


 



 


救急搬送された

軽症患者。


 


医師や看護師が、

慌ただしく動く。


 



 


「……私、

 何もしなくていいんですか?」


 


マリルが、

不安げに言う。


 



 


「いい」


 


ライムは、

即答した。


 


「ここでは、

 専門の人たちがいる」


 



 


マリルは、

拳を握りしめた。


 



 


「……異世界では」


 


「怪我人を前にして、

 癒さない聖女は

 “存在価値がない”と

 言われました」


 



 


その言葉は、

淡々としていた。


 


だが、

長い年月の重みを

帯びている。


 



 


「……俺は」


 


ライムは、

少し考えてから言った。


 


「癒したいと思った時だけ、

 癒せばいいと思う」


 



 


「それ以外の時間は?」


 



 


「……生きればいい」


 



 


マリルの目に、

一瞬だけ

涙が滲んだ。


 



 


夕方。


 


街を歩く。


 


人々は、

誰も彼女を見ない。


 


祈りを求めない。


 


跪かない。


 



 


「……誰も、

 私を“聖女”だと

 知らない」


 



 


「知る必要がない」


 



 


その言葉に、

マリルは立ち止まった。


 



 


「……私、

 この世界で……」


 


「“マリル”として

 生きてもいいんでしょうか」


 



 


ライムは、

迷わなかった。


 


「いい」


 



 


その夜。


 


部屋で、

マリルは一人

手を見つめていた。


 



 


光を灯す。


 


それは、

祈りではない。


 


命令でもない。


 



 


「……私が、

 使いたいから」


 


小さな光が、

消える。


 



 


聖女は、

役割から降り始めた。


 


その一歩は、

とても小さい。


 


だが――

確かに、

人生を変える一歩だった。


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