第19話 世界に残った雷
世界は、すぐには変わらなかった。
朝になれば人々は仕事へ向かい、
夕方には電車が混み、
夜になれば街は灯りに包まれる。
魔族ドラグが滅びたことを、
知っている者は多い。
だが――
それを「実感」している者は、
まだ少なかった。
◆
「……静かだな」
探索者ギルド本部の屋上。
柵にもたれながら、
ライムは街を見下ろしていた。
「嵐の後、ってやつよ」
雨宮かなえが、隣に立つ。
「世界が滅びかけたなんて、
普通は実感できない」
◆
「それでいい」
ライムは、
そう答えた。
「日常が、
続いてるなら」
◆
彼の身体は、
まだ完全ではない。
雷装・完全展開の反動は、
確実に残っていた。
だが、
命に別状はない。
それだけで、
十分だった。
◆
数日後。
ギルドの掲示板に、
新しい依頼が張り出された。
【依頼】
地方都市ダンジョン・定期巡回
ランク:B
特記事項:新人探索者同行あり
◆
「……普通の依頼だな」
佐野すすむが、
腕を組んで言う。
「逆に、
落ち着くでしょ」
ひまわりが、
柔らかく笑った。
◆
「ライム、
行ける?」
くるみが、
様子をうかがう。
◆
「問題ない」
ライムは、
短く答えた。
ドラグを倒したからといって、
探索者をやめるつもりはなかった。
◆
現地のダンジョンは、
穏やかだった。
魔力濃度は、
安定。
魔物の出現頻度も、
通常通り。
◆
「……本当に、
終わったんだな」
佐野が、
しみじみと呟く。
◆
新人探索者たちは、
緊張した面持ちでついてくる。
その視線が、
時折ライムに向けられる。
◆
「……見られてるな」
「そりゃそうよ」
くるみが、
小声で言う。
「世界を守った雷、
本人だもん」
◆
「やめてくれ」
ライムは、
苦笑した。
◆
魔物出現。
小型。
数も少ない。
◆
「前に出るな」
ライムは、
新人に指示を出す。
「連携を、
覚えろ」
◆
雷は、
使わない。
あえて、
剣を振るう。
◆
「……え?」
新人が、
驚いた声を上げる。
◆
「力だけが、
探索者じゃない」
ライムは、
淡々と言った。
「生き残ることが、
一番大事だ」
◆
戦闘は、
無事に終わった。
◆
地上。
「ありがとうございました!」
新人探索者たちが、
深く頭を下げる。
◆
「……いい目だ」
佐野が、
小さく笑った。
◆
帰りの車内。
ひまわりが、
ふと聞いた。
「ライムさんは……
これから、どうするんですか?」
◆
少しだけ、
沈黙。
◆
「探索者として、
生きる」
「この世界で」
◆
異世界へ戻る方法は、
もう失われた。
だが、
後悔はない。
◆
「……それだけ?」
くるみが、
首を傾げる。
◆
ライムは、
窓の外を見る。
夕焼けに染まる街。
◆
「守るって、
大げさなことじゃない」
「誰かが、
無事に家に帰れる」
「それで、
十分だ」
◆
その夜。
自室で、
ライムは装備を整えていた。
雷を呼ぶと、
以前よりも――
静かに、応えてくれる。
◆
「……馴染んだな」
力が、
世界に拒まれていない。
◆
視界に、
光が浮かぶ。
【ステータス】
名前:ライム
レベル:20(固定)
称号:世界守護者
状態:安定
◆
レベルは、
もう急には上がらない。
だが、
それでいい。
◆
ベランダに出る。
夜風が、
心地いい。
◆
「……ここが、
俺の世界だ」
遠くで、
雷が鳴った。
だが、
嵐の前触れではない。
ただの、
自然な音。
◆
雷魔法士ライムは、
この世界に残った。
英雄としてではなく、
神としてでもなく。
一人の探索者として。
そして――
世界は、
その雷を必要とする限り、
彼を迎え入れ続けるだろう。




