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忠臣蔵の中心で愛を叫ぶ

作者: 泉 羅卯
掲載日:2025/11/14

元禄十五年十二月十三日――


 安兵衛は腰障子をどんどんと叩いた。返事を待たず、がらりと開けた。

 そこに、庄左衛門がいた。土間の奥、上がり框に正座した彼は、まるで安兵衛が来るのを待っていたかのように、戸口の方をじっと見つめていた。

「どうした」安兵衛は言った。「会合に顔を見せんから、心配していたぞ」

 言われて、庄左衛門は視線を逸らした。そうしたまま、

「申し訳ございませんでした」

 それだけ答え、黙ってしまった。

 庄左衛門の様子を見て、安兵衛はまさかと思った。ふと不安が頭を擡げた。けれど、庄左衛門に限ってそのようなことはあるまいと思い直し、

「いよいよ決まったぞ。明日、討ち入りを決行することに、相成った」

 庄左衛門の表情を窺いながら、安兵衛はそう告げた。

 庄左衛門は何も答えなかった。

「どうした」安兵衛は、また言った。期待した反応が見られず、再び不安が頭を擡げたので、

「おぬし、心変わりはあるまいな」威圧するように、一歩前に踏み出した。

 すると、庄左衛門が安兵衛に視線を向けた。浪士の顔を見据え、信じられない言葉を口にした。

「拙者、討ち入りには参加いたしませぬ」

「なに?」

「もう、決意いたしました。何卒お許しください」

「しかし、どうしてだ。愛する殿の仇を討ちたいと、おぬし、願っていたのではないか」

「願っていました。討ち入りの日が来るのを、今か今かと、お待ち申し上げていました」

「それでは、何故じゃ。おぬし、まさか、命が惜しくなったのか」

 そう問われた庄左衛門は、かっと目を見開いた。

「そのようなことは、ございません」庄左衛門はきっぱりと言った。「命など、惜しくありません」

「では、どういうことなんだ」

「私は愛する殿のために、命を捧げようと思っておりました。しかし……」

「しかし?」

「しかし、拙者が命を捧げてしまえば、そののち、あれは、どのように生きていけばよいのでしょう。それを思うと……」

 そこまで言うと、庄左衛門は言葉を続けられなくなった。頭をがっくしと垂れ、唸るように泣き出した。

 安兵衛は察した。女が出来たのか。そうと気づき、哀れに思った。

「そういうことか」安兵衛は言った。「おぬしの気持ち、わからぬではない」憤りも少なからずあったが、愛する女を残し、死ぬわけにはいかぬという決意もまた、男らしいと認めた。

 安兵衛はその場を立ち去ることにした。

「達者でな」

 そう言い残し、くるりと背を向けた。

 しかし、不意に好奇心が頭を擡げた。そいつは、安兵衛の足を留め、もう一度庄左衛門の方へ振り返らせると、

「おぬしがそれほどに愛した者、会わせてはくれぬか」

 そんな言葉を安兵衛に言わせた。

 庄左衛門は、はっとした顔をした。が、たちまち顔を赤らめ、

「恥ずかしいでござる」と言った。

「いいではないか」安兵衛は粘った。

 粘られて、庄左衛門は折れた。

「では」と言ってから、奥の部屋へ向かって、

「サチ、こっちにおいで」と、声をかけた。

 その途端、奥からサチが駆け出てきた。庄左衛門の周りを駆け回り、はあはあ言いながら、庄左衛門の手を舐め舐めした。

「おお、サチ。おお、サチ」

 言いながら、庄左衛門はモフモフちゃんを撫でまわした。

 そうされて喜んだサチは、ヘソ天をしてみせた。

 すかさず、庄左衛門はそのモフモフとした腹に、顔を埋め、犬吸いをした。

                                 〈了〉

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