第一章:異世界からの転移を貴方へ
とある夏の昼下がり。十四歳、中学二年の神谷悠真は、日差しが降り注ぐ並木道を歩いていた。
夏休みが始まったものの、正直に言って暇だ。毎日が――寝る! → 起きる! → 飯! → ゲーム! → 寝る!――の繰り返し。
そんなだから、こうして当てもなく歩いている。
「はあ~……」ため息がこぼれる。
夏休みはまだ始まったばかりだというのに、初日から暇。これから先いったい何をすればいいんだよ! と、不満を空にぶつけてみる。
そんな俺をあざ笑うかのように、太陽光は容赦なく照りつけた。
「一回、そこらで休憩するか」
近くの公園に入り、ベンチに腰を下ろす。スマホを取り出して画面を点けると――。
「やば、遠くに来すぎた。……やっば」思わずつぶやく。
最寄りのバスを調べてみると、次は四十分後。仕方なく、それまで動画を見ることにした。ちょうど新着通知も来ていたし。
――やっぱこの投稿者の動画、面白いな。
夢中で見ていると、動画が中盤に差しかかったところで、突然スマホの電源が落ちた。
「え? なんで切れたんだ……。充電八十パーセントはあったはずなのに……」
その瞬間だった。
辺りが暗くなり、さっきまで降り注いでいた日差しは消え、静寂が訪れる。
「これ……どうなって……」
足元に、複雑きわまりない光の文様が浮かび上がった。眩い輝きに包まれる。
「うっ……!?」
光が収まり、目を開けてみると――。
「だ、だれ?」
目の前には、小学生高学年くらいの背丈の子供が倒れていた。
「気絶してんのか? ……ってか、この服装なに?」
その子は短めのローブをまとい、黒髪に碧眼。……うん、いや、よくない。
「こいつ誰だよ」
次の瞬間、小さな体がビクッと動く。顔を上げると――。
「は……はろー……」
え、英語? おまえ英語話すのか……。しかもよく見たら女子じゃん!
慎ましい体つきで半分うつぶせになってたからわからなかったけど、声で確信した。女子でした!
「あ、えっと……はろー? はおあーゆー?」
「……」
「……」
……この沈黙、きついんですけど。
「えっと、あなたは……っていうかここどこですか!?」
あ、日本語しゃべるんだ。しかも急に騒ぎ始めるし。
「さっきまで研究室にいて、たまたま見つけたルーンを書いて試しに三元式演算処理をしたら、急に光り始めて……。あの、すみませんそこの人! ここどこですか!」
あ、それ俺に聞いてるのか。
「えーっと、ここは……自然公園? だったはず」
「あ、場所じゃなくて国です。国!」
え? 何言ってんだこいつ。
「日本ですけど」
「に、日本? 聞いたことありません。そんな国にテレポートするなんて……。一応、自分は王国の中でも頭がいい自信があるのですが……」
王国? 何言ってんだ。
「ちょっと待て。あんた王国って言ったな。で、お前誰だよ」
「おっと、自己紹介がまだでしたね」
胸に手を当て、こちらを見据える。
「私はリゼル。グラント王国所属の空間術式学徒です。その名の通り空間系の術式を得意としています。こちらが名乗ったからには、あなたも名乗ってください」
「不可解な点は多いが……俺は神谷悠真。二つ隣の町で普通の中二をやってる。成績はまあ、普通だ」
「ちゅうに……? この国ではそんな職業があるのですか? しかも名前も変わってますね」
「おい。俺から見たらお前のほうが変わってるんだが。国が違うんだから仕方ないだろ」
文化の差って難しい……。
「それで……あなたの手に持っている、その奇妙な箱は何ですか? さっきから光ってるんですが」
「うおっ! 電源復旧してる! お前が来たときに落ちたんだよ! ってかスマホ知らねぇのか!?」
「この国には不思議なものがいっぱいあるようですね……。ということは、もしかして……?」
「もしかして、なんだよ」
リゼルの目がキラッキラしている。
嫌な予感しかしねぇ。
「もしかして……これが“平行世界”ってやつなんですか!」
「は? 平行世界?」
急に出た単語に脳みそフリーズ。
……あ、やっぱリゼルの国にも“平行世界”って概念あるんだな。
その名の通り「交わらない世界」。
……いやいや、交わっちゃってるじゃん今! 俺、下手したら歴史の教科書に“謎の先駆者”として載っちゃう未来ある?
「つまり……三元式演算処理の果てに、世界同士がリンクしたってことです!」
「……え、えんざん? なにそれ、ポ○モンの新技?」
「違います!」
リゼル、ぷるぷる震えながら全力否定。
いや俺も必死なんだって! いきなり専門用語ぶん投げられて混乱してんだからな!?
「要するに、私が発見した演算方式とルーンの形状が、創造主と同じだったということですか」
「く、クラフター? 誰だよそいつ」
リゼルいわく――この世界を作ったのは“創造主”。
で、その創造主が残したらしい“世界のシステムが書かれた手記”なるものが、地下の施設から見つかったんだと。まあ、何語で書いているかわからなくて、翻訳も全然できていない状況らしいんだけど。
リゼルは何かをひらめいたように、ぱっと顔を上げた。「ってことは帰る方法もあるということですね…あ、それではそろそろ帰ろうと思います。あ、そこから見ていてください」
「おい、お前事故でここに来たんじゃないのか?」
「いえ、そういうわけではありません」
いったい何が始まるのか――。
俺がうずうずしていると、リゼルは手を掲げた。すると周囲に多数のモニターやキーボードのようなものが浮かび上がる。薄いオレンジ色に光っていて、どう見てもこの世界の技術じゃない。ニュースでも見たことねえぞ。
「帰るには、とりあえず前と同じものを再現すればいいはずです」
モニターには大量の数字が流れ、リゼルは高速で文字を打ち込んでいく。
「はい。こんなもんですかね」
エンターキーらしき部分を押すと、一筋の光が落ち、複雑な魔法陣のようなものが描かれていく。
「おー! すげーな! これが魔法ってやつか!」
「魔法のような非現実的なものと一緒にしないでください」
リゼルは振り返り、ドヤ顔で言った。
「私が行っているのは術式演算による空間論理への干渉です。そこら辺のフィクションと一緒にしないでください。ドヤァ」
「はいはい、難しいことはわかんねーけど……俺から見たら魔法にしか見えねえよ」
「ということでお遊びはここまでです」
リゼルがこちらを真っ直ぐ見つめる。
「あなたと過ごした時間、非日常的で楽しかったです。これから会えなくなるのは少し寂しいですが……では、さようなら。また逢う日まで」
「おう。またな」
その瞬間、リゼルの姿は光に包まれて消えた。
別れって、こんなに軽くていいのか。今思ったんだけどこれ永遠の別れじゃないのか。
「確かにもう会えないとなると、ちょっと寂しいかもな……」
再び、辺りが暗くなる。さっきと同じように静寂が訪れ、地面には光の文様。眩い光に包まれて――。
はい、リゼル再登場! そして即フラグ回収乙!
「うぐっ!」
空から落ちてきたリゼルは、そのまま地面に突っ伏した。
「おい」
「はい、なんでしょう」
「お前が顔を上げられないのは……」
「それ以上言うと宇宙まで飛ばしますよ」
「はい、すみませんでした」
……とまあ、そんなやり取りのあと、リゼルは演算方式を分析し始めた。俺にはさっぱりわからなかったけど。
「なんてやってたら、もうバスの時間だ。俺帰るわ」
「ちょっと待ってください!」
リゼルが服の端をつかんできた。くっ!ロリだし女子だしと思ったら、意外と力強いし!
「あなたは、見知らぬ土地にか弱い女の子を一人置いていくんですか!」
「ごめんな。俺には親ってのがいるんだ。背に腹はかえ――」
「えー、設定Y座標を二万にして――」
「そ、それじゃあ一緒にバス停に行こう!」
……というわけで、俺はこいつをお持ち帰り(テイクアウト)することになった。
まあ、どうせ家には入れないだろう。親もいるし、身元不詳の他人だ。最終的にホームレスコースになるんじゃないか。