S氏の作戦
俺はS。職業はスパイだ。そんな俺にとんでもない指令が舞い込んできた。
「軍事拠点の最奥部にある機密書類を持ち出してこい」
とのことだ。
軍事拠点に潜入することだけでも危険なのに、さらに「その最深部に行ってこい」など「死んで来い」と言われているのと同義だな。断れば殺される。どっちに転んでも結果はおなじだ。
俺は途方に暮れた。調べれば調べるほど無謀に思えてくる。
軍事拠点には昼夜問わず歩哨が警戒をしており、不審者を発見すれば即銃殺してもよいらしい。うまく歩哨をすり抜け機密書類の保管されている建物にたどり着いても、そこには窓一つない。どうやっ入り込もうか……
もうどうでもいい気がする。機密書類とはいえ、どうせ王位継承絡みのスキャンダルのタグイだろう。
俺にはどうでもいい話だ。とはいえこのままでは命がない。思考の堂々めぐりの中、時間だけが経っていく。タイムリミットはあと2日。何も対応策がないままだがこのまま手をこまねいているわけには行かない。それなら一か八か夜逃げするか。
ほとぼりが冷めるまでセーフハウスにでも駆け込もう。
覚悟を決めると行動は早かった。監視されてる可能性も考えて髪を染め顔に皺を作る。そしてシークレットブーツで身長を伸ばしたうえで杖を突いて腰を曲げる。もはや仮装に近い。ここまで変装をすれば誰も俺とは気づかないだろう。
誰にも見咎められずにセーフハウスまで帰ってきた俺は缶ビールを開け軽く祝杯をあげる。その時玄関ドアをノックする音がした。
バレたか?
俺は拳銃を片手に玄関を睨む。気配を殺してドアに近づく。
「そんな物騒なもの出さなくても大丈夫ですよ」
と背後から声がする。とっさに拳銃を背後に向ける。
「だから危ないことはやめてください」
声の主が拳銃に手をかけると俺の持っていた拳銃がひん曲がった胡瓜に変わっていた。
心臓が飛び出る程驚いた俺だがそこはプロだから驚きを外には出さない。
「お前は手品師か?」
「いいえ、悪魔です」
「あくまぁ?」
俺の出した声はきっと間抜けだったのだろう。悪魔と名乗った男はニッコリと笑っていった。
「スバイのSさんですよね」
質問ではなく確認するためのセリフ。何もかも知り尽くした様子で更に続ける。
「困ってますよね、無理難題を押し付けられて。機密書類何て言ってるけどホントはただのスキャンダルだと思ってるんでしょ?」
ニッコリからニヤニヤに表情を変化させながらさらにつづけた。
「私がお手伝いをすればそんな困難な仕事も難なくこなせますよ、どうですか?」
あからさまい怪しい相手だがセキュリティ対策満載のセーフハウスに難なく入り込んだ上に俺の背後をとった男だ。油断は禁物だ
「何が望みだ?金か?この国の情報か?」
「いえいえ、そんなものはいりません。私が欲しいのは魂です……そう、私と契約して機密文書を手にしたあかつきにはあなたの魂を私に譲ってほしいのです」
「魂を?」
「はい」
俺は男をにらみつけいった。
「それは俺に死ねといってるのと同じじゃないか?」
「とんでもございません。お代は後払いで結構です。あなたが亡くなった時にお迎えにあがりますんので、それまではご自由にしてくださって結構です。」
「胡散臭いな。そんなことを言ってすぐに俺を殺すつもりじゃないのか?」
「今月は魂回収のノルマにまだ行ってないので魅力的な話なんですけどね、あなたは活かしておいたほうがいいんですよ」
「どうしてだ?」
「あなたが仕事で殺した人の魂があなたと契約を結んだことで利子として私に転がり込む仕組みなんですよ。だからねぜひ私と契約を結んで長生きしてもらえればお互い”WIN-WIN”という奴なんです、どうです?悪い話じゃないでしょ」
俺はどうかしてしまったんだろうか?悪魔なんて存在いるはずないのにこんなに話し込んでるなんて。セーフハウスがばれた今そのまま帰らすのも問題がある。いっそのこと殺してしまおうか?死体の処理が面倒ではあるがこのまま付きまとわれるよりは・・・・・
覚悟を決めた俺は足を踏み出した。男の手を取り引き付ける。崩れた男の背中を俺の身体で受け止め頭を両手で包み込みくるりと首をまわす。
”ゴキ”
首の関節が外れる感触が伝わってくる。これでセーフハウスを知るものはいないはずだ。俺は一息ついて椅子に腰かけた。
「いきなりひどいなー、びっくりするじゃないですか」
声に驚き後ろを向いた俺の目の前には先ほど殺したはずの男が立っていた。
「やはり手品師か!」
「だから、悪魔だって言ってるじゃないですか!」
「そんなもの、いるわけないだろ」
声が震えるのを抑えて応える。
「じゃあこうしましょう。私が機密書類をとってきましょう。そうすれば信じて契約してくれますか」
にこにこと笑いながらジャケットの中に手を入れる。
「こちらでどうでしょうか?」
男の手には厳重に封がされた書類があった。
「ほら、これであなたのお仕事が達成されました。さあ、契約をしてください」
男が近寄ってくる。
「あんたが元から持ってたもんが本物だとはおもえないなぁ」
「疑り深い人ですね」
「まあスパイだからね」
「いいでしょう。それじゃあこれをもって仕事の達成を報告してきてください。そうすればこの書類が本物であることがわかります。それで私を信じてくれますか?」
「わかりました。そこまでおっしゃるのであれば、この書類を持って行ってみましょう。あなたが来たということはこのセーフハウスの安全性も確かなものではなくなってしまいました。だから何をしてもどうせ命がけです。一か八かその書類にかけてみて、本物であればあなたが悪魔だと信じましょう」
男は俺が書類の提出が終わった後に俺の前にやってくると言って去っていった。
さてはて、書類は本物だったようだ。本部へ提出を終え、茫然として自室に戻ってみると男がソファーにくつろいでいた。
「どうですかSさん。書類本物だったでしょう。これで私が悪魔だと信じてもらえますか?」
「ああ、信じるよ。君は悪魔だ」
「それでは、魂の受け渡しの契約書を交わしましょうか?」
「なぜ?」
悪魔が嬉々として話しているところに俺が質問をした。
「なぜって?本物の書類をお渡ししたじゃないですか。だからあなたの魂は私のもの。何か問題でも?」
悪魔が質問で返してきた。
「大ありだよ。あの書類は俺がお前が悪魔だと信じるかどうかでお前が渡してきたものだ。魂の授受を前提としたものじゃないだろう?そして書類は本物だった。だから俺はお前を悪魔だと信じた」
「それなら魂の授受の契約を早速」
「いや、待て、俺はお前を悪魔だと信じたことでお前との約束は一つ守られた。そのうえで魂の受け渡しの契約は拒否をする」
「ちょっと待ってください。魂をかけて仕事をした私がこれではただ働きではないですか!断じて許せません!!」
「それなら契約書を出してみたらいいよ。もちろんそんなものはないけどね」
俺がニヤニヤしていると悪魔が叫んだ。
「なんてことを、この悪魔~!!」
俺はその叫び声を聞きながら缶ビールを開けた。




